帰港

十二月上旬 新潟

 一か月半以上の期間を経て敦賀まで向かっていた船団が帰って来た。すでに冬に差し掛かっており、俺の領地は平和だったこともあって俺も那由とともに港に船を迎えにいくことにした。

 俺が転生してから三度目の冬だったが、戦国時代の越後の冬は寒い。地球温暖化とかの影響もあるだろうし、単純に防寒具が発達してないせいでもある。ただ、新発田重家の体は頑丈で今のところ風邪知らずだったのが幸いだった。傍らの那由は白い息を手に吹きかけてこすり合わせている。


 新潟港内にはすでに巨大な船がいくつも停泊しているのが見える。それを見て那由は感慨深げに言った。

「まさかあの辺鄙だった新潟港にこんな大きな船が出入りするようになるとはね」

「こんなことを言っても信じられるかは分からないが、戦乱の時代はもうすぐ終わる。そしたら次は商業や交易の時代がやってくるはずだ」

「え?」

 俺の言葉に那由は首をかしげた。応仁の乱からすでに百年以上の時が経っている。そう考えれば戦国の世は無限に続くような気分すらあるのだろう。実際、関ケ原の戦いまでと思えばあと二十年、大坂の陣までと思えばあと三十五年は戦国時代は続くことになる。

「でも戦国の世が終わったら私たちは何を売るの?」

 越後で一番取引されているのは米を除けばおそらく刀剣類だろう。米も兵糧に使われることが多い以上、ほぼ戦争関連の商売と言っても過言ではなかった。それは越後に限ったことではないだろうが。

「それこそ、あの船に積んでいるようなものだろうな。もっとも、鉄砲以外だが」

 俺は港に泊まる船を指さす。


 そんなことを話しているうちに俺たちは港に辿り着いた。船は船底の関係で港の沖合に停泊し、そこから小舟で次々と商人たちが降りてくる。

 そこにはすでに迎えに来た人と野次馬が集まっており、それ目当てで出店を出している者すらいるぐらいだった。中には酒を振る舞っている者すらいる。

 長旅から帰って来た商人たちが次々と港に降り立つと、家族や知人が手を振って出迎える。俺と那由の元にも酒井権兵衛が数人の供とともに歩いて来る。


「おお、那由、そして重家様! お久しぶりでございます」

 権兵衛は恭しく頭を下げる。長旅から帰って来たばかりであったが元気そうで何よりだった。

「お帰り。でも思ったより遅かったわね」

「もう冬だからな。海が荒れる日は大事をとって航海をやめていた。それと、金沢では結構色々なものが売れたからな。ちょうど尾山御坊が落ちたところで助かった」

「どんなものが売れたの?」

「そもそも敦賀でわしが買ってきたものだが……」

 そして二人は再会を喜び合うのもそこそこに商売の話を始めた。商人の親娘というだけはある。俺はしばらくその辺をうろうろしながら、船から次々と積み荷が降ろされてくるのを眺めていた。


 元々船の積み荷の半分以上は俺が買い上げたコシヒカリが占めていたこともあり、降ろされてくる荷も鉄砲が多かった。が、鉄砲や硝石、硫黄などの箱が降ろされるのと同時に南蛮渡来の珍しい陶磁器や香辛料、薬、そして絹織物などが姿を現すと観衆もどよめいた。大多数の人はただの野次馬だったが、中には指さして「それを売ってくれ」と直接交渉する者もいた。その荷の持ち主はすぐに値段交渉を始めたりして、期せずしてその場は市のようになった。もっとも、降ろされた物は高価なものが多く、参加出来るのは裕福な商人に限られたが。


 そんな中、珍しい品々に紛れて一振りの刀が現れた。おそらく名のある刀鍛冶が打ったのだろう、俺は目利きは出来ないが意匠から何となく高級なものであることを感じ取った。

「いやあ、つい向こうの商人に備前長船の名刀と言われて買ってしまったが、よくよく考えれば全くいらなかったわい」

 が、持ち主はそう言って頭をかいている。初めて遠くまで船旅をして気分が高揚して買わされてしまったのか。しかも結構な値段を言うので周りの商人たちも苦笑いしている。当然だが普通に野外で戦う分には刀より槍の方が長くて強いので俺は刀へのこだわりはそこまでなかった。

「ではわしがもらおう」

 そこに現れたのは五十公野信宗であった。そう言えば信宗も上杉軍が攻めてこないため、三条城を引き上げていたとは聞いていたが、ここに寄っていたとは。

「おお、五十公野様。ありがとうございます」

 商人は救いの神でも見るかのように頭をぺこぺこと下げていた。信宗は刀を受け取ると、野次馬へのサービスなのか刀身を抜いては陽の光を反射させたりしている。それを見て野次馬たちもどよめいたり喝采したりした。


 俺はそんな風景を眺めつつ、適当なところでその場を離れた。そして新潟城を守っている兵士たちに鉄砲や硝石などを城に運ばせた。とりあえず今回入手できたのは三百挺ほど。しかし俺の動員兵力が四千から五千ほどであることを考えると馬鹿にならない数である。俺の関心は早くも鉄砲隊の方に向いていた。

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