ep8 魔法使いのアトリエ
リビングから破壊音が聞こえなくなりようやく静けさが戻った家。
夕日差し込み茜色に染まるキッチンにルーサーは立っていた。
「よし」
気合をいれるように手を小さく叩くと戦闘開始だ。
ジャガイモ、タマネギ、ニンジン、ベーコン。シリーが分けてくれた食材を次々と並べていく。
今日のディナーはホワイトシチューだ。
手慣れた手つきで野菜を一口サイズに切り、ベーコンは贅沢に厚切り。
それらをかまどに乗せていた魔法鍋で炒めていく。勿論たっぷりのオリーブオイルは忘れずに。
本来は魔法薬の調合に使うものだが、ルーサーがここに住むようになってからはすっかり調理器具にジョブ変更してしまった。
野菜にある程度火が通ってきたら、そこに師秘蔵の果実酒をほんの少し加えアルコールを飛ばす。そして水とローリエを加えジャガイモがほっくりするまで煮込んでいく。
その間に、二口あるかまどのもう片方で主役のホワイトソースを作っていく。
保存しておいたバターをたっぷりとフライパンで溶かし、バターが液状に溶けいい香りが漂ってきたところに小麦粉を投入する。
ここからが勝負だ。焦げないように、ダマにならないように手早く手早く混ぜていく。
手を休めることなく弱火でじっくり混ぜ続け、小麦粉がバターと混ざり合いもったりとしてきたところでミルクを少しずつ注いで伸ばしていく。
多く入れすぎてしまうと上手く伸びなかったり、ダマになってしまう。火が強すぎたらあっという間に焦げてしまう。
焦らず、慎重に。食べる者のことを考えて、想いを込めて作る。
そうして見事なとろみがついた美しいクリーム色のホワイトソースを、先ほどの魔法鍋に入れていく。
「……美味しくなぁれ」
鍋を底から混ぜながら、ルーサーはぽつりと呪文を呟く。
木べらを通してほんの僅かな自分の魔力を精一杯鍋へと注いでいく。
きっとエリューは疲れている。何度も何度も魔法に失敗して落ち込んでいる。少しでも、彼女が元気になりますように。
そんな想いをありったけ込めて、魔法使いは料理を作る。
魔法使いは
そうして料理が出来上がる頃には、外はすっかり日が落ちて暗くなっていた。
ルーサーはキッチンとダイニング、そして廊下にかまどの火から分けてもらったランプをつけて周りリビングに向かう。
「エリュー」
声をかけながらリビングに顔をだす。
エリューの落下位置は丁度シャンデリアが付いていた場所で、リビングは真っ暗だった。
暖炉の薪が燃える音とともに、聞こえる小さな寝息。
エリューはかつて師が座っていたソファの上で可愛らしい寝息を立てていた。口の端から僅かに垂れる涎。よほど疲れていたのだろう。
ルーサーは苦笑を浮かべながら、ソファの側にあるサイドテーブルにランプを置き、そっとエリューの体を揺らす。
「エリュー。エリュー……起きて」
「…………んぅ。あと……五分……」
眠そうな声をあげ、エリューはルーサーから逃げるように身じろぎ被っていた身を隠すローブに蹲る。
「エリュー。食事ができたわよ」
「………っ」
攻防を続けること数分。ようやくエリューがうっすらと目を開けてくれた。
寝ぼけ眼に映るルーサー。何度か瞬きをしたエリューは我に返ったように、突然がばりと起き上がった。
「……いっ!」
「わわっ、すみません! あたし、いつの間にか眠ってしまったようで!」
エリューに顔を近づけていたルーサーは、顎に思い切り彼女の頭突きを食らってしまった。
顎を抑え、その場に蹲るルーサー。対してエリューは大慌てで起き上がる。
「ル、ルーサー様! 大丈夫ですか? どこか具合でも……」
寝ぼけていた彼女は、ルーサーに頭突きしたことを覚えていないようだ。
「いえ……大丈夫よ。起きてくれてよかった」
顎を抑えながらルーサーは呻き答える。
まるで石にぶつかったような衝撃。エリューの頭は物凄く頑丈なのかもしれない。
エリューは蹲るルーサーの背中を摩る傍、リビングに漂ってくる香りに鼻をくんくんと匂わせた。
「……なんだか、とてもいい匂いがします。なんの匂いですか?」
「シチューよ。貴女が眠っている間に作っていたの」
「しちゅー?」
聞いたことがない、とでもいいたげにエリューは首を傾げた。
「晩ご飯。一緒に食べましょう」
立ち直ったルーサーが微笑むと、エリューは嬉しそうに頷いてルーサーの後に続いた。
いつも一人で静かな家が、小さな魔法使いの来訪により賑やかになるなんて。
まるでカラムといた頃を思い出すようだ、とルーサーは誰にも見えないように小さく微笑んでいた。
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