第478話 アメリカ仕込みの策略と苦戦
「自分は今の制服をより魅力的にしたら、女子生徒がもっと輝くんじゃないかと思うんですけど、どうですか!?」
黒木くん、よもやの先陣を切る。
挨拶で滑り倒していてなお、この気概。
そのガッツは凄いと素直に認めようと思う。
俺ならもう、泣きながら体育館を飛び出している事態なのに、まさか女子候補に向かって「制服セクシーにしようぜ!」って提案のできるその胆力よ。
世が世なら、何か妙な事で成功して、微妙に名を轟かせていたかもしれない。
良かった。今が令和で。令和が常識的な時代で。
「女子の制服についてですけど、あたしは今のままでも充分に女子生徒の魅力を引き出してくれていると思います。近隣の学校よりもオシャレだと言う声もよく耳にしますし。なにより、制服を新しくする予算はどこから用意しますか?」
花梨。冷静な判断。
通常ならば「うっせぇ、バーカ!」で終わる愚かな意見を丁寧に拾い、論理的なクッキングをしたのち、お返しにちゃんと質問まで付けてあげている。
限りなく満点に近い回答。
「横から失礼いたしますわ。そもそも、女子の魅力と言うものは、制服に
上坂元さんは切り口鋭く行く様子。
まず自分の意見を述べた上で、その正当性をハッキリさせたのち、相手の意見の根本をねじ伏せる。
優雅な縦ロールに似つかわしくないパワープレイ。
これもまた見事。
「いや、でも、女子の露出が男子のモチベーションを上げる効果もあるんで! 夏服とか、もっと弾けてもいいと思うんですよ!! 脇とか横から見えるアレとか!!」
君はもう休め。意見はしっかり伝わったから。
「あはは。一部の意見はそうかもしれませんけど、全体から見ると、それって極めて少数派ですよね。それを主題にするのはどうかなと、あたしは思います」
「冴木さんのご意見に賛同いたしますわ! そもそも、男子のための女子の露出と言うのは、時代錯誤も
「それでも自分は、女子の夏服はノースリーブが良い!!」
「はい! 議論が白熱してますが、違うお話も聞いてみましょうーっ! そうですねぇー、上坂元さんっ! 何か議題はありますか?」
とにかく頭の悪い黒木くんを毬萌がナイスセービング。
忘れていたが、この子カリスマ持ちだった。
司会をするのが普段俺だから、多分みんなも忘れていると思うけど、毬萌は司会スキルもバッチリ盛り盛りである。
「あたくしが提案してもよろしくって? 冴木さんが身内だからって気を遣わなくても良いのですわよ?」
「あ、いえいえ! 上坂元さん、どうぞ!」
花梨のハンドサインで、上坂元さんも頷く。
「それでは、あたくしがお聞きしたいのは、学園における部活動の在り方ですわ! 聞けば、前政権で大きく同好会の数を減らし、それを当代生徒会も維持しておられるようですが、これは生徒が多様性を持つキッカケの
花梨が一瞬、ピクリと動きを止めた。
俺はステージの端で「あばばばばばば」と泡を吹いている。
これ、想定外の質問だ! しまった、そんなところを突かれるとは!!
