第11話 北に向かう


 ついに伊達軍の引き揚げが始まった。

 阿梅達を匿っている片倉隊は、伊達軍の中程に位置をとり、周囲には黒脛巾組や真田衆を紛れ込ませながらの移動となった。

 大八とおかねは荷車に乗せられ、阿梅もその近くにいるようにした。

「おい、風太。あまり張り切りすぎんな。お前もなるべく荷車に乗るようにしろ」

 苦い顔で阿梅にそう言ってきたのは右馬之充うまのじょうだ。

 我慢しすぎるきらいがある阿梅に、もはや重綱のことを言えないほど彼は世話焼きになっていた。

「先は長いですからね。さしあたって、まずは鈴鹿を越えねばならないですし。体力を温存しておくことは大切ですよ」

 勘四郎かんしろうにも言われてしまい、阿梅もなるべく荷車に乗るよう心がけた。

 伊達軍の引き揚げとあって人数も多い上に、荷もそれなりの量がある。無理のない速度で進む行程ではあるのだが。

 それでも基本は、大の大人達の移動だ。阿梅の体力では確実に無理がある。

 片倉隊の皆もそれを承知しているので、阿梅を人目から隠しながら荷車に乗せるようにした。

「にしても、大殿も大胆なことを考えますねぇ」

「確かに、この軍勢の中に紛れちまえば、そうは分からねぇからな」

「それに大殿のことですから、荷をあらためられないように手を打ってあるでしょうしね」

 そもそもがまだ戦も終わらぬ前から真田の子供達を隠し逃がす算段を整えているのだ。

 この引き揚げで阿梅達のことが露見する可能性は限りなく低かった。

 とはいえ、油断はできない。阿梅を不用意に見られるわけにはいかなかった。重綱は気が気ではないのだが、それは主君、政宗にとってはかっこうの遊びのネタである。

「そんな顔をするでない。バレるぞ?」

 馬を並べ政宗が重綱に声をかけてきた。もちろん周囲にいるのは阿梅達のことを知っている重鎮のみだ。

 ニヤニヤと笑っている主君に重綱は言い返した。

「殿のように心臓に毛は生えておりませぬので」

 現在、重綱は片倉隊を離れ主君の傍に控えるよう命じられている。

 政宗はやきもきする重綱をからかう気まんまんなのだ。

「もうちょっと余裕を持って周りを見られぬか?お前がわしを離れてウロチョロしてみろ、それこそ怪しいだろうが」

「それは…………そうですが」

 頭では分かっているのだが、重綱は阿梅達が心配でしかたがなかった。

 とくに阿梅は片倉隊の負担を減らそうと気を遣うだろう。長旅を考えれば「無理をするな」と言いたいところだが。

 傍にいてやれないのがもどかしくて堪らない。

「何だ? もう片時も離れられぬ間柄になったか?」

「そういった関係ではないと申し上げたでしょう!」

「だが手をつけたらしいという噂を聞いておるぞ?ん?どうなんだ?」

「殿ではあるまいし。そのようなことはいたしません」

「…………で、あろうな。クソ真面目なお前にそんな甲斐性はないからなぁ」

 にーやにやと楽しそうに話す政宗を重綱は恨めしげに見た。

「私で遊ぶのは止めてくださりませんか」

「嫌だ。ただでさえ玩具をお前に横取りされて面白くないというに」

 まるで子供のような主君の発言に重綱は頭痛がしてきた。これでも政宗は重綱より十以上も年上だ。

 政宗は重綱の父、景綱を右腕として傍にいさせたように、重綱を同じように重用していた。つまり、遠慮などない本心ダダ漏れ状態がこれだ。頭も痛くなる。

「にしても源二郎め、何故素直にわしに預けぬ」

 ぐちぐちと亡くなった信繁にまで文句を言いだすところを見ると、阿梅達を重綱のところへやるのは本当に不本意なのだろう。

(いや、しかし、殿が本気になったのなら阿梅達を連れていくなど、造作もないことだ)

 内心で重綱は冷や汗をかいていた。政宗はそんな重綱を見てにんまりした。

「やっぱり、あの子らをわしにくれんか?」

「恐れながら、お断り申し上げます。犬や猫の子ではありません」

 きっぱりと言う重綱に政宗はくつくつと笑い声を上げた。

「そう心配せんでも、取り上げたりはせぬわ。ただし、お前で目一杯遊ばせてもらうがな!」

「……………であらば、お付き合いいたしましょう」

 からかい倒されるくらいであの子達を片倉家に留めておけるならば安いものだ、と重綱は腹をくくった。

「ほぅ? やはり側室にする気か?」

「その様な考えはありませぬ」

「しかし美しいと聞くぞ? 一目見たいのだがなぁ?」

 重綱はため息を吐いた。

「取り上げぬと、そうおっしゃったばかりで何を言いますか」

「見るだけであろうが」

「殿が見るだけではすまぬたちであることは承知しておりますゆえ」

「主を信用せんとは何事か」

「こと色に関して、信用できる要素は皆無かと」

 政宗はとにかく手が早い。

 しかも男だろうが稚児だろうが、気に入った者は片っ端から手を出してゆくのだからなお始末に終えない。

 信用しろ、というのが無理な話だ。

「そうか、そうか。会わせぬつもりか。なら、わしにも考えがある」

 笑みをいっそう深める政宗に重綱の顔は引きつった。

「また、よからぬことをお考えですか!」

「よからぬとは人聞きの悪い。あの子らを白石まで連れてゆく策だというに」

「策? こうして紛れてゆく以外にもせねばならないことがある、と?」

 首を捻った重綱に政宗はわりと本気で呆れたように言った。

「お前、これで全て欺けると考えておるのか? だとしたら叱るぞ」

 思いの外、冷静な政宗の口調に重綱は慎重に考えた。

「問題は関でありましょう。ですから、新居は迂回するものと」

 徳川の定めた関所のなかでも、新居はとくに検査が厳しい。

 新居を迂回できる街道が北に存在することを知っている重綱は、そちらを通るものだと思っていた。

 だが政宗はいよいよ呆れた顔をした。

「この阿呆。迂回などしたら、やましいことがあると言っているようなものだろうが」

 重綱はぎょっと目を剥いた。

「まさか、このまま行くと?」

「むろん、正面突破よ」

 実に楽しげにそれを口にできる政宗は、やはり心臓が強くできているのだろう。重綱にはとても真似できない。

「だからこその策。もちろん協力するであろうな?」

 これに重綱は「承知いたしました」と答えるしかない。

「うむ。楽しみだのぅ」

 ご満悦の政宗に嫌な予感しかしない重綱だった。









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