第416話 天使たちと氷野さんとパリピ

「まあ、入んなさいよ。初めて来た訳じゃないんだし」


 氷野さんがエノキタケによる居城お宅へ侵入のくだりを覚えてくれているなんて。

 キノコでも頑張ってみるものである。

 そうとも、日の光を浴びる事のないキノコだからこそ、夜には美しく輝くのさ。


「おじゃましぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」

「なんで自然な感じで私の部屋に入ろうとしてんのよ!? 普通リビングに行くでしょ!? どうなってんのよ、あんたの頭の中!!」


 絶賛パリピ中なので、メイン回路は遮断されております。


「いや、だって、毬萌んちに行くときはだいたいあいつの部屋に行くし」

「きぃぃっ! 羨ましいしけしからんわね!! 今度写真撮って来なさいよ!」


 風紀委員長が盗撮を俺に命じてきて困る。


「あと、花梨の家はアレだな。家って言うか、俺にとっては一種のアミューズメント施設の枠に入ってるから、女子の家って感じがしねぇんだよな」

「……それに関しては同意せざるを得ないわ。私、あのお宅のトレーニングルームにだけは二度と入らないって決めてるの」


「姉さまー? 公平兄さま来たのです?」

「ええ。ぐずのバカ平……公平兄さまがやっと来たわよ。エレベーターの乗り方が分からなかったんですって」


「はわわ! だったら、今度心菜が教えてあげるのです!!」



 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!



 もう俺、心菜ちゃんにエレベーターの乗り方教えてもらったら、一生階段使うことにする。

 だって、そうしたら心菜ちゃんとの思い出はずっとそのままだろう?


 それ以上の理由が必要かな?


