殺伐百合用
くろかわ
水底エコー(責任)
海の底に響く、私の声。
紺碧に沁みる、鯨の音。
天の上に届く、隣の声。
蒼穹に広がる、空の歌。
たかだか三十二節しか生きていない若造の、唯一にして無二の技。私はそれを喉から、肺から、脇腹に生えた鰓から、空気を吐き出す。
エ系の
私の仕事。
潮縄から罠のルートに乗った鯨を確認、と手信号。それを受け、団長が全員を手招き。普段なら私の役目はここまでだ。あとは
『ルカエ、ついてこい』
『わかりました』
声を途切れさせないよう、細心の注意を払いながら、雄型たちの後ろについていく。最後尾の一人が銛を流して渡してくれる。
『ぬかるなよ』
団長の手のひらに、皆が鰭で応じた。
「いやぁ、大漁大漁。祭りには間に合いそうだ」
安酒で喉を荒らした団長の、上機嫌な声。他の雄型たちも一安心という顔をしている。
「ルカエ、お前もよくやった。海声も先代に匹敵する範囲になったな」
私には酒ではなく、果実を漬け込んだ水を手渡す。まだまだ子供扱いだ。
「ありがとうございます」
応えれば、私の赤い髪をわしわしと撫でてる。
「もう、三十二節なんだから、撫でるのはやめてください」
「まだ三十二節だ。お前、おれの歳覚えてるか?」
百二十節を超えて未だ現役の大男は、がはは、と笑う。
「それにな、自分の娘なんだから、お前が四十節迎えてもおれの子供だよ。いつまでだって撫でてやるさ」
「恥ずかしいって、親父」
周りで船団員がにやにやと笑っている。くそ、どいつもこいつも。
悪い気はしないけど。
けど、私は泳ぎ出したんだ。一人前の、はじめの一振りを。
けれど、次の仕事は漁じゃなかった。
「はあ? 空歌の連中を?」
「あぁ、祭りで隣島に行きたいらしいんだが、商船は出払ってる時期だからな。一足お先に今節の漁が終わったうちに、白羽の矢が立ったわけだ」
他のみんなは慣れたもののようで、
「デッキの掃除からかー、めんどくせぇ」
「まぁそう言うなよ。今回は役得ありそうだぜ」
などと呑気に喋っている。
「でだ、ルカエ。お前にやって欲しいことがあるんだが」
「何。雄型連中の晩酌、私みたいな大雌型がやっても誰も喜ばないだろ」
苦笑する親父。うるさいな、エ系なんだから身長が百七十越えててもおかしくないだろ。
「そう卑下したもんでもないだろう。だがな、そうじゃない」
「じゃ、なに」
正直、漁に出られないなら興味がない。
「一人だけ雌型がいてなぁ」
「なんで漁船に乗ろうと思ったんだよそいつらは。あほくさ」
頭をがりがりかく。
「ま、そういうな。その子、お前と同い年でな」
まさか、と嫌な顔が脳裏によぎる。
「なんと言ったかなぁ、ほら、噂の歌姫様。たった三十二節で空歌に昇格した……」
「ラーシカ?」
眉間にしわを寄せて、露骨に嫌な顔になってしまう。
「そうそう、よく覚えてるじゃないか!」
当たり前だ。あんなクソチビ、忘れられるか。
「そりゃそうだ。あいつ、私の顔を見たとき最初になんて言ったか」
「仲良かったよなぁ」
感慨深げに遠くを見ている。
「……どういう覚え方してるの父さん」
呆れて物も言えない。
結局、商談はすぐさま決まった。先方が相場の二倍出すと言って即決。これで船も増やせるぞ、とは親父の談だ。それはそれでいいことなのだけれど。
出立の朝になってもやる気は出なかった。
「それでは、よろしくお願いします」
「応ともよ、任せておきな」
空歌がぞろぞろと船に乗って行くのを、内勤の仲間と共に船室から眺める。
「おっ、いたいた。あれが噂の歌姫ちゃんか」
遠目にもわかる、目が痛くなるような金髪。ラーシカだ。無駄な装飾のたくさんついた、ひらひらした服を着ている。らしいといえばとてもらしい。
「うわ」
「そういや嬢ちゃんはラーシカさんと同年でしたっけ」
「そうなんですよねぇ。あいつ、覚えてないといいなぁ」
「親父さんの話だと仲良かったって聞きましたけど?」
「いや全然」
「即答じゃないっすか」
「即答ですよそりゃあ」
再び船外を覗き見る。
「うわ」
再び呻く。目が合あった。
あいつ、なんで今こっち見た?
