第418話 毬萌とお家で遅れて来たクリスマス

 今日は12月28日。

 今年も残すところあとわずか。


「ちょいとあんた! 出かけるんなら、帰りにカニ買って来とくれ!! お正月用の!!」

「出かけるって言っても毬萌んちなんだけどなぁ。分かったよ、金ちょうだい」

「そこはほら、あんたのポケットマネーから出しときな!」


「だろうと思ったよ! 正月にカニなんて食った事ねぇもんよ!!」

「思ったんなら素直に金出しな!!」

「言い方ぁ! それが子供に対する口の利き方かよ!!」



「何言ってんだい! これが母さんのスタンダードだよ!! バカな子だね!!」

「そうだったよ! 俺ぁ何を期待してたんだろうな! バカな子だよ!!」



 結局、帰りにカニカマ買ってくると言う事で母さんとの折り合いがついた。

 来年の正月はおせち料理食えるのかなぁ?


 うちのおせち料理のグレードは、父さんにかかっている。

 もはや言うまでもないだろう。

 パチンコ? 残念でした。違いますー。ゴッド、間違えてやんのー。


 競艇だよ。


 3000円握りしめて、毎年「今年の不運は出尽くしたから、今日は10倍にして帰ってくるからね! 待ってろ、公平!」と父さんが出動する。

 そして、夕方になって「まだ今年の不運残ってたよ……」と、するめジャーキー片手に帰って来るのがうちの年末。


 ただし、4年に一度くらいガチで30000円にして帰って来て、3段重ねのおせち料理にありつける事があるから油断ならない。

 ああ、カズノコが食べたいなぁ。


 何はさておき、毬萌の家に到着である。

 約束の時間キッチリに来いと言うから、約束の時間キッチリに来た。

 呼び鈴を確認。


 良し。ビリビリコウちゃん1号は付いてないな!!


「みゃーっ! コウちゃん、いらっしゃーい!! メリー!! なのだぁ!!」


 そこには、先週ショッピングモールで買ったサンタ服を着た毬萌が待っていた。

 アレである。ショーウィンドウに飾られているヤツと、実際に人が着たヤツでは、見た目が結構な勢いでアレである。

 それにしても、ネコミミまで装備しているとか。

 やっぱりもう、アレである。



 ちくしょう! 可愛いじゃねぇか!!!



 ナニがアレしなくても毬萌は可愛い。

 認めよう、可愛いよ。

 でも、今日はくそ寒いのに、肩とか太ももとかがアレしているもんだから、破壊力が桁違い!!


「上がって、上がってー! さあさあ、わたしのお部屋にゴーなのだっ!」


 今更だけども、毬萌の部屋は2階にある。

 つまり、階段を上らなければならない訳であり、その家の住人である毬萌に先導されるのは、もはやお宅にお邪魔するマナーと言っても良い。

 今更な事を今更言う理由?



 ちょっとだけ目線を上げると、アレなの!!

 緑のヤツが、ライトグリーンのヤツが、チラッと、アレなの!!!

 言えねぇんだよ! 今は色々厳しいから!! 察して!!



「毬萌! ちょ、ちょっと、俺ぁ、お前が部屋に行ってからで良いわ!」

「ほえ? ちょっとコウちゃんが何言ってるのか分かんない」


 分かれよ!! 俺のオブラートに包んだ警告を!!


「いや、ほれ、な? ……スカートの丈が短ぇから」

「…………? みゃ、みゃっ!? こ、コウちゃん! いつから見てたのっ!?」

「い、いつからってお前!!」


 最初っからだけど!?


「コウちゃんのむっつり! べ、別に見ても良いけど! でも、無断で覗くのはルール違反だよぉ!!」

「ルールが分かんねぇよ! そして見ちゃダメだと思う!!」


 まさか、部屋に入るまでにこれほどの時間を要するとは。

 階段の途中で何してんだよ、俺たちは。



「お、おお、おおおー。こいつぁ、頑張ったなぁ、毬萌……!!」


 毬萌の部屋の中は、まだクリスマスが続いていた。

 雪を模したモコモコ。綿かな?


 あと名前は知らんが、クリスマスカラーの輪っかの飾り。

 ほら、小学校でお楽しみ会する時とか、折り紙切ってノリでくっ付けて作るヤツ。


 そしてテーブルの上にはロウソク。

 しかもなんかいい匂いがする。

 これ、アロマキャンドルとか言うヤツだ!!


