第7話
また週末がやってきた。いつもならもう秘密基地に向かうために準備している時刻だけど、今日はそんな気分になれない。
ベッドに横たわりながらスマホをいじる。新刊の案内や新作ゲームの情報なんかを眺めていても、ちっとも頭に入ってこない。
諦めて寝ようとも思ったけど、こんな時に限って目が冴えてしまって寝付けない。
傍に投げ捨てたスマホを拾い上げる。時間はさっきから三分ほどしか経ってない。
はぁ……。
真っ暗な部屋の中、見慣れた天井を仰ぐ。
ジッとしていると、図書室で聞いた委員長のウワサが蘇る。
委員長の妊娠。石原さんはただのウワサだと切り捨てた。幸いなのか、そのウワサはまだ僕のクラスに届いていない。それも時間の問題だろうが。
仮にそのウワサが本当だとしてそれでも僕になんの関係があるのか。僕と委員長の関係なんて、同盟を結んでいるとはいえただのクラスメイトでしかない。友人と呼べるほど気軽ではないけど、お互いを仲間だと認識している、不思議な関係。エイリアンズ。
つい委員長が僕の知らない誰かと淫らにたわむれる姿を想像してしまう。下腹部に熱を感じた。そんな自分に嫌悪する。
布団を抱え込み、熱が引くのを待つ。誰かに対してそう思ったことに、嫌悪とモヤモヤした感情を抱いた。
嫉妬だ。
僕は僕の中にそんな感情があることに驚いた。今まで委員長を性の対象として見たことなんてなかった。それがどうだ、たった一つのウワサでこんなにも簡単に覆る。汚れている。それを消そうとすればするほど、強くなる。
でも、もしその相手が僕だったら……?
そう思うと、僕の意思とは関係なく果てていた。下腹部の熱が急激に落ちていく。真逆に顔に熱を帯びた。
「……最低だ」
しばらくじっとしていたが、ゆっくり起き上がると汚れた下着を脱ぎ捨て、風呂場へ向かった。
家族は全員寝ていた。こんな姿見られなくてよかったと思った。
シャワーを浴びる。冬が近づいてきたせいか、お湯が出てくるまで少し時間がかかった。
体を洗う。いつもより力を込めた。クラスメイトを想像して欲情を満たし、汚れている自分に腹が立った。
脱衣所にはこの家の小さな一員が、バスマットの上で丸くなっていた。僕のことを心配して見に来てくれたのか、なんて好意的な解釈も出来るけど、きっと寒いから少しでも暖の取れるところを探した結果なのだろう。身じろぎ一つ立てず、代わりに寝息を立てていた。
彼を起こさないようにそっと自室に戻る。兄貴の部屋の前を通ると、かすかにテレビの音声が聞こえた。またテレビをつけたまま眠ってしまったらしい。
濡れた髪もそのままに、ベッドに潜り込む。ほんのり残っていた温もりが気持ちいい。
これなら眠れそうだ。そっとまぶたを閉じる。
と、けたたましくスマホの着信音が鳴った。意識を手放そうとしていたから余計にそう聞こえた。
びっくりしながら手に取ると、見たことのない番号が表示されていた。
時間も時間だ。見たことない番号からかかってきたことに、恐怖感を抱いていると、つながらないことにしびれを切らしたのか、鳴り止んだ。しかし、その数秒後また同じ番号からかかってきた。
こんな時間にこんなことをするのはよっぽどの暇人かもしくはよっぽどの何かがあるか、だ。
迷った挙句、通話ボタンを押した。
「もしもし……?」
「あ、やっとつながった。もしもし、コウくん?」
聞き覚えのある声。そして今一番聞きたくない声。この世で僕のことをコウくんと呼ぶのは一人しかいない。
「……委員長?」
「そうそう、相川です。電話に出てくれないから間違えてるのかと思っちゃった」
「間違ってないけど、どうして僕の番号知ってるの? 教えたことなかったよね」
「あー、それは友達に教えてもらった。それよりも! コウくん今日は来ないつもり? わたしずっと待ってたんだけど」
「もしかして今秘密基地?」
「そうだよー。一人でずっとコウくん待ってたんだから。だけど時間になっても来ないからこうやって電話したの」
「待ってて! すぐ行くから」
電話を切ると慌てて支度を始めた。さっきまで気配を消すように物音を立てないよう行動していたのが嘘のようだ。適当に見繕ったパーカーとジーンズを着ると、部屋を飛び出した。物音に寝息を立てていた猫が驚いて走り回っていた。
家の鍵をかけたことを確認すると脇目もふらずドライブインへと夜の街を走り出した。
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