第482話 花梨と散歩と女子中学生応援団

 今日は休日。

 慌ただしい選挙戦も小休止。

 残す選挙期間も来週1週間となっており、花梨のコンディションが心配である。


 疲労はそこまで深刻ではないのではないかと愚考する。

 生徒会の仕事を毬萌と鬼瓦くんが引き受けてくれているおかげで、普段こなしている作業に比べたら、選挙活動の方が楽と言っても良い。


 しかし、疲労の中でもメンタルに関しては話が別である。

 花梨にとって初めての選挙。

 まあ、信任投票しか経験していない俺にとっても選挙戦は初めてなのだが、応援人と立候補者では感じるプレッシャーにも大きな差があるのは当然のこと。


 と言う訳で、今日は珍しく、俺が花梨を家から連れ出すことにした。

 いつになく、準備は万端なのだ。



「じゃあ、1時間後にうちの近所の公園に待ち合わせで良いか?」

『はい! 公平先輩からお誘いなんて、嬉しいです! おめかしして行きますね!』

「おう。花梨は普段のままでも充分可愛いよ」


「なんか最近、公平先輩がちょっと女の子の扱いを覚えてきた感じがします! むぅ、でもこれは喜んで良いのでしょうか……。誰にでも可愛いって言ってません?」

『言ってないよ? 花梨の他には、毬萌と氷野さんと心菜ちゃんと美空ちゃんくらいにしか言ってないよ? あ、この前堀さんにも言ったかも』


『言ってるじゃないですかぁー! もぉー! 先輩、変に女の子に慣れるくらいなら、昔の全然気が利かない頃の公平先輩に戻ってください!!』



 カリン様にバビディのところ行って洗脳されて来いって言われた。



 せっかく可愛いって自然に言えるようになったのに。

 残忍で(残念で)、冷酷だった(エチケットすらなかった)頃の俺に戻れとおっしゃるか。


「でも、ちゃんと俺ぁ思った通りの可愛いしか口に出してないよ?」

『それが問題なんですー!! 公平先輩とは、選挙が終わったら一度、よく話し合わないといけないと思います!! あ、支度しなくっちゃ! では、先輩! また後で!』

「おう。気を付けて来いよー」


 電話が切れたら、すぐに電話をかける俺。

 スマホちゃん、ごめんな。負担をかけるけど頑張って。


「もしもし? おう、俺。こっちは首尾よく事が運びそうだ。そっちにゃ、1時間半後くらいに着くと思う。おう、うん。了解だ。任せといてくれ」


 ふふふ、今日の俺はちょいと暗躍する悪い男なのだ。

 けがれを知らぬ可愛い後輩を、策謀の渦中に放り込んでくれる!

 ふふふ。うふふふ。



「公平せんぱーい! お待たせしましたぁ!」


 息を切らして駆けて来る花梨。

 そんなに慌てなくても俺は逃げないのに。

 足をもつれさせて転ばなければ良いのだが。


「おう。ごめんな、俺の家の近くを待ち合わせ場所にしちまって」

「いえいえー! 公平先輩とこの公園に来るの、2回目ですね! えへへー」


「おう。お、今日も花梨はオシャレだな! 特にピンクのスカート、可愛いぞ! やっぱり花梨は脚が長いから、短いスカートが良く似合うな!」

「そうですかー? ついさっき先輩の可愛いの価値が少し値下がりしましたけどぉー。でも、嬉しいです! 大好きですもんね、ミニスカート! ね、せーんぱい!」



「大好きジャナイヨ?」

「目は口程に物を言うってご存じですか? 先輩、女子って胸とか脚見られてるの、視線で結構分かるものなんですよ?」



 ちくしょう! 大好きだよ!!

 なんだい、なんだい! 褒めなかったらそれはそれで怒られるの、あたい知ってる!!

 年頃の女の子は難しいよ!!