自室で鬱々としてみても、あれがこの船に乗ってしまったことはもう変えようがない。腹括るか、と伸び上がったところに、
「ルカエ、いるか」
「いますよ、団長」
親父の声。あーあ。
「お客さんだ。丁重にもてなせ」
親父と並ぶとまるで子供みたいな体躯。ア系特有の華奢な体格に白い肌。
「ありがとうございました、マフロさん」
そして相変わらずうるさいキンキン声。ため息が出る。
「お久しぶりです、ルカエさん」
「じゃあ、あとはよろしくな。今夜の番は他のやつに任せておくから、旧交でもあたためていてくれ」
じゃあな、と親父は身勝手にも去ってしまった。手振りで見送る。
ぱたん。木の戸の閉まる音。さようなら私の静寂。こんにちは私の天敵。
「とりあえず、その辺座ってて」
「はぁ? どこに座れって? 相変わらずじゃありませんこと。二節前から一切変わってない。部屋を散らかすことに関してだけはワタクシじゃ勝ち目がありませんわ。ふざけんじゃないわよ、こんな汚い部屋のどこに座るの?」
他の人間がいなくなって、急に態度が変わった。ようやく本性を現したか。永遠に黙っていてくれ。
「うるっさいなぁ。あんまり騒ぐなよ。頭が痛くなる」
「んですって?」
売られた喧嘩は買わないことにしている。無視して荷物を片隅に寄せて、
「ラーシカ、どっちで寝る?」
「へ?」
「ベッドと床」
「ルカエの匂いのついたベッドなんてお断りよ」
「出入りするたびに踏んでやるから安心しなよ」
「あなたの体重で潰されたら即死する自信があります。ワタクシ、儚いので」
へいへい、と無視して毛布を投げ渡す。まるで学生時代のやりとりだ。たった二節前の過去。遠い昔。二度とこない日々は、今一瞬にして浮き上がり、
「さて、じゃあ私は昼番あるから」
そして消えた。
「夕飯まで顔合わせることはないだろうから、大人しくしててよ」
「ルカエは相変わらずワタクシを子供扱いしますのね」
ぱたんと扉を閉めて、頭痛の種から逃げることにした。
夕星が出る頃に私は自室に戻る。たっぷり潮風を浴びて機嫌上々で戻ったら、地獄のような風景が待ち受けていた。
「うわ」
つんと酸っぱい臭いが部屋に広がっている。部屋の真ん中には、真っ青な顔で倒れ込んでいるラーシカ。そして臭いの元は、
「人の部屋で吐くなよ……」
吐瀉物だ。幸いにして布の類や床には散乱していないようだが、
「なんでお前は人のヘルメットの中にゲロ吐いてるんだ……勘弁してくれ」
「うるっさいですわね。ワタクシだって他にいいものがあったらそっち……」
言いかけたところで再び嘔吐。ほとんど胃液だけだ。
「魚の餌にもなりゃしない。最悪だな」
はあはあと息を荒げている生っ白い女を上から睨みつける。
とりあえず、部屋から追い出そう。
「おや、ルカエちゃん……と、ラーシカさんじゃありませんか」
夜番に見られながら、この吐瀉物生産装置を船の縁に押さえつける。
「歌姫様は船酔いだってさ。ったく」
「あっはっは、しょうがねぇっすよ最初は。あと、体質的に向かない人もいるみたいなんでまぁ。しょうがねぇっすよ」
朗らかに笑う仲間。
「あの……このことは、その……」
「広めといてやるから安心して魚の餌を吐き出せ」
羞恥心に顔を染めるラーシカに愉しみを覚える。私のヘルメットにたまった魚の餌を放流。不味そうな流れが一筋、暗闇の海に消える。折角のいい波が台無しだ。
「嵐の巨人の方はどうです?」
手持ち無沙汰を嫌って、先ほど夜番を替わったばかりの仲間に声をかける。横でゲーゲーされる雑音から、少しでも離れたかっただけだ。
「んー。全然っすねー。どこに消えたやら」
