仲裁

六月八日

 両軍に使者を出して反応を待つ間、坂戸城に向かっていた本庄秀綱からの使者が来た。そちらはそちらでどうなっていたのか気になっていた。

 使者による報告をまとめると以下のようになる。


 六月六日早朝、長岡城を出発した本庄秀綱は二千の兵を率いて上田領を目指した。新発田領を出て上杉領に入る辺りで、上田長尾家の家臣が現れて秀綱に軍を止めるよう伝えた。

 当然秀綱はそれを一蹴して軍を進めたが、坂戸城に近づいた辺りで上田長尾系の武将が扇動した一揆が六万騎城という古い城を占拠した。吹けば飛ぶような城で、兵力も二百程度であったが、山間の地形のせいで秀綱は攻略に時間を要した。


 が、その間に坂戸城周辺でも反乱が起こっていた。重臣の栗林政頼らはそれに乗じて坂戸城付近の荒戸城を占拠。春日山城から毛利秀頼に送られた使者も途中で殺された。

 坂戸城は堅城であるが、春日山城の景長との連絡がいつ寸断されるか分からない。また、周囲の住民が一揆に与すれば食糧にも事欠く可能性があった。孤立を恐れた秀頼は秀綱と政頼らの両陣営に使者を送ると城を脱出した。


 秀綱が一揆と戦っている間に栗林政頼らは坂戸城に入城した。そして直江信綱の九歳の遺児を次期当主に担いだ。

 元々ほとぼりが冷めた辺りで彼を当主にお家再興を嘆願するつもりだったのだが、本能寺の変が起こったので急遽立ち上がることになったのだろう。直江信綱は元々上野の惣社長尾家の出身であり、一応同族と言えなくもない。政頼らは彼を急遽元服させて長尾信景を名乗らせ、その名の下に旧臣を集めているという。


 話を聞く限り、上田長尾家の蜂起は春日山城の動きとは関係がなさそうである。蜂起した上杉家臣にも落としどころは必要であるため利用しようかと考えているとやがて城内から斎藤朝信が現れた。相変わらずそこらの武将には負けない貫禄があったが、前に会った時よりもかなりやつれて見えた。


「久しぶりだ」

「そうだな。もっとも、前に合った時とは随分立場が変わってしまったが」

 朝信の言葉に俺は何も言えなかった。勝敗は時の運である以上、一歩間違えれば同じ運命を辿ることになる。そのため早速用件を切り出す。

「色々聞いているが、発端は行き違いということでよろしいのか?」

「そうだ。とはいえ、直江殿の言い分も分からなくはない。誰でも一度追い返された後にもう一度呼び出されれば裏があるのではないかと思っても不自然ではないだろう」


 朝信は淡々と言った。情報も錯綜しているだろうし、元々お互いに不信感があった以上仕方がない面もあるだろう。

 そこへ、今度は景長方から斎藤利治が姿を現す。利治は甲州征伐時には療養中だったらしく、俺は初対面である。慣れぬ越後の地に来たせいか、こちらも疲れているようだった。年は四十過ぎだが、それよりも少し老けて見える。

 形式的に挨拶すると、早速会談を始める。


「まずはこのたびの件、双方の行き違いだったということで恨みは捨てて建設的な話をしようではないか」

 二人は不承不承といった感じで頷く。が、最初に口を開いたのは利治だった。

「速やかに降伏し、城から退去するなら命は助けてやろう」

 利治の言葉は信長存命時であればかなり寛大と言える内容だったが、朝信はそれに対して怒りを露にした。

「織田軍は変の噂を聞いてほとんどが逃げ出したではないか。そこまで言うならこちらとしても徹底抗戦させてもらう」

 立ち上がってしまった以上後には引けない上、城内の織田兵の士気の低下も著しいので朝信も強気に出る。


「まあ待て。要するに利治殿としては上杉の反乱は許せないし、朝信殿は現状有利であるという主張だな?」

 俺が間に入ると、二人は再び不承不承頷く。そこで俺は考えていた条件を口にする。

「なら両軍城を退去するということでどうだろうか。景長殿は明智光秀を放っておく訳にはいかぬだろう。また、上杉家の者たちは希望する者は上田に合流されてはいかがか」

「何だと!?」

 利治は唇を噛む。光秀を討ちに行くと言えば聞こえはいいが、実際は城を捨てることと同じである。

「春日山城はその間、我らが留守を守っておく。もし明智光秀を倒せばその時にまた戻ってこれば良い」

「……」

 同じ織田家に味方する俺に城を引き渡して光秀を討ちにいったとなれば景長らの体面も傷つかないはずである。


 景長が戻ってこれば城を返還することになるが、おそらくそうはならないという予想はあった。

 というのも、史実の清州会議では領地を捨てた滝川一益らの意見はなぜか無視されて甲信と上野は火事場泥棒した徳川・上杉・北条のものとなることが承認されてしまうからである。秀吉にいたっては勝家と戦うために上杉景勝と結ぼうとしたぐらいだ。

 だからわざわざ東国のことについてあれこれ言ってくる者はいないだろうという予想があった。それでも念のために勝家には事情を説明して、もし景長が戻るようであれば城は返すと使者は出すつもりだが、勝家も今後秀吉との主導権争いが忙しく越後のことに構っている暇はないのではないか。


「……分かった」

 利治は苦虫をかみつぶした顔で頷く。元より景長に越中や信濃からの織田系武将の援護はなく、兵士の動揺が相次いでいるため越後に留まるのは良策とは思えなかった。それに俺はそのつもりはなかったが、もし俺が上杉家と手を結んで景長を攻めれば景長は敗北するだろう。


「我らは上田に向かうのも可とのことだったが、長尾家の再興は宜しいのか」

 今度は朝信が尋ねる。さすがに朝信らの元にはすでに上田から連絡は行っているようだった。

 正直俺としては景勝や兼続と確執があっただけで、他の上杉家の者には恨みはなく、むしろ御館の乱で以前は味方として戦ったため敵にしたくないという思いもあった。

 それにどうせ坂戸城には先に敵勢が入ってしまった以上、俺としては痛くない譲歩だった。


「今後我らに敵対しないのであれば、上田の旧領で家を再興するのは構わぬのではないか」

 そう言って俺は利治を見る。利治としては認める義理はないだろうが、元はと言えば毛利秀頼が城を放棄したことが原因でもある。それにこのことを認めず和議が決裂しては利治も困るだろう。


「……分かった、それでいいだろう」

 利治は不承不承頷いた。

 翌日、改めて上杉景長・直江実頼、そして俺の名で起請文が取り交わされた。


条項は以下の通りである。

・上杉景長らは春日山城を退去する。退去時に攻撃することは厳禁。

・城は新発田重家が預かり、後に景長に返還する。

・長尾信景の上田長尾家の再興を認める。長尾家は今後織田家に従い、新発田家とも敵対しない。

・春日山城に入っている上杉旧臣の進退の自由を保証する。


 強いて言えば信景に上杉姓を名乗ることを許さなかったことが景長側の最後の抵抗であった。

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