第479話 中間投票と公平の焦り
討論会から明けて、本日。
放課後、4時になった瞬間、選挙管理委員会が学園の掲示板に中間投票の結果を張り出すことになっている。
前にも言ったが、中間投票はあくまでも任意のもの。
そもそも、討論会だって全校生徒が聴講しに来ていた訳ではないので、この結果が良かろうが悪かろうが、それほど気にする必要はない。
と、分かってはいるものの。
やっぱり気になるじゃないか。
数字として明確に候補者の支持率を見られる機会は、本投票を除けば今回限り。
それを気にすんなと言えるほど、俺のハートは豪胆にできていない。
むしろ、割れやすさに定評がある。
寒い朝、登校中に見つける水溜まりの薄い氷くらい簡単に割れる。
北の方では池がスケートリンクみたいになると言う話を聞いたこともあるし、それに比べたら西日本はなんと過ごしやすい冬だろう。
その分、梅雨や台風シーズンには被害が出る事も多いので、これは意外とバランスが取れているのだろうか。
関係ない話で現実から逃げるな?
ゴッドはさ、すぐそうやって俺を追い詰める。
4時まであと3分じゃん、20秒前までは現実逃避させといて。ヘイ、ゴッド。
「はいはい! ちょっと通して! 選挙管理委員よ! そこのあんた! ズボンを腰で履かない! 風紀委員長の前でよくもぬけぬけと! 誰か、捕獲!!」
「へい!
氷野さんが選挙管理委員長と風紀委員長の仕事を同時にこなしながら登場した。
その器用さと言うか、有能さには相変わらず舌を巻くが、今は何を置いても中間投票の結果。
「松井! 上の方を貼り付けてくれる?」
「分かりました!」
いや、しかし、これはいけない。
俺とて、気が
「みのりん! 俺がやるよ! スカートで台の上にあがっちゃいかん!」
「あ、桐島先輩。平気ですよ? 下に体操服履いてますから!」
「ダメだ、ダメ! 下に何履いてても、スカート覗くことに意義を見出す変態が世の中にゃいるんだ! 俺が代わる! いてぇ! おい、誰だ肩パンしたの!?」
そら見たことか!
息を潜めている変態が、好機を潰した俺に反撃して来やがった!!
俺が副会長の間にゃ、そんな
「公平はホントに、アレね。将来娘が生まれたら、むちゃくちゃウザがられそう」
「なんで!? 俺ぁただ、男として当然の事を!」
「ふふ、私は桐島先輩のそういうところ、好きですよ? じゃあ、代わりお願いしますね」
みのりんが優しい。
繰り返す、今日のみのりんは優しい。
そうだ、そうだ。
氷野さんの初期バージョンみたいに辛辣なスタイルはみのりんに似合わない。
やっぱり、みのりんはこうじゃなくちゃ、痛い!
おい、台の上にのぼってんのに、不安定な俺を蹴飛ばすとか、誰だ!?
「さっさと貼りなさいよ! グズなんだから!」
氷野さんでした。
ならしょうがないな!!
