2-1. Off-Limits

 殺される。

 ひりつく肌が告げていた。撃たれる。


 センサに反応はない。

 だが分かっている。相手は、こちらを見ている。


 倉庫の壁がぶち破られ、赤い奔流が視界を埋めた。

「く……」

 被ロックオン。

 ギアをリバースに入れながら、スーパーサーチで索敵する。

 めりめりと足元でコンクリートがめくれていった。

 軽い車両でこれなら、向こうが動けばもっと大きな駆動音がするはずだ。

 音響、熱源、光学、電波。

 センサは相変わらず沈黙している。

 今の射撃で方角だけは判明した。距離が分からない。


 もう一度、強烈な指向性電波を食らう。

 スピンアップするモーター音が聞こえた。

 ダメだ、と思ったときにはガトリングカノンの直撃を食らっていた。


「シミュレーションを終了します」


 真っ赤な警告ランプに照らされた筐体に、システム音声が響く。

 ちかちかと光っていたボタンが暗くなり、ドアのロックが解除された。

「……何だったんだよ」

 健斗は操縦桿から手を離した。

 尻が痛い。急ごしらえのシートが合ってないせいだ。


 外に出ると、千歳がつまらなそうにファイルをめくっていた。

 今日は化粧をしていないらしい。

 詩布と同じ部隊という話だったが、素顔はかなりの童顔だった。 

 まったく、ここにいると調子が狂ってしまう。

 部屋は無菌室みたいに何のニオイもしないし、スタッフも小ぎれいなのばっかり。


 筐体が閉まる音で、彼女が顔を上げる。

「どうだった」

「見ての通りですよ」

 健斗は手をすり合わせた。これもさっきから汗ばんで気持ちが悪い。

「じゃなくて、あなたの感想」

「はい?」

「だから、『反応が良かった』とかそういうのも無いの?」

 感想なんてあるわけがない。相手の姿も見えず、一瞬でやられてしまった。

「えっと……次期主力車両ってだけはありました」

「そうそう。でしょう?」

 予想通り、と千歳は意地悪く微笑んだ。


 壁面モニターには、今の戦闘のリプレイ映像が流れている。

 じたばた動く緑のMLFVミュルフィヴが健斗だろう。

 フィールドの中央では、銀色のMLFVがゆっくりと頭を巡らしていた。

「<ガレオン>か」

 あれが今回の相手のはずだった。

 詩布が乗っていたガレアスの後継機。ただしさらに重武装化している。

 胴には40ミリの6銃身ガトリングカノン、腰に対歩兵機銃が2門、腕部に肘は無く、左手にあたる位置にはガンランチャーと弾倉が装備されている。

 アンテナが追加されて、さらに鋭角的になった頭部が光を照り返していた。

 開発コードML‐X――愛称はガレオン。


「かっこいいと思わない?」

「どうですかね。俺、ガレアスも乗ったことないので」

「だ・か・ら」

 健斗は肩をすくめた。

「はあ……良いんじゃないんですか? なんだかスーパーカーって感じで」

 カルガの検査中は、健斗も暇を持て余す。

 そんなとき戦闘シミュレーションの話を持ちかけてきたのが千歳だった。

「あれ、量産するんですか」

「案が通ればね。まだ未完成の装備があるから」

 いよいよ健斗は気分が沈んできた。

 万全ですらない車両にやられたとは。

 渋い顔でモニターを見やった。

 戦闘でガレオンのやったことは2つ。撃って、上半身を回して撃つ。それだけだ。

 一歩たりとも動いていない。センサに反応が無かったのも当たり前だろう。

 