「先輩、先輩! 今日はどこに連れて行ってくれるんですか!?」

「おう。実はな、花梨を応援してくれる強力な助っ人がいるんだよ」

「えー!? どういうことですか!?」

「まあ、行ってみてからのお楽しみだな。ほれ、行こう」


「あ、待ってくださいよぉー! せっかくなので、お隣を歩きたいです!」

「おう。そうか。まあ、歩道も広いし、他の人の邪魔にもならんかな」


 そして、3キロほど春のお散歩。俺がギリ死なない絶妙な距離。

 道中、石丸さんちの梅の花を2人で観賞したり、通りかかった散歩中の柴犬を撫でさせて貰ったり、色々したものだから、思った以上に時間がかかってしまった。


 まあ、今日の主役の花梨が楽しそうだから、それで良いのである。



「あれ? ここってリトルラビットじゃないですか。へぇー、あの道ってこっちに繋がってるんですね!」

「おう。車があんまり通らないのに歩道は広いし、結構良い道だっただろ?」


 ちなみに、バレンタインデーの夜に教頭がくっせぇカビゴンになっていた場所も今の道中にあるのだが、そんな記憶は早く消しておこうと思った。


「先輩? 寄って行くんですかぁ?」

「おう。あ、あーあー! 靴紐がー! ちょっと花梨、先に入ってくれるかー!?」

「え、あ、はい! じゃあ……。こんにちはー」



「せーの!」



「花梨姉さま!」

「花梨姉さん!」


「「選挙活動、お疲れ様です!!」」


 そして登場。

 心菜ちゃんと美空ちゃん!


 実は、昨日心菜ちゃんとテレビ電話をした際、花梨の生徒会長選挙の事を話したら「はわわ、心菜、花梨姉さまを応援したいのです!」と天使が言うもんだから。


 ウルトラソウルをキメながら、2つ返事でオッケーしといた!


「わぁー! なんですか!? あれ、これってサプライズですか!?」

「おう! 2人がな、花梨が頑張ってるって聞いたら、お菓子作ってあげて、応援したくなったんだってさ。ごめんな、秘密にして連れて来ちまって」


「なんで謝るんですか、先輩! 公平先輩とお散歩できましたし、心菜ちゃんと美空ちゃんの可愛い制服姿が見られるなんて! とっても嬉しいです!!」


 そうなのだ。

 心菜ちゃんと美空ちゃん、制服をバッチリ着込んでリトルラビッツになっている。

 これには思わずウルトラソウルをキメたくなるものの、紳士らしく我慢した。


「2人とも、ちょうど焼けたところだよ」

「おう。鬼瓦くん。時間配分ミスっちまったが、問題なかっただろうか?」

「ええ。むしろちょうど良いタイミングでした」


「花梨姉さま! こっちに座ってなのです!」

「せやせや! はよ来てください! 焼きたてが一番です!」


「あはは、引っ張らないでくださいよー! 何が出て来るんですか?」


 鬼瓦くんが鉄板を担いで持って来た。

 肩が普通に触れているけど、熱くないのかい?

 なんて事を聞くのは無粋である。筋肉があついからあつくないのだ。


「さあ、このトングでお皿に載せてもらえるかな?」

「そっちは心菜がやるのです!」

「ほんなら、ウチは仕上げの係やります!」


 心菜ちゃんが慎重にお皿に載せたのは、仲良し天使コンビ特製、焼きドーナツ。

 普通のドーナツと違って、油を使わないから安心。


「仕上げしますー! よっ、ほっ! これでええやろか?」


 そして美空ちゃんが持って来たのは、リンゴのコンポート。

 さらに、お皿の端に生クリーム。

 実に美味しそうな手作りスイーツが完成した。


「花梨姉さま! 食べて欲しいのです!」

「ウチら、鬼神の兄貴に教えてもらったけど、全部自分たちで作ったんですよ!」


「わぁー! すごいです! ありがとうございます、2人とも! はむっ。んー! とっても美味しいですよ!!」


「むふーっ。やったのです!」

「せやな! 作戦大成功や!」


 そこに登場する鬼瓦くん。

 両手には、お皿が3枚。


「はい。2人の分だよ。冴木さんと一緒に食べようね。先輩、こちら、桐島先輩の分です」


「はわわ、食べるのです!」

「実はお腹減ってたんですわー!」

「おう。俺の分まで。すまんなぁ、鬼瓦くん」


「ゔぁい! ごゆっくりどうぞ!!」


 そして厨房に戻り、すぐに天空破岩拳てんくうはがんけんで仕事を始める鬼瓦くん。

 鬼神きっちり。



「はぁー。美味しかったですー。心菜ちゃん、美空ちゃん、本当にありがとうございます! これで元気が充填されましたよ!」


「はわわ! 良かったのです!」

「頑張って下さい! ウチら、応援してます!」


「良かったな、花梨。たまにゃ、こういうのも良いだろ?」



「もぉー。先輩ってば、いつもあたしを驚かせるんですから! 実はイジワルですよね! 知ってましたけどー!!」



 怒っているのに嬉しそうな花梨さん。

 どうやら、休日の過ごし方の最適解の一つを俺は導き出せたらしい。


 応援人の責任も、先輩としての面目も、これでしばらくは保たれるかしら。

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