真田の娘

丘月文

第1話 闇夜の別れ


 月の光もない、黒々とした闇が広がる夜。

 しかし男の瞳はかがり火を映し、炎の如く、いや、熱せられた鋼のように真っ赤な光を宿していた。

「よいか、阿梅おうめ。恐れてはならぬ」

 低く厳しい声は、しかし愛を湛えていることを少女は知っている。

「はい」

 しかと頷く少女に男は続けた。

「其は我が娘。誇りを失ってはならぬ」

「はい、父上」

 まだ幼さの残る彼女だったが、俯くことはなく、また震えてもいなかった。

 ただ真っ直ぐに顔を上げ、父のその姿を脳裏に焼き付けておこうとするばかりだった。

 男はそんな娘に、懐刀と懐紙に包んだ己の髪を握らせた。

「必ずや、其の役目を果たせ」

「……………はい」

 これが今生の別れである。

 それを、その場にいる誰もが理解していた。

 かしずく者達はこれを永遠に忘れまいと、二人の姿を魂に刻んだ。

 使命を託された少女を。

 そして少女に望みを託し、死地にむかわんとする、己の主の姿を。

 男の名は真田さなだ信繁のぶしげ日本一ひのもといち強者つわものと称えられたる武将。

 時は慶長けいちょう二十年――――大阪、夏の陣。阿梅、よわいにして十二のころ。

 信繁が徳川軍に突撃せんとする、その前夜の別れであった。










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