雌猫って言われたにゃん




 キティ、寝床が変わりました。


 魔王城に着いて早々、我が飼い主様がやらかしてくれたよ。


 着いた途端、側近らしい青年になんか人を集めろ的なことを言った。



 え?え?


 人を集めてどうするつもりですか飼い主様。


 あなたのキティは人見知りの上コミュ障ですよ?


 やめてよ?まさかお披露目とかしないよね。





 ………そのまさかだった。


 そんなにmyペットを自慢したかったか。

 側近さん達も困惑してたぞ。

 何?初めて一緒にいたいと思える相手に出逢えて嬉しくて舞い上がってたって?

 このヒト何千年とか余裕で生きてるよね。



 ………存分に自慢しな。


 私はマントにくるまって猫のモノマネでもしてるから。


 謁見の間でのことは私のそこそこ長い生の中でもトップレベルの黒歴史に入った。


 何がごろにゃーんだよ。


 そういうのは澄んだ目の生き生きとした美少女がやるから可愛いのであって、死んだ目のグダグダとした美少女がやっても『はぁ?何やってんだこいつ』と言われるだけだ。


 一応私も顔は整ってはいるんだよ?

 瞳の残念さを加算しちゃうとプラマイゼロだったのがマイナスになるだけで……。

 そんなんだけど何故か我が飼い主様にはすこぶる好評だった。


 「キティは可愛いな」って真面目な顔で言ってきおったよ。

 老眼なんだろうか。老眼なのだろう。


 絶対にジークはウチの子が一番。異論は認めん!って飼い主だと思う。


 私もしっかり成人してるんだけどね、小柄なのと童顔で実年齢よりも大分若く見られがちなのだ。だから今日もお酒を飲んでたわけだしね。

 まあ、魔族は人間と違って長命だから歳なんて一々数えないけど。

 途中までは割りとみんな数えてるけど、ある程度まで歳をとると絶対に忘れる。

 特に誕生日を祝うわけでもないしね。そのうち誕生日も忘れるのが普通だ。

 だが、我が飼い主様は一般的な魔族の例には当てはまらないようだ。


 その日の夜、やったら豪華な部屋で高そうな白いワンピースに着替えさせてもらうと、唐突に誕生日はいつかと聞かれた。


「え?誕生日?そんなのとっくの昔に忘れちゃったよ」

「……そうか」


 あっけらかんとそう返すとジークが少し落ち込んだのが分かった。

 表情にも態度にも出ないけど若干オーラが暗くなるのだ。

 出来のいいペットは飼い主様のご機嫌を直しにかかるよ。


「ちなみにジークはいつなの?」

冬月ふゆつきの初日だ」

「一年の始まりじゃん。毎回祝うの?」

「いや、面倒だからスルーだな。側近達が毎年何かしらくれるから覚えてはいるが」

「じゃあ別に私のも祝わなくてよくない?」

「駄目だ」


 ……即答されてしまった。


「お前が生まれた日は俺は祝いたい。だから思い出せ」


 高圧的に言われてもな、内容が大分甘いぞ飼い主様。

 そんなにペットを愛でたいか。


 てかそんなこと言われてもな~忘れちゃったものは忘れちゃったし。


 ………あ、そうだ。いいこと思い付いた。


「じゃあ私の誕生日もジークと同じ日にする。それで私がジークの生まれた日に感謝してジークも私の誕生日を祝うの。どう?」


 そう提案してみるとジークは片手で頭を抱えて難しい顔になった。

 何かやらかしただろうか。


「駄目だった?」


「……いや、寧ろ歓迎だ。キティがいい子過ぎて感動してた」



 さいですか。

 このヒト外見と中身のギャップ凄いな。


「じゃあ一緒に祝おうね」

