そりゃ摘まみ出されるわ



 その部屋の窓はすべてカーテンが締め切られ、微かな隙間から光が射し込むだけで常に薄暗い。

 そこそこ広い室内のど真ん中に置かれたベッドの上に少女はいた。

 少女は一糸纏わぬ姿で頭から薄い掛け布団を被っている。しわくちゃのシーツの上にちょこんと座り手元の小型魔石板でゲームにいそしんでいる。


「………………よし、クリア……」


 少女がぼそりと呟いた。


 すると、広いベッドに放り出されている魔石版ませきばんから流れる音声が響いた。


『魔王様のペット大募集!!癒しと寿命に自信のある子をどんどん応募しよう!賢い子推奨。応募はこちらまで』


 そんなナレーションと共に、黒髪黒目のこの世のものとは思えない美貌を持った男性が映し出される。魔王だ。

 明らかに目線が合っていないので隠し撮りだろう。いいのか?


「あの魔王がペット?ウケる。動くサンドバッグが欲しいとか……?」


 両手をパキパキ鳴らし、一度伸びをすると目の前の画面に集中する。



 ―――私はその時五徹中で判断力が鈍っていた。












「これは、どういうことだ」


 魔王の口からは地を這うような低い声が発された。


 ―――うっわぁ、機嫌悪っ。


 魔王の側近のシオンは顔には出さないが内心はビクビクだ。

 今魔王城の庭には国中の動物という動物が集められている。小さいものはハムスターから、大きいものはドラゴンまで集まった。 


 魔王様にハムスター差し出すとか正気かよ。


 シオン達側近が魔王様に癒やしがあれば良いと勝手に計画したことだが、完全に裏目に出た。朝から動物達の鳴き声や持ち寄って来た者達の話し声が騒音となり、魔王を苛つかせた。


 ―――魔王様テレビとか見ないから知らなかったんだろうなぁ。


 朝起きたら庭がふれ合いパークになってるとか軽い悪夢だろう。


 直ぐに追い返されなかったのはあまりにも大事になり過ぎていたからだろう。

 ここには一次審査を通過したものだけが集まっているので、本来はもっといたのだ。

 魔王は非常に渋々ながら審査の席についた。


 側近や魔王の周囲に控えていた者達はこれは飼わねぇなと思っていた。

 そして、背後に吹雪と黒いオーラを背負った魔王と共に『ただ魔王様にペットを見せる会』が始まった。






「次」


「次」


「次」


「シオンさん、あれって魔王様に似せた機械か何かじゃないですよね?」

「れっきとした魔王様だよ」


 文官の一人がこっそりとシオンに言った。それを聞いてシオンは苦笑する。


「僕らが勝手にやってしまったことだから仕方ないね。大丈夫、これが終わるまでは大人しくしている筈だよ」

「……終わったらどうなるんですかね」

「その時はその時だよ」

「そう言われると思いました」


 はぁ、と一つため息をつくと文官は戻っていった。





「今回もだめか……」


 シオンはぽつりと呟く。


 ―――あの方心の拠り所になりうるものは、一体どこにあるのだろう。



「まあ、今回が駄目でも諦めないけどね」


 そう独り呟くとシオンは魔王の元へ向っていった。




「次」

「はいっ!」


 魔王が無感情に促すと、元気に返事をしたのは一人の少女だった。


 少女は見た感じ、何も連れずにピンッと右手を挙げて魔王の眼前に躍り出た。少女の白髪は腰の辺りまで伸びていて、櫛を通していないのか、所々はねたり絡まったりしている。その瞳は赤だが、死んだ魚の方がまだましに見えるくらい生気がなく、どんよりと濁っている。さらに、全身は明らかに日の光を浴びていないような白い肌だが、目の下が微かに黒く、頬には赤みが差している。

 アルコールの匂いがするので酔っているのだろう。手には酒瓶が握られている。

 ―――酒瓶はペットじゃないよ?


「君、動物は?」


 シオンが少女に問う。



「私です!!」



 ・ ・ ・



「は?」


「私です!!」


 少女はしっかりとその死んだ目を魔王に合わせた。



「魔王様!私を養ってください!」



 誰もが一瞬動きを止めた。


 突然の発言に、流石の魔王も目を見開いていた。


「……ハッ!警備班、連れ出せ」


 シオンは我に帰ると素早く指示を飛ばす。

 黒い制服を着た男達が走ってきた。



「いーやー」


 少女は棒読み無表情で連行されて行った。

 両脇を固められてズリズリ引きずられている。



「失礼しました、魔王様。再開しますね」

「…………」


 魔王は何も答えなかったがそのままペット探しは続行された。


 その時、シオンは気付かなかった。魔王の視線がべろんべろんに酔っ払った少女に固定されていたことに……。




 結局、魔王はどの動物も飼うことはしなかった。

 まあ、朝の反応から誰もが予想していたが。


 魔王はこの催しが終わると、よほど虫の居所が悪かったのかどこかへ行ってしまった。


 シオンは先程の少女を思い出す。珍しい白髪の少女を。


「あの白髪に紅眼…………まさかね」


 その特徴はある人物と一致したが、本人の筈がないと、シオンは頭を振ってその考えを追い出した。



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