5-4.

 照準されて、コンマ8秒で弾が飛んできた。

 左肩の装甲がスクラップになり、強引にフレームから引っぺがされる。

「ぐ――!」


 健斗が銃口を向けた先に、ガレオンの巨体はすでに無い。

 探す間もなくミサイルが降ってきた。

 かろうじて避けたところに、空から影が落ちる。

 あの70トンを超える機械の身体が、頭上を飛んでいた。


 レーザーの照射に警報が叫ぶ。

 腰部の7.7ミリ機銃が吼え、弾丸の雨が降ってくる。

 地面がミキサーにかけられたように泡立ち、七一式のコクピットが傾斜を始める。

 回避できなくなる前に、健斗は家屋に身を隠した。

 ワンテンポ遅れて、ガレオンが着地する音が轟く。


「手数はウォーラス以上か……」


 どんな距離でも砲弾が飛んでくるせいで、休む間もない。


 馬賊の決戦兵器<ウォーラス>は武装をハンドカノンに限定することで、運動性を確保していた。

 こっちは重装備のまま、シールドの斥力を戦闘機動に利用している。

 原理は、核爆発で推進するパルスエンジンと同じだ。恐らくシールドの耐久力は180トン程度。地面を吹き飛ばす反作用で、あれだけの加速度を得ている。


 健斗は操縦桿からシステムを呼び出す。

 勝機は乏しいが、まだ行ける。

 あいつは速くて強くて弾が通らない――だから勝てない。それだけだ。

 七一式の重量は40トン。速度を加味しても体当たりではシールドは抜けないだろう。


 シールドを張る前は口径25ミリのAPで正面装甲を貫徹できた。

 ガレオン本体には、きっと榴弾を防御できる程度の装甲厚しかない。

 だったら今もシールドの許容値を超える負荷をぶつければいい。


「状況に修正なし」

 全周波帯に向けてジャミング開始、機関出力100%。

 背後で建物が崩れる。土煙に、オレンジのセンサ光が見えた。


 健斗は迷わず撃ち返した。

 ダーツのような砲弾が次々とシールドで止められる。胴部機銃を撃っても同じことだった。

 だが、ガレオンから弾は飛んでこなかった。

 次の建物に向かいながら、健斗はさらに射撃を加える。

 やっぱり、向こうは撃ってこない。


 身を隠した瞬間、凄まじい弾幕が視界を覆った。

 鉄の暴風雨に身をかがめながら、健斗は息を吐き出した。


 あのシールド、後付けだ。

 火器管制システムと同期が取れてないから、自分が撃った弾すらはじいてしまう。

 こっちが撃ってるあいだは撃たれない。つけ込む隙があるなら、勝てる。

 

 七一式の上半身を旋回させ、ガレオンに乱射しながら次の遮蔽物に向かう。

 最終ポイントまで500メートル、400、300――

 バックモニタに目当ての建物が見えてきた。戦火で焼け落ちずに残った高層ビルだ。

 ふっと気を抜いた瞬間だった。


 まず感じたのはあり得ない方向からのGだった。

 眼球が引っ張られる感覚があった。ブラックアウトした途端、逆向きのベクトルで叩きつけられる。

 アッパーカットで殴り飛ばされたように、首が後ろに曲がった。

 座席がみしりと鳴った。数秒、息ができなくなる。


 じきに意識が戻る。

 目と鼻の先にガトリングカノンの銃口があった。

 かすむ視界に、いくつもの砕けた建物が見えた。

 ガレオンの通った跡が炎のラインとなって、こっちまで続いている。 


 ひしゃげて外れた胴の装甲と、折れた機銃が廃墟の陰に見えた。

 少なく見積もっても200メートルは離れている。

 さっきまで、健斗はあそこに隠れていたはずだ。

「く、そ……」

 ようやく事態を理解した。

 シールドを使ったガレオンの機動力をなめていた。たとえガトリングの弾は届かなくても、自身が動けば質量弾になる。たかが家屋の数軒程度なら、こいつの前では何も無いに等しい。


 音響センサは破壊され、沈黙の世界にガレオンの銃身が回りだす。

 唯一、ダメージの警告音が耳に刺さった。

 健斗は操縦桿を握る。

「大丈夫だ。行くぞ、ま――」

 真紀と呼ぼうとして、苦笑がこぼれた。

 そうだった。ここには自分だけだった。


 ガトリンカノンがスピンアップする音が引き延ばされて聞こえる。

 ウォーラスのときもこんな必殺の距離だった。

 あのときは独りでは戦えなかった。


 操縦桿を握った指がぎちぎちと鳴る。

 もう、誰も助けてくれない。

 シミュレータ上で動かす七一式からも、意志は感じられない。

 こいつは三八式とは違う。搭乗者の身体の延長であって、ドライヴァの動きをダイナミクスに変換し、躯体上に表現するためのマシンだ。

 

