第45話 旅行⑥

 翌朝。

 スズメの鳴き声が聞こえる中で、両腕に違和感がある。

 なんと言うか、柔らかいものに包まれていて、何度か体験したことがあるような……それに熱い。人の体温より高いんじゃないかってくらいに熱くて、両腕ともに汗でびしょびしょだ。

 左右からは熱い吐息が耳元にかかり、ゾクゾクとする。

 俺は今どういう状態になっているのだろうか……気になり、目を覚ます。

 目の前には昨日、寝る前に見た木目の天井が広がり、薄暗い。

 カーテンの隙間から差し込む光が目に当たり、思わず眩しさに起き上がろうとする。

 が、なかなか起き上がることができない。なんでだ?

 俺は右を見る。


「…………え?」


 わけが分からない。

 脳の思考回路が一時停止した。

 右にはスースーと綺麗な寝息を立てて気持ちよさそうに眠っているあーちゃんがいた。

 そして、先ほどの違和感の正体もそこで分かる。あーちゃんは俺の腕を抱き枕のようにしているのだ。

 浴衣姿ということもあり、下着を着けてないのだろうか……浴衣が少しはだけ、その隙間から溢れんばかりの谷間がこんにちは!

 顔がだんだんと熱くなっていくのが分かった。

 ––––な、何を考えてるんだよ俺! 静まれ俺の煩悩!

 右を向いていたら理性が爆発しかねない。俺は反射的に反対側を向く。

 そういえば、左の方にも違和感があった。もしかして……まさか、な?


「…………は?」


 そのまさかだった。

 左には舞があーちゃんと同じ体制で規則正しい寝息を立てながら、気持ちよさそうに寝入っている。

 浴衣は胸が小さいということもあってか、大きくはだけ……み、みみ見えてるよ?! ツンとしたものが腕に直接当たっていた。

 こっちはこっちで破壊力が半端ない。

 このままでは理性が本当に崩れてしまう。

 俺はなんとかして二人から腕を引っこ抜こうともがいていた時だった。


「う〜ん……」


 舞が目を擦り、ゆっくりと瞼を開く。

 長くて綺麗なまつ毛のその奥には澄んだ瞳が見え、舞はなぜかニコッと微笑む。

 俺はそれに対し、どう反応して良いのか分からず、そのまま固まってしまう。


「おはよ……ダーリン♡」


 だ、ダーリン?

 そう言うと、舞はさらに俺の腕をギュッと抱きしめる。

 はだけている上に生おっぱいが俺の腕に当たり、そのことを意識するたびに頭がビリビリとして何も考えられなくなるが、今はそのことではない。

 ––––こいつ、もしかして寝ぼけてる……?

 自分が今どういう格好をしているのかすらも気にしてないようで、「えへへ♡」とはにかんでいるばかり。

 それからしてずっと俺を見つめている舞。

 次第に瞬きが増えていき、表情が変わっていくのが分かった。


「は、はわわわわ……な、なんであんたがここにいんのよ!?」


 顔を真っ赤にした舞はそう言うと、俺の腕を解放したと同時に思いっきり俺を殴りつけた。

 いきなりのグーパンチを顔面にまともに喰らった俺は声すら出ず、目の前が白黒とする。


「う〜ん……もう朝?」


 その騒動で起きたらしいあーちゃんが俺の腕を解放するとともに起きると、「んん〜」と言って、背伸びをする。

 はだけた浴衣はギリギリ大事な部分を隠してはいたけど、ブラをしていないということもあって、その形がくっきりしている。

 ––––こいつら、俺が男だってこと分かってるんだろうな?!

 顔面の痛みが引いたところで俺は改めてそう思ったのだが、そもそもなんでこいつらが俺の布団で寝てたんだよ。

 舞はすぐに自分の状態に気がつくと、浴衣を慌てて着直す。


「で、なんで二人して俺の布団に寝てたんだよ……」


 ここは俺の布団だし、それに対して舞から殴られた件については本当に理不尽ではあるが、まずはその理由を知りたい。

 

「そ、その……なんと言いますか……」


 あーちゃんはしどろもどろになりながらも目線を俺から逸らす。


「…………」


 一方で舞は黙ったまま、気まずそうな表情をして、目線を下に向ける。

 

「なんで言わないんだ? 何か言えない事情でもあんのか?」


「べ、別に言えない事情とかはないんだけど……ね?」


 あーちゃんが舞に同感を求めると、舞は「う、うん」とぎこちない返事をする。

 この二人ってこんなに仲が良かったか? いつもは何かしらで言い合っていたり争っていたりしているイメージしかないんだけど。

 

「ま、まぁ……簡単に説明すると、魔が差したといいますか……」


「あ、あたしは別に……そういうことをするつもりは……」


 二人ともそれぞれ言い訳じみたことをぼそぼそと言ってはいるけど、本当に分からない。

 俺が知りたいのはなんで自分たちの布団を敷いて、そこで寝なかったんだということなんだが……。

 俺は「はぁ……」とため息をつく。

 朝からいろいろなことが起きすぎて、もう疲労感がすごい。

 とりあえずチェックアウトが九時だ。

 それまでの間に帰り支度をして、朝食をとらないといけない。


「もういいや。とにかく今後はこういうことはやめてくれよ?」


 今後と言っても、もうないとは思うけど、一応な。

 俺は布団から起き上がると、顔を洗うために洗面所へと向かう。

 それにしてもだ。

 舞の寝ぼけた姿は初めて見たのだが……あいつ、あんなに可愛かったんだな。

 いつもあんな感じだったら、俺ももう少しは気を柔らかくして接することができると思うんだけど。

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