プログラマー左門の黄昏

今居一彦

起動

 <左門主任!忘年会行かないんですか?>


 突然チャットしてきたのはプロジェクトメンバーの亜衣だった。


 <そういうのは参加しないんだ。毎年スルー>


 左門は素っ気なく返信した。


 <え?そうなんですか〜?ズルい>


 <ごめん。新人のキミは知らなかったかもしれないけど「ドタキャンの左門」っていつもみんなからは言われてるんだ…>


 左門は年末の休みモードが漂うオフィスの片隅で、黙々とパソコンに向かいあっている最中だった。片隅と言っても、プロジェクトの機密情報を遮断するため、個別に設置された専用ルームだ。


 左門は、とある企業のAIを開発するプロジェクトのリーダーを務めるプログラマーだ。


 亜衣がチャットをしてくるまで、今日が部の忘年会だということはすっかり忘れていた。そもそも大勢の宴会みたいなものは性に合わないこともあったが、それ以外にも理由があった。


 長く試行錯誤していたAIのプログラミング調整に、ようやく良い兆しが見え始めていたからだ。


 「いくぞ『JUN』!キミの学習成果を見せてくれ」


 サーバーにコマンドを入力すると、左門は思わずそうつぶやいた。「JUN」とは、左門が手がけているAIのコードネームだ。


 画面上には奇妙なプログラミング言語がせわしなく踊っていた。普通の人間には理解不可能な文字の羅列が、左門の目には、まるで北極のオーロラでも眺めるかのように、美しい光を映し出していたに違いない。


 「こんにちはJUNです」


 プレビューモードに切り替えた画面には、CGのあどけない女の子がニッコリ微笑んでいた。


 「あれ?『こんばんは』かな?時間的には」


 JUNは舌を出しておどけてみせた。


 「JUN、こんばんは。画像認識の設定を少し調整してみたんだ。どうかな?」


 左門は画像ファイルを一つJUNに示した。


 「これはイランにある遺跡の一つですね。数日後にアメリカのドローンで空爆される可能性は99.9%となっています」


 「よし。分かった」


 左門は納得した様子だった。


 <左門主任!まだ会社ですか?>


 また亜衣のチャットだ。チャットは便利だが、相手の状況お構いなしに割り込んでくる。


 <はい。ブラック企業で働いてますから>


 しかし左門もこういうやり取りは意外と嫌いではなかった。若い新人の女の子が相手となれば尚更だった。


 <私、左門主任とお話がしたいんです!早く終わらせて二人で飲みませんか?>


 そう言われるとさすがに左門も心を動かされた。


 左門は既婚者だ。今度中学生になる子供もいる。亜衣もそれは承知の上での誘いだ。


 ましてや左門はあまり精力旺盛なタイプでもない。しかし亜衣は、そんな落ち着いて、ヤケに純朴な左門に好意を寄せていたのだ。


 男たるもの、女性からそのような誘いを受けて、迷わない者はいない。左門は仕方なく(いや、むしろ喜んで)承諾した。


 <了解。キミがそこまで言うなら、プロジェクトリーダーとしては断わるわけにはいかない>


 <よかった!でもプロジェクトリーダーかどうかは関係ないですね!笑>


<場所はどこにする?>


<主任の好きなところで!>


<了解。じゃ適当に決めて連絡する。あ、適当にというのは適切にという意味だけどね。悪いけどあと30分くらい待ってもらえる?>


<了解しました!>


 左門は普段からあまり出歩かないタイプだったので、こういうときの気の利いた店などはまったく見当がつかなかった。

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