 肩をよじらす――七一式も身じろぎする。

 目を細める――七一式もガンサイトを開く。

 覚悟を決める――全身の演算回路が発火する。


 健斗は操縦桿のボタンをたたいた。


 武装選択、肩部ランチャー4番、5番、6番。

 信管撃発距離ヒューズカウント、プリセット2番。

 武装安全装置マスターアーム、解除。


「勝負だ……」


 ガレオンが初弾を発射する。

 命中した装甲のチタン層がひび割れながら、弾芯をはじき飛ばす。

 カメラの前をサボットの破片が横切った。

 2発目、3発目と回るガトリングカノンから吐き出されていく。

 毎秒200発の発射レートはすぐに肉眼で捉えられなくなった。


 七一式が射撃したときには、すでにセラミクスのトラウマ防御板も突破されていた。

 コクピットを覆うウレタンを、摩擦で赤熱したタングステンの奔流が泳ぎ回る。

 とうとう右腕が脱落した。胴部も大きくかじり取られて、コクピットにダメージが到達する。


 ガレオンが左脚を踏みしめ、銃口がゆっくりと回頭を始めた。

 煌々と輝くオレンジの瞳が健斗を見つめる。


 その冷徹な視線を、降ってきたガレキが圧し潰した。


 射撃が止まり、ガレオンが後ずさりする。

 そのあいだも大量の鉄筋コンクリートが降り注ぎ、銀色の躯体を串刺しにしていった。

 慌てた様子でシールドを張るも、もう遅い。

 基部を破壊された高層ビルが、最上階から垂直に崩れていった。階下に押し出された破片が巨体を襲い、空からは支持構造物だったものが槍のように降ってくる。

 間もなくシールドが破れて、吹き荒れる砂嵐がお互いの姿を隠す。


 健斗は真っ暗になった画面を前にうなだれる。

 操縦桿とギアシフトレバーからは、もう手を離していた。

 シミュレータ内の七一式は大破した。動かせる部位はほとんど消えている。


「疲れた」

 いざ終わってみると、徒労感だけが残った。

 すべて、作戦通りだ。


 MLFVは最弱の万能兵器。

 運動性はあっても機動力では戦車に劣り、装甲も機関砲弾を耐えられる程度しかない。

 強みはどんな地形でも『とりあえず動ける』歩行システムと、極端に大きな『設計的冗長性』だけ。


 健斗が肩部ランチャーに詰めたオプション兵装は観測ユニット、チャフ、そして工兵用の指向性爆切弾。

 事前の情報で、ビルの構造は分かっていた。

 初弾でまず外壁を除去、露出した内部に木を切り倒す要領で第2、第3弾を撃ち込み、ビルがこちら側に倒れるように仕向ける。


 同じヴェトロニクスで砲撃から野戦築城までこなすMLFVは、裏を返せば戦うまで何を積んでいるか分からない。

 戦車は壊せなくても、橋やビルなら引き倒せる。歩兵にやられる装甲でも、その目は半径100キロメートルを見通している。火力は貧弱だが、軍艦のミサイルを誘導することだってできる。