「おっし。上の3ヶ所、固定したぜ!」
「そう。ありがと。それじゃ、下もしっかり貼り付けて、と。助かったわ、公平。じゃあね、私たちは戻るから」
「桐島先輩、ありがとうございました! 失礼しますね」
「おう! 2人も、お疲れさん!」
そしてものすごく自然な感じで視界に入って来る中間投票の結果。
もっと覚悟して見たかったのに。
手伝いしてたらすっかり忘れてた。
しかし、この得票差は……。
「おっかえりー! コウちゃん、どうだったー?」
「帰りが遅かったから心配してましたよぉー」
「桐島先輩。お茶です」
生徒会室に帰還。
氷野さんたちを手伝っていたから遅れてしまったとまず謝罪。
「あのー。もしかして、投票の結果、悪かったんですか?」
「いや、んー。おう、とりあえず、スマホで写真撮ってきた」
それを4人で覗き込む。
ここでゴッドにも分かるように、数値を分かりやすく並べてみよう。
有効投票数、133票。
これは果たして、多いのか、少ないのか。
在校生に経験者がいないため、判断に迷う。
有権者が400人いるので、約3分の1。
そう考えると、まあこの程度が妥当なのかもしれない。
そして、肝心要な各候補者の得票。
3位。黒木ゴンスケ。3票。
感想は特にない。むしろ、よく3票もらえたな、としか言えない。
あと君、そんな芋掘りロボットみたいな名前してたんだな。
2位。上坂元桜子。59票。
1位。冴木花梨。71票。
「おおーっ! 花梨ちゃん、一番だぁ! すごい、すごい!!」
「これまでの選挙活動が評価されている証拠だと僕は思います」
「えへへ。ありがとうございますー」
果たして、これはすごいで片づけて良いものなのだろうか。
上坂元さんの得票が俺の想像よりもかなり多い。
その理由は、どう考えても昨日の討論会の結果が影響していると思われた。
実際、1位を堅守しているからと思う反面、討論会で新風を吹き込ませた上坂元さんにはまだ伸びしろが多いように考えてしまうのは悲観的過ぎるか。
花梨の事は、学園の生徒みんなが知っている。
反面、上坂元さんの事は学園の生徒みんなが討論会で広く認知しただろう。
ならば、浮動票が話題性のある帰国子女に流れる可能性は。
何か、何か対策を講じなければならないのではないか。
「公平先輩? さっきから静かですけど、どうしたんですか?」
「あ、いや、おう! 実はトイレに行きたいのを我慢しててな! すまん、ちょっと俺ぁ、花摘んで来る!」
逃げるようにして生徒会室を飛び出した。
花梨の前で不安な顔をしてしまうとは、俺ってヤツも救いようがない。
とりあえず、学食まで逃げて来たが、逃げたところで現実が変わる訳でもなし。
むしろ、変わるって言うんなら俺は
「……あんた、何してんのよ? え、お腹痛いの? そのうつむき方は、お腹痛いのね!? バカ、なんでこんなとこにいるのよ! 保健室行くわよ!!」
落ち込んでいるところを氷野さんに目撃されてしまった。
しまったついでに後悔する。
男子トイレの個室とかで落ち込んでおけば良かった。
「いや、大丈夫。体調は万全さ。ふふふ」
「今にも死にそうな顔してるけど!? 何よ、どうしたのよ。毬萌に死ねって言われたの?」
「いやね、氷野さんの立場上、こんな事言うのは間違いなく間違いなんだけど、中間投票がさ。花梨が伸びていないと言うよりも、上坂元さんの勢いが強すぎて、あれ、俺ぁこのまま何もしねぇで良いのかなって思っちまって。ほら、俺って一度考え出すと可能性について全部試案しちゃうから。最悪のパターンもチラついて。これじゃ顔に出ちまうと思って慌てて部屋から逃げて来たんだけど。……おう?」
下を向いてブツブツ念仏を唱えていたら、氷野さんがいなくなっていた。
それもそうだ。
まさに日陰に生えた
そもそも、氷野さんは選挙管理委員長。
イチ候補者の応援人である俺が何かしてもらえると思うこと自体がおこがましい。
「……はあ。ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!! 冷てぇ!!!」
「あら、ごめんなさい。なんか、頭の中が沸騰してそうな人がいたから、冷やしてあげた方が良いかなって思ったの。それ、奢りよ」
背中にキンキンに冷えたコーラぶち込まれた俺。
それをぶち込んだ氷野さん。
「言っとくけど、私は選挙に対して不正は絶対に許さないわよ。だから、選挙に関してのアドバイスなんて絶対にしない」
「おう。いや、そりゃあもちろん。氷野さんが正しい。おう」
「ただ、友人と雑談くらいはするわよね。私だって機械じゃないんだから。その友人が、たまたま選挙に関わってたとしても、雑談なら大丈夫じゃない?」
「……おう?」
「普段から人のためにしか頭使わないあんたと、くだらない話でもしてやろうって言ってんの! ……感謝しなさい、バカ平!」
俺ってヤツは、本当にまったく、人に恵まれている。恵まれ過ぎている。
こんなに幸せな事はない。
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