嵐の巨人。意志持つ風と言われる、謎の存在。通常の嵐と違い、予兆がほとんどない嵐。竜巻。荒ぶる強風は、今ならはもっと西にいるはずだ。が、この季節は熟練の風読みや潮嗅ぎでも予測が難しい。だから早々に漁を切り上げ、島仕事に精を出すのだが。
「よりによって、祭りねぇ」
「嵐の巨人を神格化して、それに祈りを捧げるんですのよ。知りませんこと?」
ゲロ生成機が喋った。
「知ってるよ」
夜風が心地いい。波も穏やか。綺麗な星も見えてきた。こいつさえ喋らなければ最高の夕暮れだろう。
「嵐の巨人に言葉が通じるのかねぇ」
「知りませんわ。でも、巨人というくらいですもの。人格や目的がある、と信じた方がロマンチックではなくて?」
ふん、と鼻を鳴らす。
「馬鹿らしい。予報して避ける。災害ってのはそういうもんだろ。相手の都合を考えても、対話できないんじゃしょうがない。巨人って名付けだってただの祈りだろ。そうあって欲しいって」
「案外、対話できないと思ってるあなたみたいな頭の硬い人がいるから、お互いそれを放棄しているだけかもしれませんわね」
「……お前さ」
「なんですの」
目と目が合う。
「口、ゲロ臭いよ」
殴られそうになったので避ける。むかついたから落としてやろうかとも思ったが、どうせ私が拾う羽目になるから止めた。片手で抑えつけてやったらじたばたもがきだして、そのうちに嘔吐の前兆が読めたので手を離す。縁から落ちないよう、捕まえておいてやるのも忘れない。
不意に、星が消えた。
あまりにも突然の、嵐の予兆。風よりも先にくる雲。つまり、上空にだけ強い風がある。
嵐の巨人かもしれない。
「ルカエちゃん」
「お願いします。おいゲロ女。歩けるなら船室に戻って私の部屋で吐け」
「なんですの……ちょっと」
素早く船内に滑り込む仲間を横目に、帆を畳む。一人じゃかなりキツい。が、半人前でもやるべきことはやるだけだ。
「はいかいいえで答えろ。歩けるか」
「む、無理そう……足が」
「わかった」
帆柱に繋がる縄をラーシカに手渡す。余計なことをごちゃごちゃ言っているが、聞いている暇はない。ここは島の上ではなく、そしてもう穏やかな海ではないのかもしれないのだから。
「ちょっとルカエさん!? 何を」
「黙れ。絶対に縄から手を離すな。皆が来たらそっちの指示に従え。お前を向こうの島まで送り届けるのが私の仕事。お前の仕事は向こうの島で歌うこと。いいな」
目を丸くして肯くラーシカ。
風が出てきた。波はまだだ。間違いない。嵐の巨人。しかも突発的に顕現するタイプ。初めて対峙する天災に、恐れを抱く理由はあっても暇はない。
「ラーシカ! こいつは……」
仲間がぞろぞろと船内から甲板に。
「帆柱畳みは一人でやれます。一番大事な荷物を頼みます」
「おい、お前ら、久しぶりのご対面だ! 気合いれて耐えるぞ!」
へい、と皆が一斉に声を合わせる。
漁の道具はほとんど置いてきている。あるのは趣味のための釣竿くらいなもので、船の変形機構を稼働させ始めるまでそれほど時間は掛からなかった。
「帆柱ァ! しまえ!」
帆を畳み終えた支柱を、更に中へと収納するための手回し車に手をかけ、
「「「せーの!」」」
数人で一斉に押す。みるみるうちに縮んでいく帆柱。
「ぃようし、船殻準備!」
縁に掛かっていたロックをがちゃがちゃと外していく。
「船殻持ち上げ準備!」
船団長が伝声管に一喝。
「船殻持ち上げ、準備よし!」
「外面船殻ロック解除完了!」
雨が来ない。おかしい。嵐の巨人にしても奇妙すぎる。
まさか。
「ラーシカ! 中にはいれ!」
咄嗟に叫ぶ。
「ルカエ、今中に入れても、」
「違う、団長! 雨が来ない! 巨人の予兆はあるのに風しかないんだ!」
この言葉で、一体何人が気付いたか。
