6-1. HELLO 31337

 エジプトにはアブシンベル神殿というものがあるらしい。

 砂漠のど真ん中に石像が腰かけてる遺跡だと聞く。アーカイヴの文字で存在を知っているだけだが、その景色は容易に想像がついた。


 真紀は手を休め、背筋を思いっきりそらして天井を仰ぐ。

 空色に輝くカメラアイ。都市迷彩パターンに塗装された青灰色の胴体。

 ここ1ヶ月の愛機、三八式のボディだ。

 こうやってガントリークレーンにぶら下がっているあいだは動く気配がない。

「あなたは、私たちの味方なんですか?」

 損傷を無理にジャンクパーツで直したため、左腕や胴部の一部が暗緑色に変わっていた。変わったぶんの重量とスタビライザの調整はたった今済ませたところだ。


 壁面に関節を固定されたMLFVが整然と立ち並ぶ、そんなハンガーの雰囲気を苦手とするドライヴァは多い。たしかに、巨人たちに見下ろされながら事務仕事をやるというのは、お世辞にも気持ちの良いものではない。


 真紀もガタガタ鳴る机に向かってラップトップをいじりながら、気狭さを覚えた。

「ここにいたか」

 古びたワークブーツがキュッと地面を踏みしめる音が聞こえた。

 見なくても誰か分かる。ここ数日で死ぬほど耳にした音だ。

「はい羽田さん、なんでしょうか」

「そろそろ荷物が届くのでな。そういや小牧さん、昨日も仕事じゃなかったか」

「あー。私が家にいても、どうせやることが無いので……」

「赤坂さんも大変な――」

「ごめんなさい!」

 赤坂という詩布の名字が聞こえた瞬間、真紀は脊髄反射で頭を下げた。


 詩布が頼み込んで以来、いろんな人に苦笑いされてきた。

 今回も、やっぱり羽田は困ったように笑いだした。

「どうせ戦闘後は総整備になる、気に病むな。むしろ戦闘の前後で2回整備するだけで済むんだ、こちらとしてはありがたいくらいだよ」

「お世辞でも助かります……」

「戦後復興局への電報は、まだ返事が届いていない。私たちの生命は君たちにかかっているようなものだ。頼んだぞ」

「いえ、あー……はい、出来るだけ頑張ります……」

 どうにも中途半端な感じがして、真紀は鼻の頭をかいた。

 短期間では軍備の増強もままならないため、戦力はここにある分でほぼ全部。そんな状況でみんなが平静を保っていられるのは、整備班の努力のたまものだ。


「それはともあれ、先ほどから苦戦しているようだが」

「あ、そうでした。三八式の重量増加なんですけれど、説明をお願いできますか」

「ふむ……」

 真紀が退いた席に座り、羽田はラップトップのキイを2、3叩いた。

「左腕部サーボを純正品の形状記憶合金に変更、それに伴い動作プリセットのコルーチン追加、ついでにFCSの最新版への更新……正面装甲に爆発反応装甲が追加されているが、これは赤坂さんの名義で申請されているな」