 後ろでドアが開いた。

 ワンピース姿のカルガが、医療スタッフに手を引かれて歩いてくる。

「お待たせ、カノヤ君……と、ミズミさんも」

「あら、分かった?」

 千歳はファイルを開き、カルガの項をじろじろと読み始める。

「ええ。柚子ユズの香水がおんなじだもの」

「あー、そっか。さすが女の子ね」

 短髪をさっと払う千歳。

 健斗にはまったく分からなかった。空気をかいでみても、サッパリ匂わない。

 仕方なく視線を戻す。

 モニターでは、ちょうど健斗のMLFVがコテンパンにぶちのめされるところだった。

「なあ、検査はどうだった」

 こういうときはカルガに見られなくて良かったと思う。

「心配しなくてもただの通電チェックよ。ジャックの穴もしっかり磨いてもらっちゃった」

「それは……えっと、良かったな?」

「お世辞は結構。ヒマだったんでしょう?」

「ま、まあな。部屋に戻るか」

 手を差し出す。空気の揺れが伝わったらしく、カルガはすぐに指をからませてきた。


 シミュレータ室から廊下に出てみると、まだ外は明るかった。

 健斗は腹の具合を確かめて、夕飯までの時間を考えた。

 ここの食事は美味い。乾物ばかりのRAMと違って、ちゃんと生の食材を使っている。

 やはり金があるところは違うのだろう。

 廊下の窓からは、崩れきった大地が見えた。

 ウォーラスが引き渡されてから、国軍にかなりの予備費が投入されたそうだ。

 金があれば政治は早いもの。

 自治区から千人規模で旧軍所属のRAMを引き抜いて、即応予備兵という名目で関東地方に混成団を新設。適当な教育部隊と組ませたれば、たった数ヶ月で師団規模の部隊のできあがり。

 設備は旧軍の遺したものを使いまわしているらしい。

 それでも慣れ親しんだ関東平野に、制服を着たRAMたちが歩いているのは違和感があった。


「ご案内しましょうか?」

「……ん?」


 いつの間にか、すぐ隣に国軍の兵士が立っていた。

 剃り跡のあるあごをした、ぼさぼさ髪の男だった。

 少しルーズなところがあるのは、そこそこ階級が上の証拠だ。

 念のため健斗は相手の肩を確かめる。兵卒を相手にすると、たいていロクなことにならない。

 今回の階級章は、軍曹だった。下士官なら問題はないだろう。

「あ、大丈夫です。行くの4度目なんで」

「そうですか、失礼しました」

 軍曹はそう言って、ちらりとカルガを見た。

「こういった職場では、ご婦人には汗臭い思いをさせてしまいますな」

「……あなた、RAMでしょう?」

 カルガは窓を向いたまま言った。

「お分かりになりますか」

「そして、私がウォーラスのドライヴァということも知ってる」

「恐縮です」

「私たちに話しかけたのは、好奇心?」

「いえ」

 軍曹はすっくと姿勢を正し、にやりと笑った。


「本職、部隊の先任に選ばれましてね」

「知ってる、馬賊にも居たわ。『おバカな新兵をブン殴る係』でしょう?」

「そこは部隊の女房役と呼んでいただきたい」

「そうね……それで?」

「なにぶん部下もRAM上がりばかりなもので、納得が要るのですよ」

 健斗もなんとなく理解できてきた。

 一方のカルガとはいうと、眠そうに目をこするばかりだった。

「私、人を殺したことって無いのよね……」

「本職も、馬賊を撃つのは<こなすこと>でございました」

「じゃあ良いじゃない。敵を撃ち殺せる指揮官って、とっても心強いもの」

「お言葉、痛み入ります」

「ねえ。人を殺すのって、やっぱり楽しいのかしら?」


 軍曹の目が丸くなった。無意識か、襟章を人差し指でなぞる。

 そのまま時間だけが少し流れ、ふっと軍曹は微笑んだ。

「考えたことはございません。考える兵隊は死にます」

「ご立派ね。教本通り」

 カルガが手を振ると、軍曹は会釈して去っていった。

 きっと、彼は部隊でウォーラスのドライヴァと会話したことを誇らしく吹聴するのだろう。

 健斗が見送っていると、隣でカルガが深々とため息をついた。


「早く帰りましょう。ここ、とっても暑い……」

「意外とみんな優しいんだな」

「当たり前でしょう」

 カルガは嫌そうに言った。

「私みたいなコマンド通りに動くだけの下っ端に怒っても仕方ないもの」

「で、あんたも珍しく不機嫌になってると」

「あのね、カノヤ君?」

 カルガは勝手に歩きだした。

 慌てて健斗が手を取ると、やっぱりイラついたように強張こわばっていた。

 彼女は振り回すように、細い手を揺らした。


 こういう怒るスイッチは、真紀と似ていると思う。

 隣で歩いていると、彼女の首すじにぴかぴかと光るUSBポートがよく見えた。

 骨格はほとんどチタニウムになっているらしい。神経もあちこち切り貼りされて、金だのシリコンだのといった異物が脊髄を軸にぐちゃぐちゃと繋いであるそうだ。

 息を吸うと、少し、消毒液のにおいがした。

 柚子の香水は分からないが、こっちの匂いなら健斗にも判別できる。


 これは戦場が生んだニオイだ。

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