意外と強いんです






 キティは一瞬、男のマントを被せられたことで視界が真っ暗になった。

 マントの内側に施された魔方陣が発動する直前、男の声がキティの耳に響く。


「う~ん、あの子の側にいるには君じゃあちょっと不足かなぁ」


 そうして、男の魔法が発動する瞬間、





「嘗めないで欲しい」




 マントと共に魔方陣が弾け飛んだ。


「なっ!?」


 男の顔を驚愕が彩る。


 キティは髪に付いたマントの切れ端を頭をフリフリして落とす。

 黒い糸屑が落ちきらず、若干残ってしまっているのがなんとも間抜けだ。


 キティは男をキッと睨む。


「私をジークと離そうとするなら、容赦はしない」


 キティがそう言い放つと同時に、男の口角がニッと上がった。


「じゃあそれを証明して貰おうか、小さなお嬢さんレディ?」


 男の魔力が炎に形質を変化し、キティに襲いかかる。

 ゴオッと音がする程激しい炎は、キティの周りに渦を巻き廊下の壁や床も燃やし尽くしていく。


 息も出来ない程の熱気が辺りを包んだ。

 徐々に温度を上げる炎は青く色を変えていく。


「……やりすぎた?」


 男はボソッと呟く。


 だが次の瞬間、炎は男の操作を離れて一人でにキティの周りに集束し始めた。

 炎がなくなった床や壁には焦げ跡だけが残る


 益々勢い良く渦を巻いた炎は、キティの周りにグンッと集まり、瞬き一つの間に消え去った。


 ふわりとドレスのスカートを揺らめかせて姿を現したキティは、肌や髪の毛どころかドレスにも焦げ跡一つ付けていない。

 いつもよりも表情の薄い顔をしたその双眸は紅く、煌めいている。


「っ!……」


 その得体の知れない威圧感に、男の背中を冷や汗が伝う。


 何か言葉を発しようとしたのか、キティの唇が微かに動きを見せる……。



「キティッ!!」


「……ジーク」


 キティはハッとジークハルトの声がした方を振り向いた。異常を察して駆け付けて来たジークハルトは一瞬で距離を詰め、キティをキツく、キツく抱き締める。

 膝をついてキティを抱き締めるジークハルトは、小さな肩に一度顔を埋め、キティに向き合った。


「キティ、無事で良かった……。怪我はしてないか?泣いてないか?」

「うん、攻撃はされたけどぴんぴんしてるよ」


 キティがそう答えるとジークハルトは無言で腕に力を込めた。


 十秒程そうした後、ジークハルトは男を睨み付けた。


「……リンドヴルム叔父上、これは一体どういうことか説明して貰おうか」


 リンドヴルムと呼ばれた男は苦笑して両手をひらひらと上げた。


「降参、とりあえずここは君の側近に任せて別室で話そう」

「……いいだろう。レオン、シオン、焼けた箇所を修復してから来い

「「かしこまりました」」


「叔父上、行くぞ」


 ジークハルトはキティを抱き上げると、颯爽と歩き始めた。











 別室に到着すると、ジークハルトは部屋の中央にあるソファーに座り、キティを膝にのせた。キティは少しモゾモゾと動くと、収まりの良い所を見つけたのか寛ぐ体勢に入った。

 リンドヴルムも向かいのソファーに腰を下ろす。足を組んで座ったリンドヴルムは人間で言えば十代半程で、俳優なども出来そうな整った顔立ちをしている。叔父であるが、ジークハルトよりも幼めの容姿だ。


「それで?どうしてキティを襲ったんだ」

「襲っただなんて人聞きが悪いな。久々に下界に出たら、何事にも無関心だった甥が女の子を可愛がって側に置いていると聞いてね。ちょっと試しただけだよ」

「俺が誰を側におくかは俺が決めることであって他人が首を突っ込むことじゃない」

「その通りだね。返す言葉もないよ」


 リンドヴルムは軽く微笑んで背もたれに体重を預けた。


 コクン、コクン……。


「……キティ?」


 ジークハルトに抱き締められたキティは疲れたのか、うつらうつらと夢と現実の間を行き来している。ジークハルトはキティの頭を寄り掛からせ寝やすい体勢で固定してやった。

 優しく頭を撫で、囁きかける。


「キティ、寝てていいぞ」

「……ん……」


 ジークハルトが優しくキティに接する姿に、リンドヴルムは軽く目を見張る。今までジークハルトが人に気を遣うことなどあまり見たことがなかったからだ。


 キティが完全に夢の世界に旅立ったことを確認すると、リンドヴルムは再び口を開いた。


「確かにジークハルトが誰と共にあるかは僕が口出しすべきことではないかもしれない。ただ、僕は君の叔父として魔王である君と歩んでいけるだけの強さがあるかを確かめたかったんだよ」

「叔父上がそんなに甥想いだとは知らなかったな。ずっと辺境に引きこもっていたから忘れられていたかと思ったが」

「ふふっ、そんな意地悪を言わないでおくれ。僕はいつでも君の幸せを願っているつもりだよ」


 リンドヴルムの言葉にジークハルトは無言で返す。


 数秒、あるいは数分の沈黙の時間。


 ジークハルトは完全に寝入ってしまったキティの頬を優しく撫でる。


「叔父上、恐らくキティは叔父上が想像するよりも……いや、叔父上よりも強い」

「……へぇ、どうしてそう思うんだい?」


 ジークハルトはソッとキティの首輪に触れる。


「俺はこの首輪にキティが自身の危機を感じたら直ぐ様転移出来るように細工した。だから、本来なら叔父上がキティに魔法を放った瞬間に駆け付けられた筈なんだ。……だが、実際は俺自身が異変を感じてあそこへ行った」

「君、そんなことしてたのか……」


 リンドヴルムの顔が引きつる。

 叔父の反応など気にも留めず、ジークハルトは淡々と話しを続けていく。






「つまり、キティは危機など微塵も感じていなかったんだ」





 リンドヴルムのやや茶化したような空気が消失した。


「………………成る程、それは大物だね……」


 魔王の血族たるリンドヴルムは決して弱くはない。魔族全体で見ても屈指の実力者だ。

 そのリンドヴルムの攻撃を、例え本気ではなかったとしてもものともしない少女。


「叔父上、これでもキティはお眼鏡にはかなわないか?」


 甥の若干からかう様なニュアンスを込めた問いにリンドヴルムは微笑んだ。


「いや、十分過ぎる程だよ」


 ジークハルトに寄り添える者が出来た、そのことをリンドヴルムは心から喜びニコニコと笑みを浮かべていた。



 機嫌良さそうな表情のリンドヴルムだったが、不意に真顔になってジークハルトに向き直る。







「ただね、叔父さん女の子に首輪を着けるのはちょっとどうかと思う」




 ジークハルトは何も言い返せなかった。








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