「詩布さんも余計なことをしますね」

 真紀は唇を尖らせた。

 爆発反応装甲とは、砲弾の直撃と同時に炸裂することで、敵の弾をはじく追加装甲だ。爆薬のせいで無駄に重量がかさむ上に使い捨てときている。

 運動性がキモのMLFVを重くするなんて、後ろで砲台でもやってろということだろう。


「ウォーラスの兵装はHEAT弾のランチャーが2挺だ。それを考えると、この装甲は最適解と言える。先輩に対して跳ね返るものではないよ」

「跳ね返ってません。同僚として信用されてないことに抗議してるだけです」

「信用はされているだろうに」

 羽田は辺りを見回した。ガレアスの赤いボディと、その肩に立って整備員たちに指示を出す詩布の姿を遠くに認めて、彼は真紀に顔を近づけた。


「あれからのこと、聞いたかな?」

「いえ、詩布さんからは『スムーズに進んだ』とだけ……」

「あれをスムーズと言うのがあの人らしいな」

 くっくっと羽田は笑った。

「1軒ずつ頭を下げていたよ。『相棒との最後を死に別れにしたくないんです』とな」

「相棒……」

 詩布がその表現を使うのは、からかう時だけだった。

 対等に見てくれているのだろうか。

 遠くでテレスコープ弾の弾倉をガレアスの胴部にねじ込む詩布を見ながら、真紀はそっと口角を上げた。

 たぶん、そうだ。


「あの人、また私に内緒で無理したんですね」

「責任は取れる人だ。だが赤坂さんと同じ制服を着ているのだから、立場に上下は無いぞ」

「そうですよね。まだ修業が足りないみたいです」

 三八式に寄って脚部を蹴る。キン、と小気味のいい音がした。

 頭部のカメラが一瞬こちらを向いた気がして、真紀は軽く頭を下げた。


「今、戻った!」

 頭上から声が聞こえた。

 地上四メートルの壁面に設置されたキャットウォークに、健斗が立っていた。

「お疲れ様です。首尾はどうですか」

「問題ない。確認だけ頼む」

 彼が指差した先には、コンテナに火器弾薬を満載したトラックが停車していた。

 荷台の番号から見るに、伊豆の方から来たものだろう。護衛のMLFVが燃料を補給していた。

 普段は政府が送ってくる国産の代用品を使っているが、今回は手が足りない。そういうわけで、各自治体が『回収』した極東戦争当時のものを提供してもらっている。


 トラックの運転室から降りてきた壮年のドライヴァは、真紀を怪訝そうに見た。

「えっと、本区における兵站管理補佐を務めさせていただいている、小牧です」

「お、おお。頑張ってね」

 差し出されたIDカードに目を通し、ドライヴァは納得した様子だった。

 ダッシュボードから取り出したクリアファイルだけ手渡してくると、コンテナの連結を解きに荷台へと走っていく。

 真紀は目録をざっとめくった。

「20ミリDU弾が130発、CTA‐APFSDSが1カートリッジ、その他ジャンクパーツが多数……ん?」

 一点で目が留まる。見慣れない名称があった。

「すみませーん! これの14番発注したの誰ですかー!」

 真紀は振り向いて、MLFVの足元で作業をするRAMたちに目録一覧を掲げた。

 男たちが次々と首を振る。

「俺じゃねえぞ」

「こっちも違う」

「あ、それアタシだ!」

 例によって例のごとく、詩布が手を上げた。

 ガレアスの肩からラダーも無しに飛び降りると、真紀の元へと駆け寄って来る。妙に表情が明るい。

「よかった、まだ在庫あったんだ」

「何頼んでいるんですか。こんな骨董品なんて」

「アタシにも考えがあるの。それに、あるモノは全部使うのがRAMじゃん?」

「ごめんなさい、あの時もう一発頭突きしておくべきでした」

「おい、何を持ってきた」

 肩越しに伸ばされた羽田の手がファイルをひったくる。

 羽田は紙面を凝視して、しばらく考え込んだ。詩布が「ウォーラス限定に戦術を組むならアリかな、とか思うんだけど」と補足した。

 羽田は詩布の意図に気が付いたらしい。ほう、と息を洩らした。


「……やってみろ。どうせ壊れたらそれっきりだ」

「照準誘導と制振プログラムはアタシが組んだから、ハードはよろしく」

「まずは実物を見せろ」

 にんまりと笑って話し合う2人を、真紀はじれったく眺めるばかりだ。

 キャットウォークから降りてきた健斗が傍らに立つ。いつものことと、彼は詩布たちには目もくれずに三八式の足をさすった。

「当日、俺たちは住民の避難誘導だったな」

「大変不本意ながら、そうです。戦闘することはまずありません」

「そんなに戦いたいのか?」

 健斗がからかうような視線を向けてきた。真紀は耳の裏が熱くなった。

「あなたが呑気すぎるんです。短期決戦ですよ、全戦力を投入するのが普通でしょう?」

「住民誘導も立派な戦闘支援じゃないか。逆におれたちみたいな二線級が投入される状況の方がやばいと思うけどな」

「それもそうですけどぉ……」

 足を床にこすりつける。これではどちらが経験者かわかったものではない。

「万が一戦う羽目になったら、操縦は頼みますよ?」

「真紀も、火器管制は任せたからな」

 無意識に接近しすぎたらしい。背後から他のRAMたちの冷やかしが聞こえてきた。

 2人は慌てて距離を離した。


 細かな引継ぎを後続に任せて、真紀たちが三日ぶりに自宅に戻ると、大量の段ボール箱が運び出されているところだった。家具や小物を突っ込んだ箱が、家の前に停まったトラックへと丁寧に運び込まれていく。

 真紀たちも段ボールを抱えると、慌ててその列に加わった。

「ごめんなさい。いつからこれを?」

「んー、昨日から。ウチは殆ど終わったからね」

 そう答える男を見れば、なんと書店の店主だ。思わず荷物を取り落としそうになった。

「あ、あの。手伝っていただくのは大いに助かりますけど、良いんですか。私たちが言い出したせいで、皆さんの避難まで……」

「知ってるよ。でも僕たちはこういったことに関しては門外漢だからね。赤坂さんが賛成したなら、これがベストなんだろう」

「あ……ありがとうございます」

 ただ感謝することしかできなかった。

 真紀は黙々と段ボールを運ぶかたわら、健斗にそっとささやいた。

「詩布さんって、こんなに人望ありましたっけ」

「まあ、仕事は真面目にする人なんだろ? 何だかんだ、頼りにされてるんじゃないか」

「頼りって」

「それがプロだろ。戦闘がRAMの仕事だ」

「プロ……」

 久しぶりに聞く言葉だった。

 重みがあるのに、息苦しさは不思議と感じない。


 ぷ・ろ、と舌の上で転がしてみた。

 いい響きだった。

「そっか。私たち、プロでしたね」

 ぷろぷろ、と歌うように呟きながら、真紀は荷物をトラックに積み込んだ。

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