第36話 突然の来客者

 花火大会の翌日。

 私は街をぶらぶらとしていました。

 午後を過ぎたということもあってか、外出している人が多いです。

 そんな中で今日、外出した理由は新しい水着を買うということなのですが……どういったものを買えばいいのか迷ってしまいます。

 水着にも流行というものがありますし、かと言って流行に乗っかったものを選んでもし似合わないとなれば、それはそれで残念な結果になってしまいますし……。

 

「はぁ……」


 思わずため息が漏れてしまいます。

 午前中の間にいろいろな店を回ってはいい水着がないかチェックしていたのですが……気に入ったものは一つも見つからず仕舞いです。

 そろそろ昼ごはんをとらないといけません。

 お腹の虫がさきほどから小さくグ~グ~鳴ってます。

 

「とりあえずあそこの亀山製麺にしようかな」


 うどんを食べ終わったら、また探しに行こうかな。

 私はそう思い、店に入ろうとしている時でした。

 ふとバッグの中から着信音が鳴り始めます。

 私はなんだろうと思い、バッグからスマホを取り出します。

 画面を開いてみると、お母さんからです。


「もしもし?」


『あ、綾乃? 今どこにいるの?』


「どこって昼ごはんを食べようと思って、亀山製麺前にいるんだけど……」


『そうなの? じゃあ、ちょっと悪いけど、今すぐにうちへ帰って来てくれない?』


 なんでだろう? 

 私はそう思いましたが、お母さんは続けてこう言います。


『あなたにお客さんが来てるわよ?』



 私は急いで家に帰りました。

 突然お母さんから電話がかかって来たかと思いきやの私にお客さんです。

 今日誰かと約束でもしてたのかなと帰る途中で考えてみたりもしましたが、そのような覚えはありませんでした。

 ––––一体誰なんだろう?

 ちょっとした恐怖を感じながらも家に到着すると、すぐに玄関に入り、リビングへと向かいます。


「すみません、遅くなりまし––––ん?」


 私は首を傾げます。

 この人誰? 見た瞬間に思ってしまいました。

 ソファーに腰掛けていた人はスーツ姿にメガネをかけ、七三分けをした中年のおじさん……見たことがありません。初対面です。

 でも、この人は私に用事があるみたいですし、一応対面に座っているお母さんの横に腰を下ろします。


「急にすみませんね。君が綾乃ちゃんかい?」


「え、えーっと……はい」


 まったく状況が掴めません。

 横にいるお母さんに問いかけようと目線をズラしますが、ニコニコとしているだけで私の視線にまったく気づいてくれません。

 

「そうですか、出会うことができて光栄です。私はこういう者です」


 そう言って、おじさんが名刺を私に差し出します。

 私はそれを何気なく両手で受け取り、名刺を見ます。


「鈴木芸能プロダクション?」


「はい、私はそこの社長をしています鈴木と申します」


 そう言って、鈴木さんは軽く頭を下げます。

 鈴木芸能プロダクションは結構有名な芸能事務所です。

 テレビ番組で出演している芸能人やタレント、モデル、歌手といった数多くの有名芸能人が所属しているということで知られています。

 そんな大手芸能事務所の社長さんがなぜ私に? そのような疑問が出てくる中で、鈴木さんは続けて話をします。


「私が今回、綾乃ちゃんの家に訪ねて来たのには理由がありまして……単刀直入で申し訳ないですが、私の事務所でモデルとして活動してみませんか?」


「……はい?」


「いきなりの話でたぶん驚いていると思いますが、綾乃ちゃんの容姿があれば、すぐにトップモデルの仲間入り間違いなしです。これは長年芸能界で活動してきた私の勘がそう告げています」


「勘で言われても……」


「そ、そうですよね。勘だけではあてにはならないかと思います。ですが、あなたの美貌は本物です! ぜひ私の事務所へ!」


「は、はぁ……」


 そう言うと、鈴木さんは「また来ますね」と言って、私の家から出ていきました。

 私がモデル? 正直、まったく想像がつきません。

 そもそも容姿とか美貌がどうのこうのって言ってたけど、周りの人からはそういったことを聞いたことはありません。

 しばらくの間ソファーに座っていると、鈴木さんの見送りから帰って来たお母さんが隣に座ります。


「それでどうするの?」


「どうするって言われても……」


 突然のスカウト……すぐに答えがでるはずありません。

 

「あなたがやりたいようにすればいいんじゃない?」


「私が?」


「そう、あなたの人生なんだから私がどうこう言える立場でもないでしょ?」


「で、でも……もし、私が芸能界に入ったら、学校とかはどうするの?」


「その時はその時よ。休学するか転校するかのどちらかじゃない?」


 芸能界に興味がないと言うわけではないです。

 昔からテレビに写っている人たちを見ては、あのようになりたいとか憧れを持っていた時期もありました。

 私が決めていい……お母さんはそう言っています。

 このまま普通の高校生として人生を歩んでいくか、それとも芸能界というキラキラした世界に入って、優雅な人生を送っていくか。

 芸能界に入ってしまえば、りょーくんとの関係は……


「綾乃にとって、一番大切なものはなに?」


「……え?」


「それさえ分かっていれば、自ずと答えも出てくるんじゃないかな?」


 お母さんはそれだけ言って、家事があるとのことで私の元から離れていきました。

 

「私にとって一番大切なもの……」


 鈴木さんはまた来ると言ってました。

 それまでに答えを出さなければいけません。

 ここで人生の分かれ道にでくわしてしまうとは……。

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