 先日の兵棋演習では引きつけた真紀の戦車を地雷で倒した。

 今回も同じように、健斗は戦術の読み合いに勝った。


 画面のダメージ警告が消え、ノイズに覆われた景色が現れた。

 健斗はふたたび操縦桿を握った。

 燃料電池が残り火を燃やし、アクチュエータを軋ませる。

 無数の残骸に貫かれていながら、七一式は奇跡的にまだ操作できた。

 右腕は失われ、両脚も膝からねじ切られている。頭も無い。

 それでも、余裕を持たせた設計に助けられて撃破判定は出てない。

 そしてやはり、ガレオンも同じように撃破に至ってなかった。


 正面装甲の視察窓を開くと、半ば崩れたガレキから銀色の胴部が覗いていた。

 装甲が薄いだけ、損傷は向こうの方が深刻のようだった。

 半分になった頭部に、切れかけた標識灯が光っている。あれだけ恐ろしかったオレンジの眼光も、今となってはただの点滅する発光ダイオードだ。

 健斗が気が付いたのと同時に、ガレオンも七一式を見つけたようで、左腕がこちらに伸びてきた。


 ガレオンの腕は手首が無くなっていた。

 焼け焦げたシリンダが前後して、そこにあるはずの指を動かそうとした。

 ひしゃげた頭部がこちらを向く。

 ぐずぐずになった回路からスパーク音が響いた。何か言おうとしたのかもしれない。

 もがく鉄塊に、健斗は七一式を這い寄らせる。


 途中で、右手から吹き飛んだ機関砲を見つけて拾い上げる。

 弾倉にはフルロード弾が8発。

「俺の勝ちです」

 膝で無理やり躯体を持ち上げる。

 ガレオンのハッチは開いていなかった。もし実戦なら、ドライヴァはとっくに死んでいるはずだ。

 これはシミュレータだから、健斗が勝つか負けるまで終わらない。


 つかの間、現実だったら撃てるだろうかと考えた。

 無力と分かっている相手を、自覚的に殺害する――女の子、撃たれた牝ジカ、瀕死の兵士。

 余裕があると、逡巡する時間ができる。

 思えば変な話だった。現実じゃとっくに何度も経験してきたことなのに。

 健斗は目をつむり、操縦桿のトリガーを引いた。


★☆★


 筐体から出てみると、部屋はいつの間にか無人になっていた。

 モニタリングしていたスタッフも、千歳もいない。

 そばの机に水のボトルがあった。健斗はフタを開けながら、正面のディスプレイを見た。


 勝った、という実感は薄い。

 これが実戦だったら、ガレオンに吹き飛ばされた時点で気絶している。

 そもそもが急ごしらえのずさんな作戦だった。今回はたまたま上手くいっただけだ。


 5分待って、やはり誰も来ないので廊下に出た。

 外からはいつものように兵士たちの声が聞こえている。

 彼らの日常は何も無い限り、同じことの繰り返しだ。

 健斗も変わったつもりはなかった。少し強いだけのMLFVに、現実離れした条件で勝っただけなのだから。


 部屋に戻ると、真紀がベッドに腰かけていた。

 やはり健斗と同じように呆けた顔をしていたから、彼女もさっきの戦いを見たのだと分かった。


「水、ありがと」

 ボトルを置く音で、はっと気が付いたようにこちらを向いた。

「……あ。帰ってたんですか」

「ああ。疲れた」

 健斗は真紀の隣に座った。

 立てつけの悪いベッドのせいで、真紀の身体が揺れる。

 彼女の傷だらけになった左手が見えて、左側に座ったことを少し後悔した。


「ちょっぴり、カッコよかったですよ」

 真紀が呟いて、ボトルを手に取った。

「そうか」

「詩布さんに自慢できることが増えました。強いドライヴァが相棒だと安心できますし……」

 ボトルがくしゃりと音を立てた。

 次の言葉を待って、健斗は手元に目を落とす。


 どうせなら真紀と一緒に勝ちたかった。

 彼女ならつまらない訓練だったと言っただろう。

 そのあとは食堂の飯を食いながら、作戦のまずさで文句たらたらの議論を交わすはずだ。

 少なくとも、こんな空っぽの言葉を無理して口にする彼女を見ることはなかった。


「健斗君」

 真紀がこっちを見た。たぶん、泣きそうになっていた。

「……ごめんなさい、私」

「ん、大丈夫。俺もだから」

 健斗は手を開く。

 皮が破れ、角質だらけになった手のひら。

 半年も経たずにここまで来た。あとどれだけ戦えば、真紀と同じになれるだろうか。


 ドアがノックされた。

 千歳だろうか。健斗は舌打ちして、立ち上がる。


「まずは一勝、おめでとう」

 廊下には大尉の襟章をつけた男がいた。

「えっと……?」

「ちょっと話をしたくなってね。いいだろ?」

築城つきしろ大尉でしたよね。それ……」

「ああ、気にしないでくれ。同意のうえでのことだから」

 大尉はかつかつと鉄のバーをたたいた。


 彼は車椅子に座っていた。

 首には何かのチューブが刺してあって、顔色もひどく悪い。

 最後に会ったときは健康そのものだったのに、大した豹変ぶりだ。

「で、来てくれないか。男同士で話したい」

 言った一瞬、大尉の目がぎらついたのが分かった。

 自治区で、たまに詩布がこれと同じ目をする。乗機に弾を積んだ直後とか、地形図を見るときとか。


 健斗は無意識に右脚に触れた。

 基地内で馬賊に会ってから拳銃はいつも携行している。弾丸も装填済みだ。

「分かりました」

 健斗は振り返って、真紀にうなずいた。

 それで彼女も察したらしく、ダッフルバッグに荷物を詰め始めた。


「じゃあ、行こうか」

「どこにですか?」

 大尉は微笑んだ。


「悪魔の棲むところさ」

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