鉄砲隊と冬
十二月中旬 新潟城
鉄砲を手に入れた俺は、早速猿橋刑部と五百の兵を新潟に呼び寄せた。今まで越後にも鉄砲がなかった訳ではないので存在自体は皆知っている。しかし数が少なく開戦の合図に使う程度のもの、もしくは籠城時に局所的に運用するもの、という程度の認識であった。
「重家様は鉄砲を大量に買われたとのことですが、あのようなものに資金を費やすのは無駄ではないですか? むしろ弓の方が手になじんでいる分使い勝手がいいと思われますが」
呼び出された猿橋刑部もその程度の認識であった。
「そうだな。だから鉄砲により慣れてもらう」
「しかし鉄砲の弾込めよりも弓をつがえる方が速いでしょう。また、弓は山なりに射ることで城壁越しに相手を射ることも出来ます」
確かに柵の向こうにいる敵に射る際はそのような運用もあるだろう。
「そうだ。だが、鉄砲は威力と飛距離という点において弓には圧倒的に勝っている。弓しか持っていない相手を遠くから一方的に銃撃することも出来る。それに急ごしらえの柵なら打ち破ることも可能だろう」
「それはそうですが、相手が突撃してくることを考えれば弓よりも一発か二発多く撃てるだけでは?」
「そうだな。だが、弓とは殺傷力が違う。三百挺の弾丸が一斉に飛んでこれば弓矢とは比べ物にならない損害が出るだろう」
「言われてみれば確かに……」
猿橋刑部や彼の兵士たちは首を捻る。おそらく、そもそも三百挺の弾丸が一斉に飛んでいくという状況が想像出来ないのだろう。
「それに弾込めについても訓練である程度短縮は出来る。という訳でまずは訓練を行ってもらいたい」
「ですが、訓練にも銃弾や火薬は必要です。加えて硝石などは遠方から購入しないといけないと思うとやはり弓の方が……」
「俺がいいって言ってるんだから問題ない!」
「は、はい」
最終的には俺の一喝で黙らせた。何事も、旧来のやり方を変えて新しい物を導入するときは気後れしてしまうものである。理屈を説明するのは大事だが、最後は強引さも必要である……と思う。
「それに、実際の射撃訓練は最小限でいい。横一列に三百人が並んで撃てば何発かは当たるだろうからな。どちらかと言えば弾込めや布陣などの練習をして欲しい」
「はい」
発射するときに爆発が伴う以上、弓よりは密集して布陣することが難しい。とはいえ、射手同士があまり離れすぎていてはすかすかの布陣になってしまう。その辺の最適な位置取りも掴んで欲しかった。
「幸いしばらくは冬で誰も攻めてこないだろう」
「それはそうですが」
こうして俺は鉄砲隊の訓練を始めさせたのであった。冬が終わるまで二~三か月はあるだろう。その間にある程度形になってくれれば良いが。
そんなある日、佐々成政からの書状が届いた。先ほど尾山御坊を制圧した織田軍はほぼ加賀・能登の掌握を終えたという。当然一部残党勢力は残っているが、それも逃走か恭順か時間の問題だという。そのため、春になれば越中に攻め入るので時期を合わせて上杉領に攻め込んで欲しいとの依頼であった。
正直、今までは上杉家があまり早く滅びても困るという理由もあり上杉領への侵攻には消極的だったが、こうなれば話は別である。ひとまずは上杉家を圧倒して領地を広げ、織田家に存在感をアピールしなくてはならなかった。それに、諸々の思惑があって織田家とは仲良くしておきたいという事情もある。だから俺は快諾した旨を返信する。
一方、色部長実も今年の軍事行動はいったん収めるとのことだった。冬の間に中条家の掌握を行い、さらに蘆名家の反盛隆派の家臣への調略も行うという。
当然蘆名家も中条家への調略や上杉、伊達との連携を行うことが予想される。この方面では冬の間も激しい調略合戦になるものと思われた。
そして最後に残っている戦いについてであるが。
大晦日、俺の元に本庄繁長から一通の書状が届いた。頑強な抵抗を続けてきた鮎川盛長が、ついに降伏したという。
その後も蘆名家に援軍を要請しながら抗戦していた盛長だったが、安田城の陥落後、色部長実が兵を津川城付近に向けたことで金上盛備はうかつに兵を動かせなくなった。援軍がいない籠城ほど辛いものはない。それでも盛長は諦めなかった。雪が降れば寒さで野外の布陣に耐え切れなくなった敵兵は撤退するのではないか。それを希望に籠城を続けた。
しかし繁長は兵士たちに枯れ木や枯れ葉を集めさせ、ひっきりなしに篝火をたかせた。また、即席の雪避けを作るなど懸命に寒さを対策した。金上盛備から食糧の補給は受けていた盛長だったが、今度は油や薪が減って来た。我慢比べの様相を呈したところで盛長は寒さに震える兵士たちを見てついに開城を決めたとのことだった。盛長の嫡子清長は繁長に人質に出されて城は開城。盛長はいずこかへ落ち延びた。こうして揚北の戦いはほぼ終了したのである。
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