6-1. MMBF 420

 大尉が倉庫の横のドアを開けると、健斗は急に圧迫感をおぼえた。

 少し歩いて、理由が分かった。

 基地内でここだけやけに天井が低い。


「極東時代の兵舎だ」

 車椅子のホイールを押しながら、大尉が言った。

「ここはもともと前線へ持っていく兵站の集積所でね……」

「だから基地から東京まで道路が続いてるわけですか」

「まあ、今はあの軍用道も、馬賊モドキの商人どもの遊び場になってるがね」


 健斗はホルスターに指を這わせた。

 大尉に悪気はないのだろうが、ぎくりとする言葉だった。


 ドアの奥には細い通路が伸びていた。

 たしかに、健斗が寝泊まりする宿舎に似ていた。違いは窓が無いだけだ。

 多少古ぼけているが、蛍光灯は切れておらず、タバコのヤニひとつ付いていない。

 終戦後も倉庫として使っていたようで、兵舎のドアの奥には段ボールの山が見えた。


 中には開いているドアもあったが、大尉は目もくれず、どんどんと先を急いでいく。

 観光する時間は与えてくれないようだ。

 後ろから追いかけていると、大尉の鍛えたうなじがよく見えた。

 戦闘中にGがかかりっぱなしになるMLFV乗りは、首の後ろ側がよく発達している。大尉も、肩口から首にかけて綺麗な三角形のラインが浮いていた。

 軽く、健斗は自分の首すじに手を当てる。

 健斗もここでのトレーニングで筋肉は付けた。しかしここまでじゃない。

 きっと、大尉は優秀なドライヴァだったのだろう。あるいは今も、か。


 じっと大尉を観察していると、前は無かった銀色の挿入口が、背骨の位置に光っていた。

 大尉がホイールを押すたび、蛍光灯の明かりを無機質に反射している。

「……それ、ガレオンですか」

 大尉は無言でうなずいた。


 驚きはしたが、納得もした。

 シミュレータ上でのガレオンとの戦いは、ウォーラスと似た感触があった。

 きっと似たような技術を使っているのだろう。

 そもそも扱うのは同じ人間だ。

 健斗は、カルガの濁った眼を思い出す。


 人間の脳は有限だから、機械と身体をつなげたら演算リソースの奪い合いが起こるはず。

 ウォーラスのドライヴァは視力と四肢を捧げた。もしそこに火器管制システムと強力なバリアを加えたら、もはや何を失うか予想もつかない。


「消化器と腰から下の運動器につながる神経をすべてバイパスさせた」

 大尉は皮肉っぽく笑った。

「脳幹、小脳、間脳、皮質……MLFVってやつはびっくりするくらいヒトに似てるね。休む間もない不随意筋もあれば、DT反射のせいでままならないやつもある」

「こうなることはカルガのデータで分かってたはずだ」

「ああ分かってたさ」

 一瞬、ホイールを押す手が止まった。

「……だが、選ばれたのは俺だった。いや、そうなるように俺がした」

「どういうことです」

「さてね」


 大尉はあごをしゃくってみせた。

 いつの間にか、廊下の突き当りまで来ていた。

 正面には明らかに不釣り合いな鉄の扉があり、わきに三角形のボタンが付いている。

 ドアの上部に光る数字で、これがエレベーターだと分かった。


「これ、どこに?」

「地下の資材倉庫だ。我々の目的地ということになるな」

 そう言って、大尉はさっさとボタンを押した。


 下がっていくエレベータのかごの中で、大尉は目を閉じていた。

 健斗も初めは真ん中に立っていたが、あまりに移動が長いので壁に寄りかかった。


「ウォーラスを倒したのは、きみだったんだな」

 彰真が呟いた。

「記録を見た……サンパチは出回らないからね、すぐ分かったよ」

「俺の力じゃない」

 あのとき、健斗は確かに操縦桿を握っていた。

 しかし真紀が補助せず、三八式が勝手に動かなければ、間違いなく死んでいた。

 だが大尉はかぶりを振って言った。

「過程っていうのはどうでもいいんだ。『そこにいた』という記録さえ残っていれば」

 エレベータはまだ減速する様子を見せない。

 車椅子のホイールの上で、大尉の指がかつかつと音を立てた。


「どうだった、ウォーラスは?」

 質問の意味が、とっさに分からなかった。

 大尉はうなずいて先を促してくる。健斗はため息をついた。

「……異常、でしたよ」

「ガレオンよりもか?」

「まあ、はい」

 健斗は足元を見た。

 カーペットがすり切れていた。このエレベータだけ、ずいぶん痛み方が激しい。

「ガレオンは見ればMLFVだって分かる。あれはガレアスとか七一式っていう基礎があって、その上に機能を追加した改良版じゃないですか。でもウォーラスは全くの別種だった」