 女子力なんて皆無で、色気のある雰囲気作りなんて知ろうともしなかった、あの毬萌が、この空間を作り上げたと言う事実。

 これは結構、胸に刺さるものがある。


「……コウちゃん? 目を閉じて、どしたの?」

「おう。なんつーか、こういうの、良いなぁってな」


「みゃーっ……。わたしのパンツ思い出してるんだ?」

「お前は自分で作り上げたステキ空間を台無しにしようとするなよ!! 感動してんだよ!! 俺のためにこんなに準備してくれたのかと思って!!」

「にははーっ! そうだったのかぁー。んじゃね、コウちゃん、あのね」

「おう。どうしたよ」


「ギュってして?」

「……おう?」


「ハグって言うヤツ! アメリカのドラマでヒロインと主人公がするヤツ!!」

「えっ、だってお前……。その恰好だと……」


 布面積が狭くて、おまけに薄いくせに結構な値段のする毬萌のお召し物。

 こんなもん、色々と感触が!


「わ、わたしだって、頑張ったご褒美、欲しいもんっ!」

「ぐぅぅぅ。お前、それは反則だって言ってんだろ! くそ、どうなっても知らんからな!!」

「みゃっ!? …………っ!!」


 小柄な毬萌の体は、まるで俺が抱きしめやすいサイズで出来ているかのようだった。

 両手で背中に手を回すと、完璧なまでにフィットする。

 鼻先をくすぐるシャンプーの香りが、やたらと気になる。


「も、もう良いだろ!?」

「……うんっ! とりあえず、今はこれくらいで許したげるのだっ!!」


 俺が心臓まで弱かったら、危ないところだった。

 幼馴染抱きしめて死ぬとか、末代まで語り継がれてしまう。



「じゃあ、コウちゃん! 食べよーっ!!」

「おっ、腹空かせて来いって言ってたもんな! ケーキか!?」

「ぬっふっふー! じゃーん!! マカロンの山盛りなのだぁーっ!!」


「ま、マカロン……だと……?」


 てっきりスポンジ買って来て、生クリームで頑張ってデコレーションしたケーキが出て来ると思ったのに。

 こんなオシャレなスイーツ作れるようになったって言うのか?

 あの毬萌が!?


「にへへっ、実はね、武三くんのお母さんに習ったんだぁー!」

「鬼瓦くんじゃなくて?」

「だって、武三くんに習ったら、コウちゃんにバレちゃうもんっ! 仲良しさんだから!」


 天才かよ。


「そんじゃ、12月に入ってからたまに留守だったのも?」

「うんっ! リトルラビットに通っていたのだ!! ほら、食べて食べて!!」

「お、おう。しかし、すげぇ種類があるな。こりゃあ迷うぞ」

「じゃあね、緑のヤツがおススメだよっ!」

「ぐっ。お前、俺が抹茶系の菓子苦手なの知ってんだろ?」

「いいから、食べてみてっ!!」


 毬萌サンタに勧められては仕方がない。

 苦手とは言え、食えない事もないのだから、彼女の意向に従うのが筋だろう。

 こんなに手を尽くしてくれたんだから。


「んじゃ、いただきます。……お、おお!? これ、メロン味だ!! うめぇ!!」


 毬萌の笑顔が弾ける。


「でしょ!? コウちゃんメロン好きだからさ、一生懸命覚えたんだよ! メロンをピューレにしてね、バタークリームとホワイトチョコを合わせてー」


 一生懸命メロンマカロンの誕生秘話を語る毬萌。

 アホ毛がぴょこぴょこと動いているのをぼんやりと眺める。


「もうっ、コウちゃん、ちゃんと聞いてる!?」

「おう。すまん、上の空だった」

「なぁーんでぇー!? コウちゃんのために作ったのに! 何考えてたのっ!?」



「毬萌ってこんなに可愛かったんだなって」

「みゃっ!?」



 自分でも驚く、イケメンにしか許されないストレートな言葉。

 毬萌はアタフタ。

 右を向いたり左を向いたり、顔を手であおいだり、アホ毛をぴょこぴょこさせたり。


 そんな毬萌の頭に手を伸ばして、そっと撫でてやる。

 アホ毛とネコミミに当たらないように撫でるのは結構大変である。



「こ、コウちゃん……?」

「ありがとな。俺のために頑張ってくれて。すげぇ嬉しいよ」



「こ、コウちゃんは、ホントにそーゆうとこあるよねっ! まったく、急にそーゆうとこ出すんだから! まったく、コウちゃんにはまったく困ったものなのだ!!」

「お、おう、そうか!? いや、俺も、なんつーか、ちょっとテンションが上がって、アレがナニしてな! お、おう、マカロンもっと食べようかな!?」


「わ、わたしも食べる! あーむっ! んー。おいひー!」



 照れるくらいならやるなって?

 バカだなぁ、ヘイ、ゴッド。


 恥ずかしくたって、相手の誠意には真心をもって応じるべきだろう?

 そのくらい、俺だって知ってる。

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