ep10 ホットミルクの魔法
食後、後片付けをし、ルーサーがリビングに戻った。
そこでエリューはランプの明かりを頼りに魔法陣を書き直していた。
「頑張るわね」
「はいっ。おいしいしちゅーで元気が出たので!」
そういって、真新しい羊皮紙を並べた上に魔法陣を描いていく。
ルーサーはエリューの横に座り、彼女が描いている魔法陣を見た。
「下手くそなので……あまり見ないでください」
普通であれば、一枚の羊皮紙に魔法陣を描けばいい。だが、今回は壊れた箇所が大きすぎるため枚数もかさ張ってしまう。
大きくなれば紙の重なりから魔法陣はどんどんずれていってしまう。
そうすれば魔法の成功率はがくんと下がってしまうだろう。
「ねぇ、エリュー。いきなり大きなものから挑戦したら難しいから小さなものから試してみたら?」
「小さなもの?」
首を傾げるエリューに、ルーサーは立ち上がり暖炉の側に立てかけてある真っ二つに折れた箒を手に取った。
「それ……あたしの」
エリューが飛んできた箒だ。
屋根に落ちた衝撃で持ち手の部分が折れ、皮一枚で繋がっていた。
「これなら羊皮紙一枚の魔法陣でも直せないかしら」
「でも……あたしのホウキよりもまずこのお家を直さないと」
それはダメです、とエリューは小さく首を横に振った。
「……エリュー。修理魔法は成功させたことは?」
「……授業の課題で小さな時計を。合格ギリギリでしたけど」
エリューは照れ臭そうに赤面する。
「私がいえた立場ではないけれど……それこそ、屋根の修理は難しいんじゃないのかな? まずは小さなものから練習してみたら?」
「……はい」
ルーサーの言葉にハッとしてエリューは小さく頷いた。
「——でも」
新しい羊皮紙を前に、気合い十分で袖まくりをしたエリューをルーサーが止める。
そっと目の前に差し出されたのはスプーンが入ったホットミルク入りのマグカップ。
「それは明日にしましょう。慣れない場所でそんなに魔力を使ったら疲れるでしょう。だから、今日はもうおしまい」
一緒に飲みましょう。とルーサーは優しく微笑みかけた。
そして羊皮紙が散乱したリビングを二人で片付け、穴の真下。暖炉の前に座って燃える薪を見つめる。
「……これ、なんですか?」
「ホットミルク。これもはじめて?」
「いいえ。何度か飲んだことありますけど……なんでスプーンが入っているんですか?」
エリューはマグカップに入っているスプーンを不思議そうに指で突いた。
「ああ、それね……そろそろいい頃だと思うから、ゆっくり回してみて?」
「……? はい」
ルーサーの言葉にエリューは不思議そうに首を傾げながら、いわれた通りにスプーンを指先で持ち回し始めた。
ぐる。ぐる。
ミルクの中に渦ができていく。すると徐々に、白いミルクの内からブラウンが染み出し徐々に染まっていく。
「……えっ!」
エリューは驚きの声をあげ、シリーにマーブル模様になったマグカップを見せた。
「な、ななな……なんですか。ホットミルクが茶色に!」
「っ、ふふっ……」
想像通りの反応に、ルーサーは思わず笑みを零す。
「このスプーンの先にね、チョコレートをキューブ状に固めたものを入れてみたの。」
ルーサーはそっとスプーンを持ち上げた。
するとスプーンの先に、溶けて角が丸くなってしまったが固形状のチョコレートが付いている。
シリーが渡してくれたものの中に、珍しくチョコレートが入っていたためそれを溶かしキューブ状に固め直した。
たまにしか食べられない甘いご馳走。エリューの頑張りに対するルーサーからのささやかなお礼だった。
「……甘くておいしいよ。きっと疲れも取れる」
「………い、いただきます」
すっかりチョコレート色に変わったミルクをエリューは恐る恐る一口すする。
すると彼女の髪がぴんと逆立ってしまいように、身を強張らせた。
「……おいしい、です」
チョコレートのように、エリューの顔がみるみる幸せそうに溶けていく。
何度も息を吹きかけ冷ましながら、ちびちびとゆっくりエリューはホットチョコレートを味わう。
「今日一日で、こんなにおいしいものばかり……罰が当たってしまわないか心配です」
「喜んでくれてよかった」
エリューの満面の笑みに、ルーサーもつられて微笑む。
「料理って、魔法みたいですね!」
「魔法…?」
突拍子もない言葉にルーサーは首を傾げた。
「だってだって。あのしちゅーという食べ物も幾つもの材料を複雑に組み合わせて、作るんですよね。それって魔法薬の調合にそっくりですし。それにそれに、このミルクだって! 白いミルクが、スプーンを回すだけで色が変わって……こんなに甘くて幸せなものになるんです!」
エリューはマグカップを置くと、ルーサーの手を握り熱弁する。
身を乗り出すほどの勢いに、思わずルーサーは身をのけぞらせた。
「だから。だから! やっぱりルーサー様は立派な魔法使いなんですね!!」
世辞でも。媚びへつらうわけでもない。
屈折ない真っ直ぐなルビー色の瞳がルーサーを写している。心からのエリューの言葉に思わずルーサーは言葉を失った。
料理が魔法。
立派な魔法使い、だなんて師以外にいわれたことはなかった。
そんなことない。と謙遜の言葉はすぐに出てこなかった。
ただ、彼女の真っ直ぐすぎる言葉はルーサーの胸にすとんと落ちた。まるで甘く幸せを運ぶチョコレートが溶けるように、体の中にエリューの言葉が染み渡っていく。
「……………………ありがとう」
生きていて、よかった。
ルーサーはエリューの手を握り返し、心から感謝の言葉を紡いだ。
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