第13話 武の成実


 政宗と阿梅を乗せた輿の周りを固めるのは、伊達の家臣達だ。

 重綱が一番近くに張り付いているのだが、茂庭もにわ良綱よしつなや、重鎮中の重鎮、伊達だて成実しげざねまでもが控えている。

 それで輿に乗っている者が誰だか分かろうというもの。これをあらためようなどと考える命知らずはいないだろう。

 阿梅の存在を隠すという点において、この策は限りなく最上だ。

(しかしっ! 別の意味で危険だ!!)

 輿の中という狭い空間で、あの政宗が阿梅に何もしないでいられるものか。気が気でない、などという生温いものではない。

 重綱は輿の傍に控えて全神経を尖らせ、中の気配をうかがっていた。もし何事かあれば割って入るくらいの覚悟をしていた。

「………小十郎、落ち着け。お前をないがしろにしてまで、殿が手を出す案件ではない。そんなことはお前も分かっておろうに」

 重綱に近づき、なだめるように声をかけてきたのは成実だ。

「まあ、お前のことだ。そうなることも込みで殿は遊んでおられるのだから、正しい反応といえばそれまでだが」

安房あわ殿まで、そのようなことを」

 重綱は情けない声を上げた。成実はそんな重綱の肩を慰めるように叩く。

「殿は他人ひとの斜め上を見ておられる方だ。昔からそうなのだ。今更、どうにもならん」

 さすがは長い付き合いの成実の言葉だ。重みが違う。

「しかし、万が一にでも何かあったらと思うと、とても平静ではいられぬのです」

 重綱を信用して預けていった信繁に何と詫びればいいやら。弱り切った顔をする重綱に成実は「大丈夫だ」と頷いた。

「殿は嫌がる女子に無理強いなどしない。全てきちんと口説きおとされる」

「…………少しも安心できぬのですが、安房殿」

 人を丸め込むことに関しては驚異的な能力を持つ政宗だ。阿梅がいかにしっかりしていようと、雰囲気に流されてしまうことだって考えられる。

 重綱は眉間にしわを寄せて輿を見た。

「お前のその真面目なところは嫌いではないが、あまり考え過ぎるな。殿のことだ、悪いようにはせぬだろう」

 成実の言わんとすることは重綱にも分かっている。政宗は阿梅の嫌がることはしないだろう。しかし、しかし、だ。

 心配でしかたがない、というような顔の重綱を成実は笑った。

「お前も難儀な男よの。もう少し父親に似れば良かったものを」

「……………父上のようにはなれぬでしょう」

 重綱はほんの少し、自虐的な響きを含めて言った。

 父の景綱は「智の小十郎」と呼ばれるほど頭の切れる人物だった。一方、重綱はどちらかと言えば武に長けている。

 成実は目を細めて重綱を見た。

「失言だったか。そうだな。お前はお前の良さがある」

「いえ、気遣いは無用です。己を卑下するつもりもありませぬ」

 苦笑いしながら言う重綱に成実は「あぁ、昔」と懐かしむように言った。

「お前は、わしのようになりたいと言うてくれたな」

 重綱は恥ずかしげに顔を俯けた。

「ええ。正直、父上よりも安房殿の強さに憧れておりましたので」

 景綱に対し成実は「武の成実」として伊達家を支えていた。その強さは伊達の家臣随一だった。

「はは。後からお前の父に随分ずいぶんと睨まれた」

「えぇ!?」

「分かりにくかろうが、お前は大切にされておる。それに此度こたびの働きぶりは、もうわしを越えておろう」

「そんな、まさか」

 狼狽する重綱の背中を成実はトンと小突いた。

「もっと自信を持て。これからの奥州は、お前達が担ってゆくのだから」

「…………肝に命じます」

 成実は頷くと、少しだけ声を落として重綱に言った。

「白石に片倉家を置く意味は分かっておろう。黒脛巾組や真田衆のこと。お前には把握してもらわねば困る」

 重綱はハッと成実を見た。

「金助が昔にもどったようだと言っておったぞ」

「では、黒脛巾組は今」

「いや、金助がわしの預りというだけよ。黒脛巾組は伊達のもの。もっとも、我等は皆そうであるが」

 成実はかつて出奔しゅっぽんした過去を持つ。その成実を奥州に帰るよう説得したのが、父の景綱だと重綱は聞いていた。

 その時期は、景綱が金助を使っていた時期と重なっているように思われた。

(父上と安房殿、そして金助は諸国の情勢を探っていたということか)

 成実が再び奥州にもどったのは関ケ原の後。三人が奥州の為、伊達家の為に諜報活動を行っていた可能性に思い当たり、重綱は顔を引き締めた。

 小十郎の名を継いだからには、自分もそうした仕事に慣れていかねばなるまい。

「殿はおそらく白石に真田衆をまとめる気でいらっしゃる」

「南の境であるからですね」

「ああ。その旗印に、左衛門佐殿の姫君が必要だ。まあ、殿にはその他にも色々と考えがおありだろうが」

 成実は重綱を見つめ、力強く言った。

「これからのこと、頼むぞ、小十郎」

「――――はい」

 重綱は阿梅を預かる意味を今一度、重く胸に刻んだ。

 この乱世、何が正しく何が間違っているのかも曖昧で。それでも、と、信じた道を歩んできた者達がいる。

 そして己もまた、彼らの足跡あしあとを追い、その先を踏み出してゆかねばならないのだ。

 きっと阿梅もその運命を背負っている。それでもと信じた道の先を、生き延びた者達が切り開いてゆく。そうして道は続いてゆくのだ。

 信じた者達の誇りはその道にこそある、と、重綱もまたその先へゆく覚悟をするのだった。









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