最終話 天才でアホの子は俺の嫁で、俺の全て

 8月某日。

 その日は朝から天気が良く、むしろ良すぎたために気温もグングン上昇しており、披露宴の会場をホテルの屋内にした過去の自分に感謝する。


 毬萌は「外でお花ぱさーってかけてもらいたいっ!」と言って譲らなかったが、この炎天下で冷房の効いた室内から屋外へ出たら、ショック症状起こして倒れる。


 もちろん、俺が。


 どうにか諦めさせておいて本当に良かった。


 式の開始は午後2時だが、俺たちはかなり早くから会場に入る。

 新婦の準備が聞くところによるとむちゃくちゃ大変らしい。

 女の子ってのは手間がかかっていけねぇなと思いながら、先ほどから控室で眠気と戦っているのが俺。


 そうとも、今日は俺と毬萌の結婚式、当日である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「公平せんぱーい! 軽食を取られたらどうですかって係の人が!」

「桐島先輩。僕がフルーツサンドをご用意しておりますが。よろしければ」


「もぉー! どうしてあなたはそうやってあたしのファインプレーに被さって来るんですかぁ! 昔からそーゆうとこありますよね!!」

「ええ……。僕は良かれと思って……。そんなことだから、冴木さんは……」



「なにか? そんなことだから、あたしは? なんですかぁ?」

「ゔああぁぁあぁぁっ! 何でもありません!! き、桐島先輩!!」



 俺たちのサポート役を買って出てくれたのは、生徒会の仲間たち。

 花梨と鬼瓦くん。

 2人とも長い付き合いになるが、こんな事まで世話になるとは。


 鬼瓦くんは帰省した時に話したように、3児の父としてリトルラビットを切り盛りしつつ、子育てに励んでいる。

 花梨は、イタリアでデザイナー修行をしたのち、昨年自分のファッションブランドを立ち上げた。

 出足も好調なようで、ファッション雑誌に注目のブランドとして取り上げられたのだとか。少し前に毬萌が騒いでいた。


 俺が今着ている、いやさ、着られているタキシードも、そして毬萌のウェディングドレスも花梨のデザイン。

 先輩特権でタダにしてもらった。ありがたい話である。


「あたしは毬萌先輩のところに行きますね! 頑張って下さい、せーんぱい! あ、そのオールバック、結構ステキですよ! ではではー!」


 花梨は大人っぽくなったが、しっかりと俺をからかう事を忘れない。



 俺の傍には鬼瓦くんが残ってくれた。

 彼に言っておかなければならない事がある。


「鬼瓦くん」

「はい。どうしましたか?」



「いや、首のところさっき蚊に刺されて、かいてたら赤くなっちまってさ」

「なにしてるんですか!? そこを赤くするのはまずいですよ!!」



 だろうと思った。

 詳しい言及は避けるが、アレがナニした時のナニのあとみたいだなぁと鏡越しに眺めていたのだ。


「失礼いたします。お話は聞かせて頂きました。こちらをどうぞ。痒み止めです。痒みが解消されましたら、このファンデーションで隠しましょう」

「はっはっは! 相変わらずだな、君も! やれやれ、また後輩に結婚を先にされてしまうか! 相手が神野くんとは、まったく、羨ましいぞ!」


「ああ、こいつぁすみません! 土井先輩、天海先輩。お忙しいところを!」


 土井先輩がにこやかな顔で俺の粗相のフォローをしてくれる間に、天海先輩から祝福を受けた。

 2人の経営するアマンドは業績好調。

 今や宇凪市屈指のオシャレスポットとして、その名を轟かせている。



 先輩たちが去って行くのと入れ違いになって、賑やかな声が訪れた。


「はわわーっ! 兄さまが王子様みたいになっているのです! カッコいいです!」

「せやね! 公平兄さんも立派になって、ウチは感無量ですわー」


「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁ」

「ヤメてください、桐島先輩!! 万が一にも衣装が破れたらどうするんですか!?」


 心菜ちゃんと美空ちゃんのパーティードレス姿を見て、心の叫びを解放しようとしたら鬼瓦くんに割とガチのトーンで怒られた。

 大人になってから大人に叱られると、なんだか結構心にくるね。


「心菜ちゃん、世界水泳見たよ! 惜しかったなぁ! 次は一等賞だ! 絶対応援に行くから! 美空ちゃんも遠くから来てくれてありがとう!」


 心菜ちゃんは水泳の日本代表として、世界と戦う日々。

 今年行われた世界水泳にも参加。

 順位は惜しくも5位だったが、やがてはオリンピックと期待するのも無理からぬ話。