「ああ」



 コンコン


 合意に至った時、部屋の扉がノックされた。


「入れ」


 おおっ、一瞬で雰囲気が冷たくなったよ。

 切り替えが流石だなー。


「失礼します」


 大きめの扉を開てシオンと呼ばれていたジークの側近が入ってきた。


「食事が出来たようなのでお越し下さい」

「よし、キティ行くぞ」


 ジークはそう言うと私を抱き上げた。お姫様抱っこじゃなくて片腕に座らせるお子様抱っこで。


 実はこれにはちゃんとした理由がある。

 この数百年間まともに歩いていなかったせいで筋肉が衰え、少し歩くだけでフラフラしてしまうのだ。流石に焦ったわ~。

 でも飼い主様?運んでもらっちゃったら私ずっと筋力戻らないままだよね?俺が毎日抱いて運んでやる?イケメンかよ。

 駄目魔族を甘やかしてはいけません。

 シオンさんがすごい生温かい目でこっちを見てくるよ。




 結局、ダイニングルームまでジークに運ばれた。


 部屋に入った途端食欲を刺激する匂いが鼻腔を掠める。

 絶対ご馳走だ。

 条件反射で出たよだれをジークが無言で拭いてくれる。悪いね。


 豪華なテーブルの上には食事は二人分あるのに椅子が一脚しかなかった。

 それを見たシオンさんがもう一脚椅子を持ってくると言ったけど我が飼い主様が拒否った。


 ………まさか。





 膝の上~。膝の上~。お出口は、御座いません。


 どこかの車内アナウンスが聞こえたような気がした。


 そう、私、キティは今、飼い主様の尊いお膝の上に座らせていただいております。何故だ。


 やっぱり椅子を頼もうと壁際に立っているシオンさんに顔を向けたら笑顔で首を横に振られてしまった。縦に振れよ。 


 当のジークはといえば私を後ろから抱き込んで食事を食べさせてくる。私は口を開けてそれを待つだけ。雛鳥かよ。

 このヒト真顔でそれを実行するので飲み物を持ってきた給仕とかがギョッとした顔をしたあと青くなる。そんなに見ないでおくれ。隠れたくなるから。

 てか怒ってないよ?むしろ上機嫌だよこのヒト。私別にこの後ボコられたりしないからね。最後の晩餐じゃないよ。


「どうした?キティ」

「ん~ん。何でもない」

「そうか、口を開けろ」

「は~い」


 モグモグ。おいし。


 まだまだいけるぞ。もっと口元に運べぇい。


 バンッ!!!!!!


 ごめんなさい調子のりましたうそですごめんなさい。


 次の一口を運んでもらおうとしたら扉がこれ以上ないくらい乱暴に開かれた。

 入ってきたのは鬼の形相の青年。




「ウチの魔王様をタブらかした雌猫はどこだ!!!!」




 怒鳴り声に思わずビクリと体が反応してしまった。

 待機していたシオンさんがあちゃーって顔をしている。



 ……雌猫って私のこと?



 そう疑問に思ったが、青年の怒りが籠った視線は明らかに私に向いている。

 正直、今日は色々あって疲れきっているので結構クるものがある。



 激怒している銀髪の青年はづかづかとこちらに歩いて迫ってくる。


 部屋全体に不穏な気配が充満する。



 そこで私の人見知りとコミュ障が発動。

 ジークの後ろに隠れようと動き始める。


 しかし、いとも簡単に首の後ろの布をつかまれ持ち上げられてしまった。

 ジークも態度には出さないが部下の突然の行動に動揺している様子。



 慌ててジークに手を伸ばすがその前に引き離される。


 ジークが遠くなって一気に不安が私を襲った。



 やだっ!!



