一益の使者
美濃で起こった動乱の報はすぐに全国に知れ渡った。特に織田家中では信雄が家康と組んで起こそうとしている乱の始まりに過ぎないのではないかと見られており、諸将は戦々恐々としていた。
報告を受けた一益はすぐに諸将に信雄討伐軍に参加するよう要請する書状や使者を送った。一益にしてみればこの乱の後ろには家康がついていることが明白であったため、秀吉だけでなく毛利や宇喜多からも援軍を集めた。
また、知らせを聞いた北条家はしばらく北条攻めはない、と防衛のために集めた兵力を嬉々として北関東攻めに向けることにしたようだった。
正月二十二日 新発田城
信雄出兵の余波はすぐに全国に伝わり、人取橋の戦いに勝利して一息ついていた俺の元にも、滝川一益の使者が訪れた。
事件自体は上方の忍びからの報告で知っていたし、信雄が叛乱に関与していることや信雄と家康の間にも使者が行き来しているという情報も掴んでいる。一方の一益も事態を穏便に収める気はなく、圧倒的な軍勢を派遣して信雄を倒し、もし家康が出てくるようであればまとめて叩き潰すという意気込みを感じた。
俺の元に現れた一益の家臣は木全忠澄という五十ほどの人物だった。槍の名手で家中でも重用されていると聞く。あえて重臣を送ってきたのは、俺との話を終えた後に佐久間盛政や前田利家らにも話をつけにいくため、信用の出来る人物を選んだためだろう。
「このたびは遠路はるばるご苦労であった」
「すでにお聞きのことだと思いますが、このたび美濃において織田信雄様が信孝様の領地において一揆を扇動し、それを口実に兵を出しました。これは許されざることと考え、我らは兵を出します」
「……」
ただ兵を出すだけであればわざわざ越後まで出向く必要はない。一益と信孝の軍勢だけでも反乱は十分平定出来るだろう。
その先に何か用件があるのだろう、と思い先を促す。
「しかし信雄様は徳川家康殿と結んでいるという噂が絶えず、今回も徳川家が信雄様の後詰に入るのではないかという予想もあります。そこで新発田殿にはそうなった際には信濃に兵を出していただきたいのです」
それが本題か。確かに俺が信濃に攻め込む構えを見せれば、さすがの家康も信雄に味方することは出来ないだろう。もっとも、俺がそうしないという予想があったから踏み切ったのだろうが。
「もしそうなった場合は信濃一国をお約束します」
「しかし木全殿、信雄様が一揆を扇動したという証拠はあるのか? また、信孝様は森殿にも反旗を翻されていると聞く。信孝様の統治にも問題があったのではないか?」
俺が知る限り信孝は特別悪政を敷いた訳ではなく、単にそれまでの遺恨を信雄が利用したというだけである。そのため、一益の決めつけは恐らく当たっている。
が、証拠と言われて忠澄は一瞬口ごもった。
「証拠はござらぬが、一揆が起こったからといってすぐに美濃へ侵入するというのは正気の沙汰ではございませぬ。悠長に詮議している時間はありませぬ。新発田殿も是非我らにつく、もしくは徳川殿を思いとどまらせていただきたく思います」
「分かった、とはいえまずは徳川殿の意図を確認してからだ。どうするかはそれから決めよう」
「では、徳川殿が我らに敵対した場合にはいかがいたしますか!?」
さすがに子供の使いではなかったようで、忠澄は俺が言葉を濁そうとすると懸命に食い下がる。どうしても俺の真意を知りたいようであった。俺が動かなければ家康は信雄方として兵を出す以上、滝川方の対策も変わってくる。
「我らも上方に情報網を持っている。事件について調べて徳川殿の判断が不当だと思えば兵を出そう」
「分かりました」
忠澄は落胆したように頷いた。少なくとも俺が滝川方の要求に応じるつもりはないということを察したのだろう。もちろん、一益としても家康が兵を出すところまでは想定の範囲内だろうが。
「ではこの件については関与しないことをお勧めいたします。関与しなければいらぬ火の粉も降りかかりませんので」
そう言って忠澄は去っていった。俺が協力を拒否したのは家康に味方するか、もしくは中立を維持するかのいずれかの理由が考えられる。忠澄は暗に家康に肩入れすればただではすまない、ということを言いたかったのだろう。あえてそれ以上釘を刺さなかったのは、越後にいる俺が陸奥の動きが不穏な中、これ以上上方情勢に首を突っ込むことはないと思われていたからかもしれない。
翌日、今度は信濃から本多正信がやってきたという知らせがあった。
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