3-1. 兆(きざ)し
何人倒しても、空は変わらず青い。
きっと明日も同じことの繰り返しだ。
この身体にできるのは汚らしい硝煙の筋を一本引くことだけ。
それでも撃っても、撃っても、いくらやってもきりがない。
蒼空が火炎に焦がされる。
むせ返るほどの鉄が焼ける臭いをまとって白銀の巨人が立ち上がる。
その両手に握るのは前時代的な一対の大口径ハンドカノン。
双眸が電荷を帯びるに従い、薄墨の眼窩に桜花が咲く。雌伏の時を終えた淡紅の瞳は好戦的に細められ、次なる獲物を見定める。
純白の甲冑の胎内、その女は計器からの電彩に照らされて、ただ独り座っていた。
トリガーを引いた瞬間、衝撃が『
残骸の側面を蹴りつけ、その勢いで後方に離脱し、次に備える。
「……これ、どういう色だったかしら」
街並みに燃える炎を視界の端に捉えて、女は軽く呟いた。
代わりに四方八方から返された測距レーザーを最低限の動きでかく乱する。敵は半数を片付け、残りは4輌。炎幕の裏に巨人たちの影法師が揺らいでいる。
あの色は知っている。黒だ。全波長光を吸収した色。あまり好きじゃない。
……だから、壊す。
炎の側面を回り込み、目標を視界にロックする。
武装はどいつも20ミリライフル、直撃しても損害は少ない。回避機動もそこそこに地を蹴って、距離を詰める。
相対距離が300を切ると、流石に迎撃準備を整えてきた。
飛来する砲弾の数に、うなじのあたりが熱くなってくる。受け取る情報が脳のキャパシティを超えてきた。一部センサを切り、光学カメラだけを頼りに前進を続ける。
有効射程範囲に入った瞬間、火器管制システムの動作により腕が持ち上がった。
――いや、持ち上げたのは自分か?
敵の広角カメラアイが接近戦に備えて起動する。その刺すような光は、こちらが撃ち込んだ砲弾1発で砕け散った。
この光も、炎と同じ色だ。
残りの3輌が身を寄せ合って撃ってくる。曳光弾の色は、炎より少し波長が長い。
色の名前は、まだ思い出せない。
敵から放射された恐怖を踏みにじりながら、女は砲弾の嵐を駆ける。
減損ウランの鎧があれば、あらゆる暴力も肌までは届かない。
もう狩られるだけの日々は終わった。
今はこちらが狩人で、連中はかわいそうな獲物。
敵意が驚愕に変わった瞬間、乾いた大地を蹴る。
両手に1挺ずつ握った拳銃が吼える。
大口径の弾が巨人たちの胴に吸い込まれ、破裂し、そして貫いた。
着地。背後で巨体が崩れる音が響く。
最後のひとりとなって、目の前でしゃにむに銃を乱射する相手からは、焦りだけが見て取れた。
「無駄よ」
届かないとは知っている。それでも言葉として口にする。
拳銃を降ろし、急接近し、相手の胴体を蹴り飛ばす。
過剰に防御を固めた脚部は、いともたやすく鋳造装甲の曲面をへこませた。手足を滅茶苦茶に四散させながら、相手が吹き飛んでいく。
確認しながら、ふと安堵をおぼえた。
装甲厚と戦闘室ブロックの緩衝装置に助けられ、敵のドライヴァは無事だ。
女の整った顔に悟りきった表情が浮かぶ。
そこかしこで炎が上がっている。民家に火の手が回らないように注意したが、2軒の家に流れ弾が当たってしまった。住人は無事に避難できただろうか。
そうして『敵地』のど真ん中で思案に暮れていると、唐突に通信が入った。
「終わったか」
「ええ、全目標、沈黙を確認したわ。こちらに損害は無し」
「相変わらずの手際だ。素晴らしい」
「あなたたちの為にやっているわけじゃないのだけれど……」
わずかに声に棘を含んでしまった。
この通信手に悪意が無いのは知っているが、安易なおためごかしは欲しくない。
「すまなかった。次は気を付ける」
「いえ、いいの。こちらこそごめんなさい」
熱を帯びた首筋をさすり、女は言葉を継いだ。
「ねえシーフ、炎の色の波長ってどれくらいだったかしら」
「炎……赤か。700
「あ。そうよね、700よね! ありがとう!」
はあ、と不審がる声が返ってくる通信を一方的に切り、女は今日初めて笑った。
700nm。
そうだ、赤色だ。初めてあの人が教えてくれた色だ。
また教えてもらわないと……と思ったところで、女は笑顔を消した。
もう、色を教えてくれた者には会えない。
脱走したと聞いている。
まだ教えてもらうことはたくさんあるのに……。
色褪せた一面の赤色を見つめながら、女は心が空しくなるままに任せた。
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