「船殻作業取り止め! お前ら、さっさと中に──」
そして、最悪の形で遅すぎる予想は当たってしまった。
嵐はきた。
真下から。
突然発生の竜巻。
私たちは、船ごと空へと持ち上げられていく。ぐるぐると回転する風の化け物に絡め取られながら。
私は竜巻に巻き上げられながら、邪魔くさいと数節間思い続けてきた金髪を掴み、そのまま宙を舞った。
穏やかな陽の光を目指して、水底から一気に水面へと疾駆する。腹と脚に付いた鰭で水をかきわけ、太陽の中へと踊り出す。
風のない、波もない、緩やかな海。昨晩の嵐の形跡と、その上で悪態をつく吐瀉物生成装置さえなければ最高の潮乗り日和だったのだが。
「なんだ。起きてたのか」
「なんだ、とはなんですか。だいたいここはどこですの!?」
「さぁ。割れた船殻があるってことは、そう遠くまで流されてはいないだろ」
お互い、生きていただけで儲け物と言って良い。突発型の嵐の巨人による死者は毎年出る。今回は直撃型とでもいうべきか。しかるべき場所に報告したら、褒賞ものだろう。何せ、私が生き残れれば世界で二例目だ。同業者間の情報共有は空だろうと海だろうと必須。特に、嵐の巨人ともなれば最優先だ。
「何をぼーっとしてるんですの。そういえばあなた、学生の頃からそういう無言になる時間ありましたわね」
「お前と喋っても仕方ない。それより、飯食うぞ」
あからさまな嫌悪感を向けられるが、相手にする時間が惜しい。
水から上がり、船殻の残骸に乗る。服がどうとかいう横のやつの言葉を無視して手掴みで取ってきた魚を捌く。
「ちょっと」
「んだようるさいな」
「鱗、取ってくださいな」
「食えるだろ」
「喉に引っかかって傷物になったらどうするんですの!?」
「チッ」
ぎゃーぎゃーわめきやがって。
「舌打ち!? いまワタクシに向かって舌打ちしました!? 学生の頃から変わりませんわねあなたのそういうところ! 部屋も汚いままでしたし、そもそも寮で相部屋の頃は結局一度も片付けませんでしたよね!?」
「お前もいつまでたっても黙れないんだな」
皮を剥いて三枚におろした魚の身を、指でつまんで渡す。
「え? これこのまま食べるんですの?」
「調理器具ないしな」
いま包丁代わりに使ったこれも、本来は漁のための鉈だ。
「もっと小さく切るとか、そういう……」
「うるせぇ、料理屋じゃないんだ。さっさと食え」
口で魚の骨を噛み砕きながら、風の流れを読む。嵐の巨人が過ぎ去った後だ。あまり役には立たないかもしれないが。
「これからどうするんですの?」
「脱げ」
「は?」
「いいから脱げ」
後ずさるラーシカ。胸を隠すように抱き、
「何言ってるんですのあなた!? おかしいおかしいとは思っていましたがそこまで狂っているとは思いませんでしたわ!? こんなときに!? 脱げ!?」
「私の服じゃ面積が足りなすぎる。旗にならない。お前の無駄にひらひらしたやつならちょうどいいだろ。それと、」
傾くからもうちょっと真ん中に寄れ、と言おうとしているうちに、筏代わりの船殻が波で揺れる。ついでに馬鹿女は海中に落ちた。面倒臭い上にどんくさいやつだ。
「屈辱ですわ……」
「服も干せる。一石二鳥だな」
「あなたの頭、一度お医者様に見ていただいたらどうかしら」
思った通り無駄な装飾の服は随分目立つ。それに、水面から二メートル余りで風の向きが微妙に違う。これは筏ごと引っ張って泳がないといけない。
「何を見てるんですの?」
夜になり、星を見上げる。結構位置がずれてるな。これなら、別の島に行く定期船に拾ってもらうルートを取った方が早そうだ。
「星」
「あら、意外。あなたにも美しいものを愛でる感性なんてものがありましたのね」