確かに、俺たちの代では、天海政権の頃に減った部活動、そして同好会の数を維持していた。
もちろんちゃんと理由もあって、天海先輩が仕分けた同好会には、実際に過剰な部費が支払われている場合が多く、その不公平をなくしたことで、熱心な活動をする部活動に対する援助をより手厚くする事ができるようになった。
俺たちも、せっかくシステマティックに整列させた部活関連をまたひっくり返すと混乱が起きると考えて、前年の方針に沿った経緯がある。
が、生徒にそんな説明はしていない。
よって、今の発言で上坂元さんが一歩踏み込んだ形がより強調される。
不意に花梨と目が合った。
少し不安そうな瞳を見て、俺は我に返る。
泡吹いてる場合じゃねぇぞ。
俺はカニになったんじゃない、応援人になったんだ。
ここでフォローせねば、いつするのか。
とは言え、急に天啓が降って来る奇跡は起きない。
俺は、とにかく花梨の心の平静さを保つことにのみ注力する。
「落ち着け!」「下手に反論せずに、ある程度認めて態勢を立て直そう!」スケッチブックにデカデカと書いた汚い字に、花梨は頷く。
「大丈夫だ、俺がついてる!」とさらに書き連ねると、花梨が少し笑った。
そして彼女は、マイクのスイッチを入れる。
「ご指摘の通り、確かにあたしたち当代生徒会は、新規の部活動、および同好会の立ち上げには積極的ではありませんでした。しかし、それは既に存在している部活動の支援をより充実させるための施策でした」
まずは正攻法で攻撃をいなす。
真っ向から反論していっては、バチバチにやり合った結果、言い負かされました、なんて空気になりかねない。
討論会はこれっきり。
失策は大きく印象となって、俺たちの足を引っ張るだろう。
しかし、上坂元さんの猛攻は続く。
「おっしゃっている事は理解できますわ。でも、それでは新しい可能性がいつまで経っても生まれてこないのではなくって? あたくし、先日から文化部の同好会を巡らせて頂いておりますが、特に文科系の部活には注力したいと思いますの!」
論点を絞り、
これこそディベートの必勝法の一つである。
「口ごもるのはまずい!」「どうにかこちらの意見にも説得力を!」
なんという情けないカンペだろう。
じゃあ、その説得力をてめぇで出してやらんかい、と自分に腹を立てる。
「役立たずでごめん!」
ついにはカンペでごめんなさいを言い始める始末。
もうダメだ。俺、今すぐここで倒れようかな?
いや、討論会、中止になるかなって。
俺がそんな訳の分からん思考の迷路でアタフタしている間にも、上坂元さんの攻撃は続く。
が、俺の心配をよそに、花梨もどうにかしのいでいる。
「部活動に関しては、来年度の生徒会であたし達も考える余地があると思います」
「あら、あたくし達の考えをお認めになられるのかしら?」
「はい!
「……あら。そう言われてしまいますと、あたくしもこれ以上はまくし立てられませんわね。ここは、お見事と言っておきますわ! おーっほっほ!」
その後、各々が用意した資料をプロジェクターで投影して、来年度の予算編成や、企画の立案などが展開された。
この点に関しては、花梨の方に分があったと思われる。
1年間のキャリアを持つ花梨に対して、学園生活2ヶ月の上坂元さんのプランは少し薄いと感じた。
が、それ以上に、部活に関する意見の対立が生徒にどう映ったのか。
花梨も街頭演説で部活については触れてきているので、逆効果になりはしないか。
客観視すると、新風を吹き込んだ上坂元さんの印象は強く残っただろう。
「はいっ! それでは、残念ですがここでお時間です! 3人とも、ありがとうございました! 皆さん、拍手で見送ってあげてくださーいっ!!」
そして、討論会は幕を閉じた。
俺は、すぐに花梨の元へと駆け寄った。
「すまんかった、花梨! まさか部活に関して突かれるとは思いもしねぇで……! ごめんな。俺が不甲斐ねぇばっかりに、心細い想いさせちまったな」
花梨は首を横に振る。
「先輩、先輩! あたし、先輩が必死にアタフタしてくれてるところ見ていたら、なんだか元気が湧いてきたんですよ! えへへ、だから謝らないで下さい!」
そうだ。今は終わった事より先の事を考えねば。
中間投票は現時刻から明日の放課後までに行われる。
その結果を見て、身の振り方を考えなければならない。
「あたし、まだまだへっちゃらですよ! だって、公平先輩と一緒なんですもん!」
この大切な後輩の頑張りを無駄にしてなるものか。
この大事な後輩の信頼を裏切ってなるものか。
今こそ、花梨より俺が1年先に生まれて来た意味を見出す時だ。
俺は自分に改めて言い聞かせた。
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