騒乱

六月六日

 俺は春日信達・猿橋刑部・曽根昌世・斎藤景信ら長岡から春日山に向かう経路の武将を加えつつ、西へ進んだ。急ではあるが集まった兵力は三千ほど。本庄秀綱が二千を率いて坂戸城へ向かい、五十公野信宗が東側の領地の兵力を二千ほど集めて後を追っている。


 領境付近の赤田城に集まった俺の元に上杉景長からの使者が現れた。使者によると、領内へ入ることなく国境付近で待機せよとのことだという。すでにこの周辺でも京で変事があったという噂は飛び交っており、猶予はなさそうだったが景長が俺を警戒する意図は分からなくもない。

 こんなところで足止めを喰らうのは惜しかったが、どの道日は傾いていた。あらかじめ領地の境目付近に兵を集結させておけば良かったかとも思ったが、それでは明智と結んでいたなどといらぬ詮索を受ける可能性もある。俺は越後が東西に広すぎることを恨んだ。


「どの道日没までに春日山城に辿り着くのは難しい。今日はいったん進軍を止めるか」

 そして改めて景長に事情説明の使者を送るとともに春日山城と坂戸城周辺にさらに物見を送り出した。

 また、夜半には信宗率いる後詰が到着し、合計兵力は五千となった。


「申し上げます、昨日より春日山城にて織田派の兵士と上杉派の兵士の交戦が始まりました!」

「何だと」

 翌朝、物見の報告で俺は慌てて飛び起きる。

「形勢は不明ですが、上杉旧臣が続々と城に集結しているとのことです!」

「上杉側が乱を起こしたのか?」

「どちらかというと偶発的に始まったとのことらしいですが……」

 物見も詳細は分からないのか言葉を濁す。

「そうか、我らも急ぐ!」


 すぐに全軍を叩き起こすと、俺は五千の兵を率いて春日山に強行した。

 春日山城へ向けて進む途中、佐々成政からの使者とも遭遇した。使者によると成政は越中国境に防御の兵のみ残し、勝家の後を追って京へ向かったという。そのため越後で乱が起きれば鎮めて欲しいとのことだった。

 俺はそれを聞いて安堵する。秀吉が大軍勢を率いて明智光秀を討ちに向かう以上、勝家にもそれ以上の軍勢を率いてもらいたかった。佐々家には越後については何とかするので安堵して欲しいという返書を送る。


「景長も同じようにしてくれれば良かったのだがな」

 とはいえ、親交があった成政と違い、景長とは今回がほぼ初対面である以上すぐに信じられなくても仕方がない。

 また、坂戸城からは毛利秀頼が城を脱出したとの報が入った。そちらについては本庄秀綱がうまくやっていることを祈る。


 昼過ぎ、猿毛城周辺まで到達したときだった。今日何度目かの使者が現れたとの報告が入った。

「今度は誰だ?」

「それが柿崎家からの使者とのことです」

 柿崎家も当主は春日山城に向かったとのことらしいが、俺がいきなり領内に侵入したから訝しんでいるのだろうか。仕方がないので使者を通す。


「恐れながら新発田殿はどのような目的でこの地に来られたのでしょうか」

「春日山城にて乱があったと聞く。それを収めに来ただけで柿崎家に危害を加えるつもりはない」

 急いでいることもややあって語気が荒くなる。が、使者も負けじとこちらを睨みつけるように言い返してくる。


「新発田殿は織田方と上杉方のどちらに味方されるおつもりでしょうか」

「当然織田方だ。そもそも京での乱に乗じて反乱を起こすなど言語道断ではないか」

「いえ、このたびのことは織田が直江殿と泉沢殿を討とうとしたことが発端でございます」

「おそらく何かの行き違いだろう。ならば我らが仲裁をするゆえお互い話し合うべきだ」

「そういうことでしたらこの地を通す訳には参りませぬ」

「何だと」


 俺は内心で上杉景長をなじった。俺たちの到着を待ってから戦いを始めてくれさえすれば何とかなったものを。

 俺が春日山城に向かえばすでに上杉方に加わってしまった柿崎家に害が及ぶと判断されたのだろう、使者は俺を敵視している。こうなった以上、敵対する可能性がある者を後方に残して進むことは出来ない。変な火種を残せば領内でも反乱が起こる可能性がある。


「仕方ない、猿毛城を攻め落とせ!」

 新発田軍五千が猛然と猿毛城に襲い掛かる。山間に築かれた城で斜面など天然の要害に守られていたが、そもそも突発的な反乱だった上に主力が春日山城に向かっていたため城内には大した兵力は残っていなかった。

 数時間後、新発田軍の猛攻の前に城は落城した。しかし落ちた時にはすでに夜も更けていた。


 こうして、新発田軍が春日山城に到達したのは六月八日になってのことだった。

 春日山城は異様な様子となっていた。山頂の本丸付近には織田兵が籠っているが、城下から見る限りその数はかなり減っているように見える。そして本丸を囲むように、二の丸や三の丸には上杉兵が入っており、城門は閉じられていた。もっとも、お互いの上杉の旗を掲げているのでかなりややこしかったが。

要するに本丸に織田軍が籠城し、二の丸と三の丸に上杉軍が籠城するという二重の包囲構造になっている。


 忍びの報告によるとどうも両軍の開戦は本当に行き違いが発端ということらしかった。当初は織田軍が攻勢に出ていたが、成政が京へ向かったこと、毛利秀頼の逃亡などの情報が伝わったことで織田兵の逃亡が相次ぎ、さらに続々と上杉系武将が集結したことにより戦況は変化した。そして逆に上杉側は約二千にまで膨れ上がり、包囲するような構図になったという。


「上杉側は確固とした反乱目的があるのではないのだな?」

「はい、もちろん中には織田家に敵愾心を持つ者もいるでしょうが少なくとも発端は織田家打倒などではないようです。当然、上杉家の新当主を立てようとしているという動きもないようです」


 要するに上杉側も反乱は起こしたものの当てはないという訳か。それならこちらとしてもやりようはある。最初は仲裁を口実に上杉側を攻めようかと思っていたが、うまくやれば平和的に春日山城を手に入れることが出来るかもしれない。


 俺は斎藤景信と猿橋刑部を呼ぶ。景信の父・朝信は上杉方として城内に入っているとのことだった。

「おぬしらには両軍に使者として向かってもらう。景信は上杉側に、刑部は景長殿にそれぞれ、我が軍が仲介を行う故話し合いに応じるよう伝えよ」

 こうして二人は白旗を掲げて城内に向かうのだった。

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