新潟港
五月中旬 新潟
三条城に道如斎を入れた俺は兵を率いて新潟港に戻った。この勢いで更なる進撃を行ってもいいのだが、これ以上西へ向かえば景虎軍の主力から本気の反撃を受ける可能性がある。春日山・御館では景勝と景虎はすでに何度か軍事衝突を起こしているがどちらが勝ったとも言えない結果だったという。
新潟には城と呼べるほどのものはないため、俺は代官が入っていた陣屋に入った。代官は乱の波及を恐れて身を隠したらしい。俺がやってくると地元の有力者が何人かあいさつに訪れた。その中に那由の姿もあった。
今回は前のときと違い、那由はきっちりした着物を着ていた。俺も今回はきちんと袴をつけているし、第一髪に砂がついていない。
「こんな形で再会するとはな」
「でもそのつもりだったからこんなことしたんでしょう? 本当は女子が来るところじゃないけど、会ったことがあるって無理言って来させてもらったの」
那由は俺を感心するようなからかうような口調で言う。
「でも髪の毛に砂をつけていた武家様が飛ぶ鳥落とす勢いで領地を広げるとはね。そしてこうして来てくれたということは私の陳情を聞いてくれる気があるという訳だ」
「そうだな」
俺は新潟出身だが五十公野治長は新発田生まれで新潟に固執する理由はない。仕方ないので俺は未来の知識を使って理由をでっちあげることにする。
「今でこそ上杉家の居城がある春日山城が栄えているが、港としては阿賀野川が海に流れこんでいるこちらの方が適していると思う。阿賀野川の上流は豊かな水田が広がっており、米を売るには申し分ないだろう。そして港が栄えればその周りに越後一の街が出来るのは間違いない」
「うそ……」
現在の海辺の村に毛が生えた程度の新潟港を見て育った那由は絶句する。越後で栄えているのは圧倒的に上杉家の城下町がある春日山だった。だが江戸時代には新潟は西回り航路の主要港になった。今のところ他の港も栄えていないので説得力はないだろうが。
「という訳で酒井家の話を聞かせて欲しい」
「はい。私たちはこの辺りに本拠を置いているけど、現在様々な物資をあちこちで買ってきて上杉家に売っているわ。ただ、正直言って謙信公のおかげで越後の平和が保たれていて、謙信公が定期的に遠征するから成り立っている商売と言えるわ」
上杉謙信は関東管領に任ぜられて小田原城を包囲して以来、狂ったように(俺の感想)関東へ出陣し続けた。しかもその間に武田信玄と川中島で五度も戦っている。さらに越中にも何度か出陣し、晩年は加賀まで遠征して手取川で織田軍を破っている。つまり上杉家は定期的に大量の物資を買ってくれる相手ということになる。
「ただ、今後越後の状勢は不透明になる。となれば商売を効率化した方がいい。取り扱う商品もある程度絞って、運送にも水運を活用して効率化した方がいい。現状は陸で大量の護衛をつけて方々から買い集めてきてるという状況だから」
要するに景気がいいうちは効率が悪くてもどうとでもなるが、状勢が不安定になるので効率的な商売を行いたいということだ。今までうまくやってきたからといって方法を変えない現代日本の無能上司(俺の私怨だが)と違って先見の明がある。
「とはいえ、それを一商人である我らだけで行うのは難しい。まあどうにもならなければやるしかないけど……」
要するに力を貸せということだ。
「分かった。それで那由は何が必要だと思っている?」
「船と、船が停泊出来る港」
ちなみに今の新潟には小さい船舶がぽつぽつと停泊しているのみである。そもそも大きな船もないが、船を停泊させるためには船底が海底につかないぐらいの水深が必要となる。
「なるほど」
現実問題俺はこの時代の船の建造費が商売に使用して元が取れるのかは知らない。だから俺はなるほどと言いつつ全く別のことを考えていた。大きな船があれば佐渡に軍勢が派遣出来るな、というような。
「という訳で助力が欲しい」
那由は真剣な表情でこちらを見た。
「ちなみに、俺からも必要だと思うものが一つある。何か分かるか?」
「うーん、重要な港になれば敵が攻めて来るかもしれないから……城?」
確かにそうだな。しかし俺の想定では景勝が乱で勝利し、俺は景勝に従属するから越後には平和が訪れる。第一、必要だとしても城はおいそれと建てられるものではない。
「それは確かに欲しいが……俺が想定したのは倉庫だな。阿賀野川流域でとれた米を保管しておくため、もしくは他の地域から船で輸入したものを保管しておく倉庫だ。倉庫があれば値段が高い時に売れるからな」
「なるほど! 治長様は商業にも詳しいのね」
那由が感嘆する。ちなみに俺の倉庫重視の考えはシミュレーションゲームから来ており、別に商社に勤めていたとかではない。
「さて、今の話を踏まえてだが。今現在俺の手元には一千の兵がいる。まだ乱は予断を許さない状況で解散するのは危険だが、遊ばせておくのももったいない。だから倉庫と港の建設に利用しようと思う。その代わり酒井家からは資金を出して欲しい。船もおいおい建造しよう」
「なるほど……承知した。お父様も必ずや了承すると思う。まさかここまで頭が切れる方とは思っていなかったわ」
そう言って那由は深々と頭を下げた。
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