「頑張れ」という名の毒

佐武ろく

「頑張れ」という名の毒

 空に月と星が輝く時間帯。黒いスーツを着ていた俺は歩きながら煙草を咥え黒ネクタイを緩める。柵が行く手を阻むとその足を止め片手に持っていた花束を下に置いた。

 そして向こう側に広がる夜の街を背にして柵にもたれながら煙草に火をつける。ゆっくり煙を吸うとまたゆっくりと夜空に向かって吐く。

 それから今日もいつもと変わらず輝く夜空をしばらく眺めていた。


『俺、将来は金持ちになりてーな』

『なんだよその頭悪そうな夢』

『は? 誰でもそうだろ。じゃーお前はどうなんだよ?』

『俺? 俺はなぁ。結婚して子どもと幸せに暮らしてひ孫まで見たいかな』

『お前らしいな』


 いつの間にか呼び起こされる昔の記憶。懐かしさが心に沁み渡るが今の俺にはそれが心を締め付けているようにも感じた。

 そして煙草の灰が落ちそうなことに気が付いた俺はポケットから携帯灰皿を取り出し煙草を捻じ込む。灰皿をしまうと内ポケットから一通の手紙を取り出した。


「手紙なんていつぶりだよ」


 二つ折りにされた手紙には俺の名前が書かれていた。その手紙を開くと綺麗とは言えない文字が並んでいる。学生ぶりに見るあいつの字は相変わらずだ。


『まず俺だけ言いたいことを言ってお前の反論を聞けなくてごめん。お前はなんで俺がこんな選択をしたのかって疑問に思うかもしれないけど、この気持ちをお前が理解できる日が来ないことを祈ってる。

 それともうひとつ。お前はいいやつだから自分を責めるかもしれない。だけど本当にこれはお前のせいじゃないってことを強く言っておく。俺の弱さが生んだ結果だ。

 一ヶ月前、久しぶりに会ったよな。あの時は色々とキツくてもうダメだと思ってた。でも久々にお前と呑めて本当に楽しかったしまだまだ頑張れるって思ってた。

 だけど、もう無理だ。俺にはもう耐えられない。昔から俺は部活も途中で辞めたり弱いとこがあった。それが嫌だったし変えたかった。だから社会人になったら辛くても耐えて耐えて耐えた。本当に無理だって思ってもお前の頑張れって言葉のおかげでもっと頑張れた。それにお前も頑張ってたし俺も頑張らなきゃって思った。

 だけどもう無理だ。結局、俺は変れない。ダメな奴。こんな選択をする俺を許してほしい。すまない。お前との想い出は宝物だ。俺の人生が少しでもいいものになったのはお前のおかげだ。ありがとう。こんな俺と友達でいてくれてありがとう。次の人生でもお前と友達になりたいよ。次は俺から声をかけるしもっと強いやつになってるからその時はよろしく。じゃあな』


 手紙を閉じた俺はもう一本煙草を咥え火を点ける。吐いた煙は風に流され夜の街に消えていく。

 幼馴染で親友のあいつはあの日、ここから飛び降りた。その一ヶ月前、呑みに誘われた。あいつは最近色々と辛いと話し俺も仕事の愚痴を零した。その時のあいつはそこまで辛そうには見えなかった。だけかもしれない。

 だから俺は軽い気持ちで「頑張れよ」と言った。そしてそれぞれ家に帰る時、「じゃあな。これからも頑張れよ」と言ったらあいつは笑顔で応えた。

 何気なく言った一言だった。だけどそのせいであいつは頑張り過ぎたのかもしれない。今でも、嫌でもこの考えが浮かぶ。もしあの時、『頑張り過ぎるな』、『投げ出すことも選択の内だ』と言えればこの未来は変わっていただろうか。分からない。もしかしたら変わらず俺はここで一人煙草を吸っていたかもしれない。

 今考えれば頑張ってたあいつに「頑張れ」なんて言うべきじゃなかった。そんなこと言えばあいつは、自分が周りからみればまだまだ頑張れてないんじゃないかって思うに決まってる。長く付き合ってきた俺なら分かる。なのに俺は言ってしまった。


「ふぅー。バカ野郎だな」


 そう呟いた俺は灰皿に煙草を入れその場を後にした。


         * * * * *


 あれから数年間、俺は毎年のおようにお墓参りに行っている。そして今日もあいつの墓の前で手を合わせた。


「今じゃ、俺も父親だ。ひ孫の顔までは見れるか分からないけどな。まぁでも煙草もやめたし酒もそんなに飲まなくなったから長生きできるだろう」


 それから色々と話をした。


「あぁ、それから。お前の名前もらったよ」

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「頑張れ」という名の毒 佐武ろく @satake_roku

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