第二夜 走れ鷹見




 しかしまあ。


 いくら望んでいたとはいえ殺し合いをしてくれ、と言われて即座に行動できるほど彼、こと鷹見健也たかみけんやはアグレッシブな人間ではなかった。かれこれ五分ほどカーテンを開けてじっと外を眺める。


 すると誰かが能力を試したのか、徒競走の号砲よろしく爆発が起きた。鷹見にとって人生初の爆発体験である。爆風で窓ガラスにひびが入りそれに焚きつけられたかのように家を飛び出した。





 彼は走りながらこう考えた。





 (俺は誰かと戦うことになる、重要なのが与えられた能力だろうが俺の能力は物質を修復するというものらしい。使ってみないことには何とも言えないがこれは攻撃には向かない。武器が必要だ。殺傷性が高いものがいい)





 都合のいいことに鷹見の家の近所にある博物館では戦国時代に使われていたという日本刀があった。拝借しよう、と思い傍にあった適当なものをガラスに叩きつけてそれを手に取る。初めて持った日本刀は鷹見の手にずしりと重量感を感じさせた。





 (武器は手に入れたがこれからどうする。人が見当たらない)





 そんなことを考えながら街を走っていたその時。


 視界の端にちらりと人影が見えた。





 「っ!?」





 向こうも鷹見に気づいたのか追いかけてくる。その顔に鷹見は見覚えがあった。





 「……佐原、佐原だよな?」





 その男は鷹見の級友の佐原だった。と言ってもほとんど話したことは無い。ただ同じ中学出身なのでお互い顔は知っている。その程度だった。





 「……鷹見たかみ」





 佐原はじっと鷹見のほうを見つめている。その目は友好なんてものを望んでおらず。剣道の試合の直前の選手に似ている目だ。すぐにでも攻撃を仕掛けてくる。直感的にそう感じてた。





 「あー、なんだ。悪いけど死んでくれよ、鷹見!」





 そういうと佐原は振りかぶって硬球の野球ボールを投げつけた。たかがボールと侮ってはならない。彼は野球部のピッチャー。中学時点ですでにその速度は超高校級だった。その剛腕から放たれるボールが鷹見の顔面にめり込み……はせず顔の横をかすめていった。





(こいつコントロールが駄目だったからな。レギュラーになれたことは無かったはずだ……しかしあれでどう殺すつもりなんだ)





 鷹見は飛んで行ったボールに目をやると腹に何やら異物感を感じた。何気なく見ると佐原が目を血走らせて腹にカッターナイフを突き刺している。





 「……ああ?」





 佐原が焦ったようにカッターを引き抜くと鷹見は間抜けな声を出してその場に蹲った。ボールはひっかけ、ただの陽動だったか。そんなことを冷静に考える。なぜそんなに冷静になれたかと言えば腹が全く痛まなかったからだ。いや痛みはあるのだが軽い。彼は腹を刺された経験なんてないがここまで痛まないはずないという確信できるほど痛まなかったのである。





 (まあ夢なんだから痛みがあるはずもないか。つねっても痛まなかったし)





 佐原は鷹見が悶絶していると思っているのかうなじ目掛けて勢いよくカッターを振り下す。それをなんとか横に転がり回避した。動きに問題はない。ゆっくり立ち上がり対峙する。佐原は驚いたように鷹見を見た。





 「なんで動けるんだよ、痛くないのか?」





 「不思議と痛くないんだなこれが。自分の腹に突き立ててみたらどうだ」





 鷹見は軽口をたたくとゆっくり腹に手をやると意識を集中した。物質を修復するならこの傷も治るかもしれない。治れ、と念じると腹が少しかゆくなった。少しすると肉が引っ付き血が止まる。それを確認するとじろりと佐原を睨みつける。





 「やってくれたな、殺してやる」





 「傷が治った、それがお前の能力か」





 鷹見は返答せずにゆっくり鞘から刀を抜いて構え相手をじっと見つめる。佐原はじり、と引いたかと思うと逃げ出した。





 「逃がすか!」





 鷹見は佐原の後を追う、が、距離は徐々に開いていく。刀が重い上走るときに邪魔なのだ。このままでは見失う。そう頭によぎった瞬間佐原は体を翻してまたボールを投げた。





 (また……いや前のとは違う)





 佐原から放たれたボールは真っ直ぐこちらに向かって来たにも関わらず途中でなぜか上へ跳ね上がり弧を描くように軌道が変わった。





 (投げたボールの軌道を変える能力か?無視していいか)





 この夢の世界では痛みを感じない。だから硬球ボールが当たったところで致命傷にはならない。……その考えが命取りになる。





 「当たれッ!」





 佐原の願いが通じたのか背中にボールが命中する。それはただのボールではなくカッターの刃が刺さったものだった。容赦なく刃が背中をえぐられる。





 「痛っ、てえ!クソ油断した!」





 鷹見は叫びながら背中を修復し再び脚を動かした。しかし2球、カッターの刃が刺さったボールが向かってくる。刀を振るいボールを逸らす。しかし弾いてもボールの速度は変わらず襲ってくる。腕が裂かれ目が潰される。





 (クソ、このままじゃジリ貧だ。刀これを捨てれば追いつくかもしれないがそしたら手段がなくなる!)





 体を修復しながら鷹見は考える。





 (さて、どうするか)


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