真田との邂逅

二月十七日

 軍議後に山浦国清は旧臣らに決起を促す使者を送り、俺たちは一日空けて海津城を出発した。

 海津城を出て山に挟まれた千曲川沿いに進んでいくと、左手の山頂に村上家がかつて本拠としていた葛尾城がそびえたつのが見える。俺たちが近づいていくと、それに呼応して城に村上家の家紋である「上」の字の旗が上がる。

「やはり故郷はいいものだな」

 国清はしみじみと感想を漏らす。


 が、何の手ごたえもない快進撃が続いたのはここまでだった。葛尾城を接収した俺たちの元へ一人の兵士が走ってくる。

「すみません国清様、砥石城で蜂起した軍勢ですが、真田家に味方していた者から情報が漏れており、逆に囲まれて討ち取られました」

「何だと」


 国清の顔色が変わる。

「申し訳ありません、蜂起に誘った者たちの中にはもはや旧恩を忘れ真田に走った者も多いようでございます」

 兵士は悔しそうに言うが、村上家が信濃を離れたのは三十年近く前の出来事である。国清もそれは分かっているのか、無言で唇を噛みしめた。


 葛尾城からさらに南東に進んでいくと、真田家の領地があり、川から少し山奥に入ったところに真田城がある。砥石城は真田城からほぼ向かい側にあり、現在は真田家が所有している。もし真田城を攻めるのであれば砥石城を先に落とさないと背後を突かれるような形になる。


 砥石城は武田信玄が攻めた際も急な斜面などで攻めあぐね、家臣の横田高松らを失う「砥石崩れ」と呼ばれる大敗を喫したことでも有名な堅城である。そのため、力攻めではなく真田家に仕える旧臣や帰農した者たちによる奇襲で落とす予定だったが、当てが外れた。


「小癪な。しかし昌幸が留守にしているうちに真田城を力攻めで落としてくれる。真田城さえ落ちれば砥石城もやがて落ちるだろう」

 報告を聞いた利家はここまで順調に進んできたからか、強気に言い放った。

「はい、その折には我らが先鋒を務めます」

 作戦が失敗した国清も名誉挽回に燃えている。


 俺は少し悩んだ。真田城自体は昔ながらの山城といった感じだが、砥石城など周辺にいくつかの山城があり、攻めやすくはない。この数年後、上田城を攻めた徳川家は攻めあぐねて敗北する。ただ、その時とは城以外にも今は真田家が仕える武田家の勢いが失われている上、昌幸は上野の北条氏とも戦っているという違いがある。


「ここは一度降伏勧告を行った方がよいのではないか」

「それはそうかもしれぬ」

 悩んだ末に俺は折衷案のような提案をした。


 利家は昌幸の留守を守っている矢沢頼綱に使者を送った。使者はすぐに上野の昌幸に確認するので二日ほど待って欲しい、という言葉を伝えた。上野と使者のやりとりをするなら妥当な日数ではあるが、それを聞いた利家は不審に感じた。


「これは時間稼ぎではないか。大体武田の重臣が留守中の対処も決めておらぬとは思えぬ」

「ならばその間に周辺諸城の攻略を進めるというのはどうだろうか。真田以外の城を攻めるのは問題ないはず。それに真田城は山城。無視して千曲川沿いに兵を進めるなら、障害にはならない」

「確かに周辺を攻略すれば、時間が経過したところで不利になるのは向こうか」


 時間稼ぎという利家の指摘もあながち間違ってはいない気もするが、この世界ではまだ起こっていない上田城の戦いへの恐れから俺は真田との戦いを避けたいという思いがあった。

「では俺はこの先の依田城へ向かおうと思う」

「分かった。我らは周辺の小城を攻略しておこう」


 こうして軍議は決した。その後山浦国清は村上姓に復姓し、晴れて葛尾城主となった。改めて旧臣に合流を呼びかけたところ、最初の呼びかけには応じなかった村上家の旧臣で出仕する者もいたという。そして利家の本隊は屋代政国の荒砥城の包囲に向かった。


 一方の俺は千曲川沿いに真田城を横目に見ながら進軍する。この辺りは昔村上義清が信玄を破った上田原の戦いの古戦場らしいが、今では村上国清が武田勝頼の領地に攻め込んでいると思うと少し感慨深い。

 さすがに真田勢も返答待ちの間に攻撃してくるようなことはないだろうが、知らぬ土地な上に山が多いため、念には念を入れて物見を周辺に放つ。しかし結局、真田領を通過しても特に奇襲などはなく、心配は杞憂に終わった。 


 その後俺はさらに行軍を続け、昼過ぎに依田城周辺に辿り着く。城は山間にあるが、主戦力が城主とともに駿河にいるため、守りは薄そうだった。一応俺は降伏勧告の使者を出すが、駿河まで確認に行かれても困るので、返答期限は今日の日没までに区切る。


「返答を待つまでの間、次の目標である小諸城の偵察に赴いてもよろしいでしょうか」

 そう申し出たのは千坂景親であった。服属後、蔵王堂城の戦い以外にめぼしい戦いもなかったため、手柄を挙げられていない。また、上杉家とも戦うとは言ったものの、やはり関係ない相手の方がいいのだろう。


「分かった。三百の兵を与えるので、周辺を探って参れ。小諸城周辺に抗戦の意欲がありそうな城がないか、また城兵の数や戦意などを知らせてくれ」

「かしこまりました」

 三百の兵を預けたのは一応上杉家の重臣であった景親を少数の兵力で物見に使うのは気がとがめたという理由であった。しかしこれが思わぬ結果を引き起こすことになる。


 夕刻。そろそろ依田城から使者が戻ってくるかと思っていると、そこへ旗指物が折れ、鎧も傷んだ千坂景親の軍勢が戻ってくる。中には血を流している者もおり、その様子は偵察から戻ったというよりは一戦して敗れたという状況に近い。


「一体何があった!?」

 思わず状況を聞きに行くと、出た時よりも兵力も減っている。景親は悔し気な表情で現れる。

「申し訳ありません、東方から旗指物を伏せ人目をはばかるように行軍してくる軍勢を見かけたので物見を派遣したのですが、物見が戻りません。敵地であるため警戒が厳しいのだろうと全兵を率いて偵察に行ったところ、我らの行動は完全に筒抜けになっており、奇襲を受けました」


 これまでは越後の戦いばかりだった上に、かつては味方だった者同士の戦いだったためお互いの手の内は知り尽くしている戦いが多かった。

「相手は誰だか分かるか?」

「おそらく真田の軍勢ではないかと。数はおそらく三千ほど。面目次第もございません」

 景親はうなだれているが、もしこの偵察がなければどうなっていたかと思うと背筋が寒くなる思いである。


「いや、偵察を申し出たのは大手柄だ。この偵察がなければ、依田城を攻めているところを背後から奇襲されていたかもしれぬ……よし、これより真田軍に対する迎撃態勢を整えよ!」

 俺は急いで千曲川沿いに陣を敷き、東から来るであろう真田勢を迎え撃つ態勢をとるとともに、前田利家にこのことを急報した。また、合わせて竹俣慶綱に依田城への抑えを任せる。


 さて、真田は我らが迎撃の布陣をとっていても戦いを挑んでくるだろうか……。

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