馬鹿の相手は疲れるな。
「祭りは間に合わないかもしれない。ごめん」
「……なんですの、急に」
「……今の言葉に、説明が必要なところあった?」
「喧嘩売ってますの?」
「買わないことにしてる。無駄。早く寝ろ」
上手くいけば、明日にも定期船のルートに乗れるはず。
快晴。見晴らしよし。雲なし。風なし。最高の遭難日和だ。困った。
「はぁ……今頃、ワタクシ抜きで祭りが始まっているんでしょうね……」
なんでこいつの神経はこんなに図太いんだろう。
「生きてるだけいいだろ……何か見えたら言えよ」
お互いに背中合わせで、定期便を探す。私は筏を引っ張りながら、お姫様はぼーっとしながら。
「わかってますわ……わかってます。……あの」
「お前黙れないの?」
波間をたゆたう音だけが慰めだというのに。なんでこいつは常に何か口から音を発しているのか。そういう病気なのだろうか。健康診断では一度も引っかかったところを見ないので、新種かもしれない。
「話し相手になってくれたっていいじゃありませんの」
「私は嫌だ」
「ワタクシだってできれば他の人間がいいですわ」
なんなんだこいつは。
「……昨夜、あなたが急に謝ったじゃありませんか。その意味を考えていたんです」
勝手に喋り出した。うわぁ。無視したい。
「あなたにもプロ意識ってものがあるんですのね。あのタイミングであんな謝り方するのも適切とはとても言い難いですけれど。でも、誠実さは伝わりましたわ。だから、ワタクシとしてもとりあえず生きているという最低限の状態を評価したいと思いますの」
「祭り、間に合うといいんだがな」
「えぇ。はい。……やっぱりワタクシの歌をあなたも聞きたくて?」
「いや全然。喋るのも苦痛。うるさいし」
「……前言撤回ですわ……このクソデカ女……」
「少し静かにしてくれないかクソチビ」
「あなたねぇ! 言うに事欠いて人様の身体的特徴をあげつらうなんて……!」
先に言ったのはお前だろう、とは言わない。喧嘩は買わない主義だ。
「あ、おい」
遠くに、捌いたイカの如き白が見える。帆だ。
「はい!? なんですの!? ここから更にワタクシの言葉を遮る!? なかなかいい度胸してますわね!?」
「船だ。多分、定期船」
ルート、時間、形。記憶通り。よし。
「うそ、どこですの!?」
「こっちくんな馬鹿。また落ちるぞ」
「うっ……ワタクシたちを見つけてくださいますよね……?」
口籠る。くそ、断言できない自分が悔しい。
「いや、多分無理だ。遠ざかり始めた。予想通りの位置にいるなら岩礁の迂回だ」
予測が的中している、という意味ではありがたいことなのだが。この船速では島に着くまで四日以上かかる。このゲロ雑音発生装置をそれだけ長い間養うのは、私の精神的に厳しい。
だったら、
「おい、前言撤回だ。歌え」
「……なるほど、でも、届くんですの?」
「今日は風がない。お前の品性より無い。だから、二人で歌えば可能性はある」
「あなたの濁声で哀れなワタクシと、助けてくださる船の方々の耳を破壊しまわないよう、精一杯歌いますわ」
「祭りでいつも歌うやつあるだろ。あれなら私も合わせられる」
「全く。こんなところで歌うだなんて思ってみませんでしたわ」
二人で息を整える。
「私は海の中で歌う。鰭付きが岩礁避けのために水の中にいるはずだ」
「ワタクシは船上の方々に歌を届ければいいんですのね。簡単ですわ」
そして、水に潜る。
歌が始まる。
響いて、届け。海の声。空の歌。
いつ聴いても、ラーシカの歌声はキンキンとよく耳に響いて、うるさいな。
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