「我々も検査したが、外装のレイアウト以外はむしろ旧式だったぞ」

「そんなわけない。戦えば理解できるはずだ」


 単騎で軍隊と戦うための、ヒト型戦車。

 そんなマンガみたいな代物が実在して、しかも脅威となっていた。

 今になっても、あれがMLFVとは思えない。系統がつながっているかも怪しい。


「戦えば理解できる、か」

 大尉は微笑んだ。

「そうだな、理解してくれるのはいつも当事者だけだ」

 エレベータのかごが止まる。

 ドアが開くとき、外扉に鉛のシートが挿入されているのが見えた。

 作動していないクリーンルームを通り抜け、健斗たちは薄暗い廊下を行く。


 エレベータと比べると、ずいぶん広い廊下だった。

 どこかに搬入用エレベータがあるのか、軽自動車みたいな大きさの台車が置いてあった。

 中身は人工筋肉のケーブル。最新型のMLFVに使うものだ。


「10年前、我々国軍は予備役と志願兵からなる現地部隊を殿軍として、関東平野を放棄した」

 大尉は前を行きながら言った。。

「あらゆる兵器が投入された。駆逐艦、歩兵用戦術核、もちろんMLFVも。だが未帰還率は6割を超えた。しかも200名以上の兵士が、記録上では任務外で死んでいる」


 さらに進むと、視界が開けた。

 まず感じたのは、強いオイルの臭気だ。次に、ちらちらと舞う埃。

 照明がコンクリートの壁に反射していた。

 天井には蜘蛛の巣のように無数の鎖がぶら下がり、その先端で屠殺とさつ場のかぎのようなガントリークレーンのフックがにぶく光を映している。


 フックは白いMLFVに組み付けてあった。

 四肢を失い、残った部分も煤で汚れているが、かろうじて桜色の複眼が見えた。

 特徴的な、引き絞られた腰と流線形の胸は見間違えようがない。

「<ウォーラス>が……」

 健斗は手汗がにじむのを感じた。

 解析に回されているとは聞いたが、残骸がこの基地で保管されているとは。


 ウォーラスの背後には、まだスペースがあった。

 そこにも鎖がつながっていた。

 初め、健斗には何も見えなかった。黒々とした空間があるだけで。

 やがて、その黒い空間にも照明が当たっているのに気付いた。

 認識にともない、空間がヒト型の輪郭を形作る。

 ひび割れた頭部、張り出した胸、かじり取られたような細い腰、大きく湾曲した脚。


「俺も戦ったんだ」

 大尉が進み出る。

 格納庫を一望できるバルコニーの端まで行くと、半回転して健斗と向き合った。


「あの戦争は、意図的に引き延ばされていた。たった1輌のMLFVによってね」

「黒いウォーラス……あれが黒魔鬼ヘイモーグイ?」

「ああ。だが、当時はもっと違う名前で呼ばれていた」


 大尉は大きく息を吸った。


「コードネーム、<ドレッド・ノート>。悪夢の兵器だ」


 黒いMLFV――ドレッド・ノートのところで、じゃらりと鎖が鳴る。

 巨躯が身じろぎしたように見えたが、きっと気のせいだろう。


「当時の武装は超硬合金のクローがふたつだけ、だが斥力のフィールドを生成することで投射兵器を無力化できた。こいつが量産されたら、ほとんどの戦車はただの鉄クズになるだろうな」

「量産って、ガレオンのように……」

 ガレオンは次期主力車両という話だった。

 今なら、あのシールドがこいつのレプリカだと分かる。

 恐らくウォーラスも同じだ。こいつの駆動系と操縦系統を真似たから、形状がMLFVから逸脱した。


「問題は、こいつが所属不明ってことだ」

 大尉はうなだれた。

「信じられないだろうが、コンピュータは日本製だった。光学センサはイスラエルで、アクチュエータは中国製、フレームはソ連だ。しかもすべての規格が未登録のワンオフだった」

「製造者は……」

「それも分からん」

 各国のパーツで構成された特注品。諸国連合がそのまま兵器になったようなものだ。

 

 改めて、健斗は奥のドレッド・ノートを見つめる。

 こいつを造った人間は、何を目指したのだろうか。

「ソ連も俺たちと似たようなものらしい。下手したら世界中が<ウォーラス>を作っているかもな」

「また軍拡ですか」

「まあな。たしかに、褒められない話だよ」


 少し、間があった。

 大尉の目が動く。

 ふたたび口を開いたとき、大尉はその一瞬で何かを覚悟したように見えた。


「ガレオンを、シミュレータで撃破したと聞いた」

 彼の右手が車椅子のポケットに伸びていく。

「あんなの偶然ですよ。だいたい、実戦だったら一撃目で気絶していた」

「だろうな。俺もそう思う……。だが、この記録を見た人間はどう思うか」

 殺気があった。

 健斗がまばたきすると、次の瞬間には、目の前に銃口があった。


「ただの余興で終わればいいと思っていたんだが、残念なことに立ち行かなくなった」

 大尉はにこりともせず、トリガーに人差し指を置く。

 この距離ならお互い外すことはない。

 健斗もホルスターに手を伸ばし、セイフティを解除した。

 撃鉄は初めから起こしている。この拳銃なら、抜けばこのまま撃てる。


「やめてください。俺はただのRAMなんですよ」

「分かってる。でもな、あの車両は俺の人生なんだ。負けは許されない」

「あんたが俺に負けたわけじゃない」

「もういい……」


 殺気が大きくなった。

 張りつめて、風船のように今にも裂けそうになる。


 健斗はグリップを握った。左足を引く。

 大尉の右手も緊張して、人差し指が動く。


 地下に鋭い銃声が響いた。

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