病床の勝家Ⅰ

六月下旬

 病床にあった勝家が再び目覚めた、という報はすぐに在京諸将の間を駆け巡った。正確にはこれまでも意識はあったものの、満足に起き上がることも出来なかったため面会謝絶状態だったが、ついに病床のまま話すことにしたらしい。

 もしかしたら佐々成政辺りが滝川一益の独走を止めるべきか悩んで無理にでも会おうとしたのかもしれない。


 そして例の合議に参加している六将及び家康と俺、そして信雄が集められた。また医師と勝家家臣の毛受勝照、さらに嫡子勝敏も部屋の隅に控えている。これまで勝家は意図的に信雄を外していたが、あえて今回呼んだということはいよいよ死期が近いのかと心配になってしまう。せめて孫が生まれてくるまでは生きていて欲しいと思っているが。


 前回は病とはいえ普通の会談の体裁を整えていたが、今回通されたのは病室で勝家は床に臥せったままであった。あの柴田勝家がこのような形で人と会うなどよほどのことだ、と誰もが顔には出さないが思ったことだろう。いよいよ死期が近いと悟って、最期に一言伝えようとしているのか、と一同の間に緊張が走る。


「おのおの方、わしが倒れている間ご苦労であった。このような形での会談となってしまい申し訳ない」

 勝家は途中、無理矢理体を起こそうとしたが、苦し気にうめき声をあげた。慌てて勝照が「無理をなされぬよう」とそれを止める。

「いえ、むしろこのような状態で我らのために場を設けていただきありがとうございます」

 成政が申し訳なさそうな声でそう言った


「そうだな、話すことは色々あるため早速用件に入ろう。それからこの会談後、おのおの方と個別に話そうと思っている。細かなことはその時に訊いて欲しい。まずは今後の織田家のことだが、今のように三法師様を皆による合議で支えて欲しい」


 さすがの信雄もこの場で異を唱えるようなことはしなかった。空気を読んだのだろう。


「今後のことであるが三法師様が成人するまでは皆に任せる。それぞれお互い思うところはあるだろうが、織田家のために尽くして欲しい。北条攻めや九州攻めについても皆に任せよう」


 勝家もそれが必ずしもうまくいくものではないと分かっているのか、その声には切実な響きが混ざっていた。

 織田家は信長が優れた家臣を集めたために勢力を拡大した。しかし信長と信忠が死ぬと、集めた家臣を使いこなせるほど優秀な者は出てこなかった。皮肉にも優秀過ぎる家臣を集め過ぎたせいで家が乗っ取られかけているのである。

 信雄や信孝ですらそうなのだから、幼子である三法師にはなおさらである。勝家自身も自分が権力を握ることでしかこの問題を解決出来なかった。


「かしこまりました」

 勝家の言葉に皆は一斉に頷く。

「それからもはやわしの回復を待たずに秀次殿と一時殿の婚儀を行うように」

 お市の娘と二人を婚姻させれば織田家とも血縁関係になる。ちなみにお江と秀忠はこの時どちらも結婚には早すぎる年齢だった。


「また、わしの領地についても三法師様が成人次第、一部を除いて返還しようと思っている。それまでは勝敏、勝照よ、おぬしらに任せる。詳細はまた後でも話すが成政、盛政、利家に新発田殿も彼らを助けてやってくれ」

「は、はい!」

 二人は頷くがその表情は緊張に満ちている。

 一方の俺は単独での勝敏の補佐だったのがその三人と同列に並べられていて少しほっとした。もし単独で畿内全域を支配する勝敏の補佐を命じられれば、急に織田家随一の勢力を手に入れることになってしまう。


「ではこれより一人ずつ話そうと思う。まずは信雄様以外の者は退出していただきたい」

 一応勝家も織田一門の信雄を優先させたらしい。信雄以外の者たちはぞろぞろと退出していき、隣室へ戻った。


 成政ら三人と秀吉は勝家の病状に沈痛な表情をしている。こういう時に心の底から悲しんでいる表情を作れる秀吉は本当にすごいと思う。家康は相変わらず何を考えているのか分からない。

 そんな中、一益だけは一人緊張の面持ちだった。勝家から合議の決定を優先していいと言われたのでいよいよ北条攻めに踏み切れると思ったのだろう。

「徳川殿、北条の件よろしくお願いいたしますぞ」

「尽力いたします」

 家康は言葉少なに答えた。


 それから少しして、暗い表情の信雄が戻ってきた。恐らくだが信雄は勝家の病が大きいからではなく、あくまで一人の一門衆として織田家を支えるよう言われたのが不満なのだろう。ちなみにだが信雄も北条と徳川の和睦を斡旋した経緯があるため、北条攻めが行われれば面子が潰れることとなる。


 次に呼ばれたのは一益だったが、彼は滞在時間は短かった。おそらく、「後を任せる」「全力を尽くします」ぐらいのやりとりしかなかったのではないか。表情も話し合う前と後で別段変わったようには見えなかった。


 その次に呼ばれた成政、盛政、利家はそれぞれ結構な長さで話し込んでいたのだろう、大分時間が長かった。しかも三人とも涙を流しながら戻ってくる。おそらくこの三人は他の者と違って純粋に別れを惜しんでいたのだろう。


 細川忠興は両者の中間ほどだった。忠興と勝家は親交はないので、まだ若い忠興が様々なことを確認したのだろうか。

 その次に入っていった秀吉はまた長かった上、号泣しながら病室を出てきた。仲が悪いと言われ、性格も真逆な二人だったが、それでも好敵手として互いを認め合っていたからこそ思うところもあるのかもしれない。もちろんすべてが演技という可能性もあるが。


 そしていよいよ俺の番がやってきた。

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