目覚めたら王妃候補にされてました

ひなぎく

第一章

第1話

「リズール・アル・シャルロット様。おはようございます。」


フリルがふんだんにあしらわれたメイド服を着用し、朝のハーブティーを用意しながら品よく声をかける小柄な女性。表情は無表情とまではいわないがやや乏しく、節目がちに自身の主人を起こしていた。


「ティナ...ふぁぁ...リーシャでいいって言ったでしょ」


長く伸ばされた髪を大きめの三つ編みで結いながらもしっかりと寝癖をつける《リーシャ》。


《ティナ》と呼ばれたメイドの顔はは困ったようなあきれたような表情に変わる。


「そうおっしゃられましても。貴方様はこの国の王妃になられるかもしれないお方。そのようにお呼びするわけには...」


「だーから!なるわけないでしょ!リーシャと呼びなさい!呼ばないと今日もお部屋中の床掃除からワックスがけまでしちゃうわよ!」


「それは困ります!リズー・・!」


ティナが言い終わる前に、キッと睨みをきかせるリーシャ。


「...はぁ。リーシャ様。」


「よし!」


満足げな笑みを浮かべ、ベットから降りると窓の外の素晴らしい天気に嬉しく胸が弾むリーシャ。




リーシャは16歳。ポーラル村の農民として育ち、両親と2人の兄、小さな妹と家族6人で仲良く育った田舎娘だ。


そんなリーシャが今、王都の一角、王室関係者のみしか近寄ることのできない王室居住地内のお屋敷に住んでいる。


それどころか....


「王妃候補ねぇ...家のためとはいえ、面倒なことになっちゃったなぁ...」


そう。王妃候補として、半年の間この王室居住地で過ごし審査を受けることになっているのだ。


なぜそんなことになったのか。


理由は一週間前に遡るーーーーー




「ロイ兄さん!枯れ草の掃除おわったわよ!」


リーシャはいつものように枯れ草掃除を終わらせ、次の仕事は無いかと1番上のロイに話しかけた。


「ありがとうリーシャ。ひとまずこのくらいで大丈夫かな。...それより、さっきからアリアの姿が見えないんだ。水汲みをお願いしたんだけど。探してきてくれるかい?」


《アリア》は1番下の妹。まだ5つになったばかりだ。素直で可愛いアリアは進んで家の手伝いをする。けれどまだ小さいため、アリア専用の小さなバケツに水を汲み、ロイに運ぶ、というささやかな手伝いをしていた。


「アリアの行く川は浅いから溺れたってことは無いだろうけど...心配ね。見に行ってくるわ」


「頼むよ。寄り道するような子でもないし心配でね」


リーシャは畑の横の林に入り、天然の湧き水で出来た小さな川へ向かう。


そこで微かな声が聞こえたー


「うさぎさん、大丈夫?」


「ああ、もう大丈夫だ。一月もすれば元どおり走れるだろう」


「お兄さんすごいのね!王子様みたい!」


「ははは」




アリアの声だ。でも若々しく優しい声の主は?いったい誰とーー


「アリア!」


リーシャが声をかける。


そこには、足に包帯がわりの布を巻かれた子ウサギと、我が妹アリア。そして、艶やかな黒髪に端正な顔立ち、驚くほど身なりの良い青年が大きな石に腰掛け笑みを浮かべていた。


「リーシャ姉ちゃん!」


「アリア、水汲みが遅いからと兄さんが心配していたわ。....こ、この人は?」


「うさぎの王子様!怪我したうさぎさんの手当てをしてくれたの!」


あまりにも場にそぐわない身なりの青年に驚きはもちろん困惑しながらリーシャが話す。




「あ、あの...うさぎ...と、妹がお世話になりました」


「いや、近くで貴族たちが猟りに興じていたのだが、そのウサギが....」


「猟りですって?!」


ポーラル村付近の森では猟りは盛んだが、ここの林は居住区も近く猟りは許可されていない。だからこそ安心してアリアを林まで水汲みさせることができるのだ


(こんなところで猟りをするなんて....!)




「この林は猟りの許可はされていないはず!こんな小さな子も林で水汲みをしているのに!危ないと思わないの?!」


「いや、だから俺は、闇猟りの貴族たちを罰するために...」


「信じられない!この子に何かあったらどうしてくれるのよ!今すぐ猟りなんかやめて帰りなさいよ!このボンクラ!」


「ボッ....!俺はなぁ!この林を守るために来たわけであって」


「アリアいくわよ!」


「おっ、おねえちゃん〜!!」




アリアの手を引き、リーシャは足早に林を抜けて行った。困惑したままの青年を残して。


彼の名は《ルブラン・イル・ペシャール。》


愛称は《ルイ》。親しい、許された者たちはそう呼んでいた。




ペシャール王国の第一王子であり、次期国王継承権第一位。将来国を担う若き獅子。


国政を学びながらも、王になる前に少しでも庶民のことを知りたいと、細かなことにまで目を向けて業務を行い日々精進する姿に人望も熱い。


そんな彼のもとにポーラル村の近くの林で貴族たちが闇猟りを楽しんでいるという噂が耳にはいった。


許可されていない狩猟はもちろんご法度。村人の命にかかわるような事故でも起これば、貴族たちの爵位剥奪もありうる大問題だ。


ルイ王子は抜き打ちでの視察のため、騎士たちと共に偵察に来ていたのだ。




すでに貴族たちは去った後。ただ、何か罰することのできる証拠がないかと、手分けして林を見て回っていたところ、おそらく猟りの巻き添えをくらい、狩猟弓で傷ついたウサギと、困り果てたアリアを見つけたのだった。




ーーーーー




「だからぁ!おにいちゃんは、傷ついたうさぎさんを手当てしてくれただけなの!アリアに優しくしてくれたの!」


「そんなのわからないじゃない!あれは間違いなく貴族よ!そのうさぎだって、そいつが放った弓でケガしたのかもしれないわよ」


「ちがうもーーん!」


「まぁまぁ、リーシャそんなに声を荒げるな。アリアが無事でよかったじゃないか」


言い争いをする2人をなだめるのは、2番目のライル。昔から体が弱く、畑仕事はせずに料理や掃除など家の中での仕事を中心に過ごしている。


「またあのおにいちゃんに会えるかな...」


「ふんっ」




そう。未来の国王と未来の王妃(候補)との出会いは最悪なもので始まったのだった。



《続く》

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