 美空ちゃんは地元の関西に帰って、今はアパレル関係の仕事に就いている。

 なんでも、花梨が自分の会社に是非引き抜きたいと申し出ているらしく、しばらくすればまた宇凪市に戻って来ることになるかもしれない。



 お次は俺の親友と、鬼の嫁さんが顔を出してくれた。


「よっ。来てやったわよ、公平! 良かったわね、私がちょうど有休を持て余していて! 本当に、たまたまあんたの結婚式と休みの日が重なって! 偶然だわ!!」

「ふふっ。氷野先輩、半年前から休暇の申請、出してたらしいですよ」


「ちょっ! 鬼瓦真奈! ヤメなさいよ! 別に、そーゆうんじゃないから!!」

「武三さん、これ。桐島先輩のために作った、レモンのはちみつ漬け。忘れてたよ」


「悪ぃなぁ、氷野さん! 今度、お礼に奢るから! 勅使河原さ……じゃなかった、真奈ちゃんもごめんな。リトルラビット閉めてまで来てもらっちまって」


 氷野さんは警察官として、今日も宇凪市の平和を守っている。

 将来は警察官僚になって日本を守るのだと一緒に飲みに行く度に語っているが、相変わらず酒を飲んだ際に自分のスピード違反を取り締まれずにいる。


 勅使河原さん改め、真奈ちゃん。鬼瓦くんと結婚して3年目になる。

 三つ子の子育てに奮闘しながらも、夫婦仲は極めて良好。

 多分、子供がもう3人くらい近い将来増えると思う。



 鬼瓦夫妻の差し入れで体にクエン酸を行き渡らせていると、「ヒュー」と口笛が聞こえてきた。


「よう。桐島! おめでとう! ついにお前が講壇の中の黒子じゃなくて、主役になれる日が来たな! 友達として嬉しいぞ!」

「ヒュー! 公平ちゃん、先に言っとくと、ご祝儀に33333円入れといたの、オレっちだぜぇー! どう頑張っても縁は割り切れねえぜぇー! ヒュー!!」


「おう。すまんな、茂木。まさかインドから駆けつけてくれるとは。高橋は変わらねぇな。受付のお姉さんの苦笑いが目に浮かぶよ」


 俺の数少ない友人、茂木と高橋。

 茂木はインドで社会貢献しながら、カバディの神髄を極めている。

 高橋は去年、堀さんと結婚した。

 披露宴でウェディングドレス着た新婦が瓦割り始めた時は何事かと思ったものだ。



「桐島先輩。そろそろお時間です」

「おう。しかし、なんだな。こんなにたくさんの人がお祝いを言いに来てくれるとかさ。なんつーか、言葉にならねぇ嬉しさがあるな」


 鬼瓦くんは静かに首を横に振ってから、答えた。


「それは、これまで桐島先輩が紡いできた絆の数を考えれば、当たり前の事ですよ。先輩は、本当に多くの人を助けて、励まして、寄り添って来られましたから。そんな恩人の晴れの日を祝福したくない人なんていません」


「鬼瓦くん!!」

「あ、今日はさすがにヤメておきます。一張羅いっちょうらが破れたら冴木さんに何を言われるか」


 鬼神スーパードライ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 花梨の司会で、式はスタート。

 久しぶりに聞く生徒会書記の声は、俺の心を高校時代へといざなってくれるようだった。


 そうか、あんなに忙しくて、面倒ばかり起きて、トラブルに次ぐトラブルの毎日は、もう過ぎていってしまったのか。

 もう、戻れないのか。


 結婚式の最中に後ろを振り返っておセンチになるなんて、俺と言うヤツも無粋な男だと思わないでもないが、あの毎日があったから、今の俺がいて。

 目の前にはやたらと綺麗な幼馴染がアホ毛をぴょこぴょこさせながら、教会式でもないのに無理言って呼んでもらった神父さんの問いを聞き終わらないうちに「はいっ! 誓います!」とフライングかまして会場を沸かせている訳で。


 勝手に終わった、過ぎ去ったと思っていたあの時間が、今もまだ続いている事に気付かされる。

 俺にとって、散々ひでぇ目に遭って、くっそ楽しかった、最高の記憶は過去のものになんてなっちゃいない。


 かけがえのない仲間たち。

 そして、天才美少女な幼馴染のくせに、俺の前でだけ色々な表情を見せてくれる幼馴染とのスキだらけな毎日は、これからも続いて行くのだ。


 俺は、目の前にいる少し落ち着きのない幼馴染に問いかける。


「おう。毬萌。今、幸せか?」


 すると、幼馴染は「にははーっ」といつもの調子で笑って、答える。


「うんっ! とっても幸せだよっ!!」

「そうか。良かった」



 短く答えた俺は、毬萌と唇を重ねた。


 さあ、結婚式が終わったら、次は何をしようか。

 きっと、退屈しない新しい日々が俺たちを待っている。





 ——完。

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