「魔王様の膝に座るなんて不敬にも程がある!!シオンは何をしているんだ。同じ側近として情けないぞ。こんな者を魔王様に近付けるなどっ!!」


 なんかよく分からないことを捲し立てられながら引きずられる。


「薄汚い雌猫がっ!!あの御方はお前に手が届くような存在ではないのだ!!分を弁えろ。お前ごときが何を思い上がったのかは知らないが金輪際姿を見せるな」


 大声で怒鳴り散らされる。

 その度に人からの敵意や悪意に馴れていない私は身を削られるような心地になる。

 何でそこまで言われないといけないの……。

 心の中ではそう思っても声が出ない。


 緊張とストレスで胃が悲鳴を上げ始めた。



 ぽろっ。


 私の目から涙が一滴流れ落ちた。

 それを期に何かが決壊して、涙が止まらなくなる。


 何故かそんな私を見て青年はギョッとした顔になった。







「俺のキティに触るな、レオン」






 低い静かな声と共に蹴りが青年にかまされた。

 結構な長身が壁に吹っ飛ばされ激突する。


 それでも気は失っていないようで、口から血を流しつつも困惑した顔でこちらを見詰めた後、シオンさんを見る。


「キティ、大丈夫か?怖かったな」


 ジークは私を抱き上げ、腕の中に閉じ込めて優しい口調で問い掛けてきた。

 声音、体温、匂い、その全てが私を安心させた。

 それでも涙は止まってくれない。

 ジークは私をあやすように涙を拭ってくれる。



 そして気付くとレオンと呼ばれた青年が近くまで寄ってきていた。

 もう怒気は纏っておらず、むしろ申し訳なさそうに眉を下げている。


「魔王様がこんな対応するなんてっ!!いや、あのっ。俺の早とちりでっ………」


 何が言いたいんだコイツ。

 可哀想なくらい慌てている。


「早とちりで怒鳴ってごめんなさいって言いたいんだよね~レオン」


 シオンさんが補足を入れてくれた。


「そっ、そうだ!魔王様が無理矢理膝に座られて不快な思いをしているのではないかと思ってしまって……」

「俺が女一人も退かせられないような力しかないと言いたいのか」

「めっ、めっそうも御座いません」


 ジークが凄い冷たい空気を纏ってる。

 私を挟んで問答しないでよ。


「ごめんね、コイツ、クソ真面目で思い込みが激しくて融通が利かないけど普段は悪い奴じゃないんだよ」


 シオンさんが苦笑しながらベソベソ泣いてる私の頭を撫でてくれる。


 私子供じゃいからね?


「勝手にキティに触るな」


 シオンさんの手を叩き払ったジーク。

 そして私をしっかりと抱え直し視線を合わせる。


「キティ、すまない。いろんな奴の前に出したから疲れてしまったな。このような阿呆にも掴み掛かられて……。大丈夫だ。お前はここにいていい。俺が面倒をみてやる」


 そう言ってまたぐしゃぐしゃになった顔を拭いてくれた。


「いいな?……返事は」

「………うん」


 ジークは満足そうに私の頭を撫で、席に戻った。

 そして食べ掛けだったの食事を差し出してくるので、私は一生懸命それを頬張り咀嚼する。


 レオンはそんな私をじっと見詰めている。


 なんだよ、このポジジョンもご飯もあげねーぞ。

 私は口が半開きのレオンを睨み付ける。……涙目で。


 するとレオンは若干頬を赤く染めて口を覆った。















「………何だ、この漂ってくるダメ魔族臭は。…………………娘にしたい」







 ……何て言った?


 何でこのタイミングで父性が目覚めた。

 泣き顔に弱いヒトなの?



 そこからのレオンの行動は早かった。


 カーペットに膝と額をこすりつけて両手を頭の横についた。


 そう、土下座だ。


「すまなかった!!俺の勘違いでキツい事を言った」


 わお、潔いな。


 そういうのは割と嫌いじゃない。


「許さなくていいぞキティ、そいつは明日にはいない」


 いないってこの城にはいないって意味?この世にはいないって意味?


 私はチラリとシオンさんに目を向ける。

 彼は微笑を浮かべてこちらをただ見ている。


 ………。


「いや、許すよ。謁見の間での紹介の時にレオンは居なかったし、ジークを思っての行動だったんでしょ?」

「っ、ああ、ああ、ありがとう。娘よ」

「娘になるのは許してない」

「兄でもいいぞ」

「「よくない」」


 あ、ジークと被った。







 その後、食事を無事に終えてジークの部屋に帰った。

 シオンさんも一緒だ。レオンは仕事しに行った。

 だからこの部屋には私とシオンさんとジークの三人が居る。



「あれで良かった?シオンさん」


 私は話を切り出した。



「何のことだい?」


 お茶を注いでいるシオンさんは笑顔で惚ける。


「さっきのレオンのこと。私、試されてたんだよね」


 そう言うとシオンさんは動きを止め、微かに目を見開いた。


 そして面白そうに口元を歪める。


「どうしてそう思ったんだい?」


 私は一度深呼吸をする。


「謁見の間の時、レオンは居なかった。あの場にはかなり偉そうなヒト達も集まってたのに側近のレオンがいないのはおかしいよね。だから誰かが意図的に知らせなかったんだと思った。


 あと、レオンがダイニングルームに入ってきた時、レオンは最初っからジークがタブらかされた前提で話を進めてたし、私のことも悪者だって決めつけてたよね。私はジークに後ろから抱き込まれて食べさせてまでもらってたのに。だから、信頼を置く誰かに何かを吹き込まれたのかなって思った。時間差でレオンは来たから、置き手紙でも仕込んだんじゃないの?同じ側近なら筆跡も見馴れてるだろうし。


