可愛いペット
一目見た瞬間、ソレに惹かれた。
酒で赤く染まった頬も、きちんと手入れされていない
確かに可愛いと思ったのだ。
大切にしたいと思った。
傍に置いておきたいと思った。
それは、俺にとって生まれて初めての感情だった。
そんな存在が俺のペットになりたいと言っている。
する以外の選択肢はないだろう。
少女と出逢えた衝撃でフリーズしている間に連れて行かれてしまったのは残念だが問題ない。少女の魔力を追えば良いのだ。
俺は鳴き声のうるさい獣共を観賞させられている間、ひたすらあの少女のことを考えていた。
魔力を探知して追うと、どうやらウチの警備に怒られているらしい。正座をさせられている。
嗚呼、足が痺れたらどうするんだ。可哀想だろう。
大体、動物ではあるのだからここに来ても何の問題もない。問題があるとすれば魔王である俺の前に酔っ払って現れたことだが、俺が気にしていないのだから怒られる理由はない。
普段なら軽く瀕死まで追い詰めるとこだが。
このくだらない会をさっさと終わらせてアレを迎えに行きたい。
少女のことを考えていると気付けば庭の獣達はいなくなっていた。
よし、迎えに行こう。
俺は誰にも何も告げずに飛び立った。
少女が帰ったのは有名な塔だった。……悪い意味でだが。俺の元にも噂は届いていた。
まあ、いくら悪い噂があろうが俺は気にしないし、必要なら黙らせればいい。
あまりに気が早って塔の壁をぶち抜いてしまった。まあいいか。どうせここにアレが戻ることはない。
少女は部屋のど真ん中にあるベッドに寝ていた。
何も着ていないのか?風邪を引いたらどうするんだ。
俺はソレの顔を見るために回り込む。
少女は瞼をしっかりと閉じていた。
そのあどけない寝顔に庇護欲が湧き上がる。
気付けば自分の手をその小さな頭に伸ばしていた。傷つけないように慎重に触る。
馴れていないどころか、人を撫でるなんて初めてだったのでぎこちなくなったのは認めよう。
少女の白髪はとても細く、柔らかかった。
また愛おしさが込み上げる。
俺はこんなにも感情の動きやすい性格をしていただろうか。いや、ここまで心動かされたことは生まれてから一度もないな。
この少女が俺の唯一なのだと思うと、その辺にあった安物のシーツで少女をくるみ抱き上げていた。
布を一枚介して少女の温もりが俺の掌に移る。
心臓の鼓動が伝わってくる。
たったそれだけで欠けていたものが満たされていくような錯覚に陥った。
……それにしても軽いな。
こんなに小さくて軽いのでは直ぐに死んでしまうのではないか?
城に連れ帰ったらたくさん食わせてやろう。
新しい洋服も仕立ててやろう。
これが“楽しみ”というものか。悪くないな。
そうだ、たしか子を寝かしつけるには背中を叩いてやると良いのだったな。やってみるか。
む、思ったより力加減が難しいな。
こうか?
さらに叩いてみると、痛かったのか少女の眉が寄せられた。
「んんっ………」
少女がうめき声を発した。
……やはり失敗だったか。
少女を起こしてしまったことに若干の罪悪感が生まれる。
よく寝ていたのに、可哀想なことをしてしまったな。
すると、少女の瞳がゆっくりと開かれ真紅が姿を見せる。
瞳が開ききると、俺はその赤に捕らわれた。
無意識に鋭く息を吸った。
心臓もうるさく音を立て、呼吸がしずらくなる。
それ程までに少女の紅は俺を取り込んで離さなかった。
魅入られる。
暫く見詰めていると、少女もしっかりと俺に目を合わせてきた。
!!
笑った!笑ったぞ!
これ持って帰ってもいいよな。
多少歪な気がするがこういう笑顔なのだろう。笑ったことに変わりはないな。
こういう気持ちを何と言うのか……。
「……養いたい………………」
思わず口に出てしまった。
だが虚偽ではないから問題ないな。ただの本心だ。
ふむ、ここはいっそ本心を伝えてしまった方がいいな。
俺は正直な気持ちを全て伝えた。
求婚の言葉みたいになってしまったな。
これで良かったのだろうか……。
「はい」
目の前の少女が承諾の返信をくれた。
今のは俺の願望でも聞き間違えでもないな?確かに言ったな?
歓喜、そう呼ぶべき感情が胸中を占めた。
表情筋は何処かに忘れて来たと思っていたが、今はだらしなく緩み切っているだろう。
この感情の表し方がわからなくて、気付けば全力で少女を抱き締めていた。
暫くこの小さいのを堪能する。
満足したので一度下ろしてやった。
少女を放すとほっとしたような顔になった。
少し痛かったようだな。次からは気をつけよう。
謝罪の意味を込めて頭を撫でてやる。こちらは嫌がる様子を見せずに受け入れられた。
気持ちよさそうに目を細めている。
まるで子猫のようだ。子猫程目は澄んでいないがな。
警戒心が薄くて小さくて温かい。
共にいると癒されるとはこういうことなのだな。シオンが俺の癒しをやたらと探していた理由がやっと分かったぞ。
苛ついた時に奴に八つ当たりをするのは控えてやろう。
とりあえず、ペットとの交流として飼い主である俺の名前を覚えさせよう。
シーツと俺が与えたマントから頭だけを出している少女と目を合わせ、語りかける。
「いいか?俺の名はジークハルトだ。……言ってみろ」
「ジークハルト…………ジーク…」
「ん?何だ、そう呼びたいのか?……まあいいだろう。ジークと呼べ。それで、お前の名は?」
少女に名を問うと少し考え込む素振りを見せ、こう言ってきた。
「ペットの名前は飼い主が決めるもの。だからジークが決めて」
「は?……ああ、俺としては嬉しいがお前は自分の名に愛着はないのか?」
流石の俺も名付けていいとまで言われるとは思っていなかったぞ。
確認をしてみると少女の腐った目腐敗がさらに進行した。
「そんな頻繁に名前を呼んでくれるとっ、トモダチとかいたことないし、ここ三百年くらいはゲームのハンドルネームしか呼ばれてない。だから愛着もなにもない」
若干目が潤んでないか?そのうちヘドロの様に溶け出しそうだ。
周りの空気が澱んできた少女を抱き留めてやる。
「じゃあ俺が付けても構わないんだな?」
「うん」
……名前、名前か。
人に名付けるのは初めてだな。
こういうのは本人の特徴を表すのがいいのだろうか。
ふむ。
「……キティ、お前はキティだ」
……どうだろうか。
反応を窺ってみると、キティは笑顔だった。
俺は幸福感に包まれた。
「気に入ったか?」
「うん、気に入った」
「そうか」
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