第39話 喜佐からの文
綾の側仕えの仕事をなんとかこなす日々の中。阿梅に嬉しい便りが届いた。喜佐からの文だ。
綾にあてたものでなく、ちゃんと阿梅にあてた文は、想像以上に心弾むものだった。
「楓、見て! おかねや阿菖蒲のことも書き綴ってくれているのよ」
阿梅の輝く笑顔に楓も嬉しそうに頷いた。
「お二人はお元気なのですか?」
「おかねは喜佐姫様と一緒に嫁入り修行ですって。愚痴を言い合っているみたい。阿菖蒲は相変わらず要領が良くて怒れない、って。喜佐姫様ったら」
くすくすと笑いながら阿梅は文を眺めた。白石に残った姫君達は賑やかに過ごしているようだ。
「大八はどうしているかしら」
思わず阿梅はぽつりと呟いてしまった。
おかねや阿菖蒲はこうしてあちらの様子を知ったり、文をやりとりできるが、大八はそうはゆかない。偽装の身の上であるからだ。
「きっと立派な若武者になるよう励んでおられますよ」
力強く言う楓に、阿梅はほんの少し不安を覗かせながらも頷いた。
「ええ…………そうよね」
大八と簡単に関わることができなくなる。それは覚悟していたことだったけれど。
生きてさえいてくれたら良いのだと、そう思ってみても、阿梅の憂いは晴れない。
楓はそんな阿梅をじっと見つめ、それからそっと寄り添った。
「おかね様や阿菖蒲様、大八様の縁はけして切れるものではありません。たとえ立場が変わってゆこうとも」
「楓」
「どんなに離れていようと、心は離れたりはしない。でしょう?」
阿梅は楓をしばらく見て、それからくすりと笑った。
「もしかして、佐渡のことを言っているの?」
「阿梅様!」
楓は顔を真っ赤にした。そして「私は阿梅様を心配して言いましたのに!」と口を尖らせる。
「ごめん、ごめんってば楓。でも、楓の言っていることが正しいって証でしょう?」
「何がですか!」
「だって離れていても、楓と佐渡は想い合っているもの。楓が言うように、離れていようが関係ないの」
「なっ、何をおっしゃいますか!」
滅多に見られない楓の照れた顔に、阿梅は笑いが止まらなくなってしまった。
「楓、可愛いわ。佐渡に見せてあげられないのがとても残念」
「もうっ! 阿梅様!!」
怒った顔をしながらも、楓の声は優しかった。
しまいには二人で憂いを吹き飛ばすように笑いあった。
(大八なら、きっと大丈夫。それに私が大八を思う心は変わらない。楓が言うように、心は離れたりしない)
阿梅は北の地に思いを馳せて考えた。そうすると、自然と重綱の顔が阿梅の頭に思い浮かぶのだ。
(不思議だわ。小十郎様を思うと、不安が消えていく)
いつの間にか重綱は、こんなにも阿梅の心の奥底に、信じられるものとして存在している。
(心は離れない…………)
思い合っていれば距離など問題ではない。それは重綱と綾姫を見ていれば分かる。そして阿梅の心も、また。
(小十郎様の為に、できることをしたい)
綾の傍にいるからこそ感じる重綱への想い。それは時に泣きたくなるような、それでいて抱き締め続けていたい、阿梅の大切な心だ。
白石からの便りに、阿梅はじんわりと灯る熱を胸に感じるのだった。
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