 それに、あのときシオンさんはレオンのフォローはしてたけどそこまで必死じゃなかった。ジークを怒らせてレオンがどういう処罰をされるかも分からなかったのに……。むしろ、私がどんな行動をするか観察してたよね。きっと、私が魔王に気に入られたことで調子にのってあそこでレオンの本質にも気付けずににキツイ罰を望んでたら、いつか追い出す気だったんでしょ?」


 シオンさんは徐々に唖然とした顔になった。

 私の気持ちはしょぼんとしているが。

 ジークに向き直り、問う。


「ジーク、幻滅した?」

「ん?何にだ」

「だって、シオンさんの思惑が分かってたからあっさりレオンを許しただけだけで、打算的だもん。キレイな気持ちじゃない……」


 下を向くと脇に手を差し込まれ、持ち上げられた。いわゆる高い高いだ。


「キティは賢いな。賢い良い子だ。お前は思惑が分かってたから許したのではなく分かった上で許したんだ。お前は怯えてはいたが怒ってはいなかった。……大丈夫だ。俺はキティを嫌いにはならん」


 その瞳はとても優しかった。

 ジークは私に向かってそう言うと、シオンさんに顔を向ける。


「どうだシオン、俺のキティは。お前の思惑なんぞ簡単に見抜いたぞ」


 ジークはどこか自慢気だ。

 シオンさんはハァーと深く息を吐くと、気の抜けたような笑みを浮かべた。


「魔王様も気付いてましたか」

「当然だ。だからレオンは俺の書類仕事4週間分で手を打ってやっただろお前も分担してやれ」

「それは一ヶ月分というんですよ。魔王様はキティと過ごす時間が欲しかっただけでしょう」

「俺が構ってやる時間が多ければばキティも喜ぶ。結果的にお前らが迷惑をかけたキティのためになるんだ」

「はぁ、出逢った初日なのにあなた方の間には何だか結び付きがありますよね。運命ってやつなんでしょうか」


 シオンさんは一人で納得して私の方へ向き直った。


「キティ、すみませんでした。試すような真似をして……」


 今は笑みを消して真面目な顔をしている。


「ジークにおかしな奴を近付けまいと思った行動だから怒ってないよ。私がシオンさんの立場でもそうする」


 そう言うとシオンさんがふわりと笑顔になった。


「……ありがとう、キティ。あと、………」

「何?」

「僕のこともレオンみたいに呼び捨てにして欲しいな」

「ん?なんだ、そんなこと?わかった、これからはシオンって呼ぶ」

「うん、そうして」


 レオンは初めから怒鳴ってきた失礼な奴だからさん付けする必要もないと思って呼び捨てにしてたんだ。それくらいは許されるだろう。私は聖人君子じゃない。

 そして和解ムードになったところをジークがぶった切った。


「キティはやらんぞ」


 物凄いドスの利いた声が私を持ち上げているヒトから発された。

 ジークは思いっきりシオンを睨み付けている。


「主の大事なものを狙う程落ちぶれてませんよ」


 シオンは軽い口調で返したが額には冷や汗が浮かび上がっている。威圧感凄いもんね。


 シオンはそのまま「失礼します。おやすみなさい」と残して逃げるように退室して行った。





 もう夜も更けて寝る時間だ。


 ベッドに横になって隣に感じる温もり。


 そう、ジークの添い寝だ。

 もう驚かないよ。私の部屋に案内されない時点でうっすら感付いてたからね。


 私はジークにすっぽりと抱き込まれてる。

 恋愛的な感じじゃなくて親猫が子猫を温めてる感じ。寧ろジークは虎とかライオンかな?

 ジークもちゃんと力加減はしてくれてるし。とにかく安心する。

 もう一人寝には戻れないわー。


 安心したらうとうとしてきた。

 ここ数百年の間で一番気を張ってたからなー。



「キティ、眠いのか?今日一日は色々あったしな」


 薄れ行く意識の中でジークの低くて聞き心地の良い声で話し掛けられる。

 だが生憎それに返答する体力がない。


「朝まで一緒にいるから安心してお眠り」



 そしておでこに柔らかいものが押し当てられた。




「おやすみ、キティ」





 ああ、今日はよく眠れそうだ。







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