第26話 阿菖蒲救出
伊達の屋敷に匿われて数日。阿菖蒲の存在は周辺にはバレていないようだ。
佐渡達、真田衆が引き揚げる手筈を整えている最中に、仙台からの迎えが到着した。
(成程、これは派手だ)
迎えとしてやってきた行列に佐渡は驚いた。むろんそれは、これをやってのけてしまう伊達藤次郎政宗という人物の財力に、である。
そしてついに、阿菖蒲を白石へと連れかえる日となった。
の、だが。まず早々に阿菖蒲に施されたのは、大量の包帯を身体にぐるぐると巻きつける、という奇妙なものだった。
「楓、これ、少し苦しいです」
顔をしかめてしまった阿菖蒲に、楓は「我慢してください」と弱った顔をした。
「変装して関を抜けるのだそうです。それも伊達の兵として」
素早く男性の着物を阿菖蒲に着させる楓だが、小さな阿菖蒲にはどうしたって大きい。
ズルズルと着物を引きずってしまう阿菖蒲を佐渡がひょいと抱き上げた。
「佐渡、本当にこれで大丈夫?」
不安そうな阿菖蒲に佐渡は大きく頷く。
「迎えを見たら、驚きますよ」
いったい何のことだろう? と首を傾げた阿菖蒲だったが、外に連れ出されて言われた通りに驚いた。
「これが全部、お迎え?」
阿菖蒲の目の前にはずらりと、
「ええ。伊達軍の、傷病兵の為の迎えです」
こんなことは通常ならまずあり得ない。
足軽などの傷病兵の帰郷は、歩けるものは歩かされ、歩けない者は荷車で運ぶが幌などはなく、物のように詰め込まれるものだ。だが伊達藤次郎政宗という男は、違ったというわけだ。
「戦って死んだ者を英雄というならば、傷ついた者もまた英雄に違いない。その英雄を歩かせ苦痛に呻かせるなど、あまりに不当。
苦しむことがないよう、日光や風に晒されぬよう幌を被せ、幟を立てて彼らが此度の戦で勇敢に戦った英雄であると知らしめよ」
これが政宗公の弁である。
そしてこの荷車の行列のなかに、阿菖蒲を潜ませて移送しようというのだ。
傷病兵も助けられるし、何よりそれができる程の余力が伊達にはあると世に知らしめることができる。諸々、伊達藤次郎政宗という武将でなくてはとてもできない策である。
阿菖蒲は荷車のなかでも後方の、一見すると重傷な者が集められている荷車へ乗せられた。
腕がない者、足がない者、顔が崩れている者。皆、一様に酷い有様で、悪臭が漂い、虫がたかっている。……………ように見せかけた、真田衆の者達だった。
「姫様は両足のない重傷の兵になっていただきます」
「そういうことなのですね!」
だから男物の着物を着せられたのだと阿菖蒲はやっと分かった。
それにしても、本当の重傷者ばかりに見える。そこに混じり血糊を施されれば、阿菖蒲もすっかりその傷病兵のなかに溶け込んでしまった。
「あまり動くことはできませんが、辛抱してください」
「はい。じっとしております」
真剣に言う阿菖蒲に周りの者が笑った。
「あまりにじっとしていては死体と間違われます。適度に動かねば」
「それもそうですね」
佐渡は「大丈夫ですよ」と阿菖蒲を安心させるように言った。
「周りの者が上手く誤魔化します。そう構えることなく、ただここで横になっていてくださればいい」
事実、それくらいなのだ。阿菖蒲にできることは。
こくりと頷く阿菖蒲に楓が近寄った。
「私は傷病兵の手当ての為の女中として荷車の傍におりますので」
「身の回りのお世話は楓が全てやります。阿菖蒲様はけしてこの荷車から出ないように」
ずっと荷車に乗っていなければならないのは辛いが、傷病兵に扮しているのだ、動く姿を見られるわけにはいかない。
「分かりました」
他の者達と同じように身体を横たえる阿菖蒲に佐渡は荷車を降りた。
そこに金助がやってきたので佐渡は小さく頷く。金助も言葉を発することはない。ただ荷車を確認して、通り過ぎていく。
ほどなくして、幌付きの荷車の行列は動き出した。
その荷車の数は半端なものでなく、まさに大行列。延々続くかと思われるほどだった。伊達軍の傷病兵は皆、その荷車に丁重に乗せられ、しずしずと街道を進んでゆく。
余りに目立つそれは噂となり、関所まで知れ渡ることになった。
もちろん検問所には伊達家の荷駄隊が通過する旨は通告済みであるので、役人達はすぐにそれと分かった。しかも行列の先頭の者は、伊達家の当主の花押と共に幕府の通行を許可する書き付けのある書状を携えていた。
役人達は完全に及び腰だった。検問しなければならないとはいえ、負傷した兵の酷い様をつくづく眺めるような酔狂者はおらず、また、そのようにすれば睨まれることは確実なので、早々に検問を切り上げることになるのだ。
何より、荷車はうんざりする程に続いていた。そのなかにいるのは全てが傷病兵で、それを隅から隅まで検問するなど嫌気がさすに違いない。
噂はどんどんと広まり、検問所ではほとんど調べられることなく荷車は通過できるようになった。親切な役人など、薬を差し入れてくれることもある程だ。
こうして阿菖蒲は人目につくこともなく、しかし堂々と街道を進んでいったのだった。
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