「公平兄さん、遅いですわー! もうお腹がへってもうて、さっきからグーグー言ってますー」

「こいつぁ俺としたことが。申し訳ねぇ。今すぐ手を洗ってくるよ!」

「ちょっ! まっ、待って公平! こんのぉ、乙女ばかりの家のバスルームに気軽な感じで行くんじゃないわよっ!!!」

「大丈夫! 氷野さんの下着を見てもなにも感じねぇと思う! ひゃぁぁぁぁおぅ」


 氷野さん、すっかり元気になって。

 俺の尻も喜んでいるよ。ああ、これが氷野さんの蹴りだったねってさ。


「はわっ! 兄さま、行っちゃダメなのです! こ、心菜のヤツも、あるのです……」



「氷野さん、台所で手を洗う不作法を犯しても良いかな!?」

「ものっすごい良い顔してるのがとても腹立たしいけど、どうぞ!?」



 天使のお召し物があるバスルームに近寄るなんて、恐れ多いにも程がある。


「ちなみにウチの下着もありまっせ! 心菜ちゃんちにお泊りした時用のヤツが!!」

「よぉし、俺ぁ何があってもバスルームにゃ近づかねぇぞ!!」


 心菜ちゃんの住むこの部屋は既に聖域サンクチュアリであるが、さらにその中でも聖域があるとな。

 これは初心者冒険者ではとても太刀打ちできないだろう。

 おう。俺ぁパリピ。パーティーを楽しむことに全てを賭ける男。



「来る途中に買って来たんだが、ファミチキ。みんな食べるかな?」

「むっ。公平のくせに気が利くわね。ポテトサラダは美空ちゃんが作ってくれて、ケーキは心菜が焼いてくれたんだけど、チキンはなかったのよ」

「そいつぁ良かった! いっぱい買って来たんだ! 遠慮なく食ってくれ! ……ところで氷野さんは、何を作ったのかな?」



「それが、二人が座っててって言うものだから、飲み物の用意くらいしか」

「そいつぁ良かった!!!!!」



「はわわ、メリークリスマス、なのですー!!」

 心菜ちゃんがシャンメリーの蓋を開ける。

 笑顔がとっても可愛い。

 楽しいよね、あの蓋をポンッとやるの。うん、可愛い。


「さあさあ、兄さんもグラス持って下さい! 心菜ちゃん、準備ええで!」

「はわわ、心菜が言っても良いのです?」

「もちろんよ! 公平だって頷いているわ。ヘドバンし過ぎて首が取れそう!」


 心菜ちゃん、少し緊張した表情に変わり、グラスを掲げて一言。



「かんぱーい! なのです!!」


「「「かんぱーい!!!」」」


 そして宴が始まった。


「ポテトサラダ、美味いなぁ! 美空ちゃんも料理上手だったのか!」

「へっへー! おおきに、兄さん! 隠し味は醤油なんです!」

「なるほど、勉強になるな」


「せっかくだから、ゲームをしましょう。ロシアンフリスクよ! 今から公平の買ってきたチキンに、黒コショウを振るわ。だけど、ひとつだけ粉末のフリスクなの! ふふふっ、楽しそうでしょう!?」


 氷野さんが実にパーティーを堪能している。

 でなければ、こんな頭の悪い発言はしないはずである。

 黒コショウとは名前の通り、黒い。

 対してフリスクは、まあ当然のことだけど、白いよね。


 まさかのオープンリーチである。


 しかし、まかり間違って天使コンビに当たりが行ってはいけない。

 つまり、俺が振り込めば全て丸く納まる、と。


「よ、よーし、そんじゃ俺ぁ、こいつを頂こうかなぁ?」

「あら、それで良いの? ふふふっ、それが危ないかもしれないわよ? ふふっ」


 知ってるよ。危ないのはこれだよ。


「いただきます! げふぇ、えふん、えふん……。結構かかってたなぁフリスク」


「ぷっ! あはは! 見た、二人とも! 公平のあの顔! はー、おっかしー!!」


「はわわ! 姉さま、とっても楽しそうなのです!」

「せやな! 多分、二人が仲良しやからやと思うで!」


 その後、俺が即興で作ったパスタを振舞ったり、クックパッドで仕入れた知識で、絶品のポテトサラダを絶品のハッシュドポテトにしたり。

 俺も一応の活躍をしたところで、本日の主役が登場する。


「あんまり上手にできなかったのですー。でも、一生懸命作ったのです!!」



 心菜ちゃんの手作りケーキがご降臨あそばされた。

 皆のもの、頭を下げるのじゃ。



 確かに、例えば鬼瓦くんの作るケーキなどとは比較にならない手作り感。

 クリームはガタついているし、カットしたイチゴのサイズもバラつきがある。


 で、それが何か問題でも?


 心菜ちゃんが、俺たちのために作ってくれた、オンリーワンの一点もの。

 そんなケーキが食べられるのに、不平をのたまうヤツなどいるのだろうか。

 俺にはまずそんな発想が出てこない。


「むちゃくちゃ美味しそうだぞ! 頑張ったなぁ、心菜ちゃん! 大変だったろ?」

「そうね、内緒にしたいって言うから覗かなかったけど、こんなに立派なケーキを1人で作るなんて……姉さま、感動よ!!」


 心菜ちゃんの特大爆弾投下まで、あと3秒。



「はわわ! 公平兄さまと、姉さまに食べてもらいたくて、頑張っちゃったのです!!」



「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」」


 ウルトラソウルってシンクロでキマる事もあるのね。

 体をそり返しながら、氷野さんとハイタッチ。器用な事をするなぁ。


「切り分けはウチに任しとき! 心菜ちゃんやと落としてまうかもしれへん!!」

「むすーっ。そんな事ないのです!」

「あはは! せやったら、一緒に切り分けよ!」

「はいです! 兄さま、姉さま、待っててなのです!!」


「心菜ちゃんが言うなら、俺は10年でも20年でも待つよ」

「あら、奇遇ね公平。私もまったく同じ気持ち」


 俺たちの覚悟が杞憂になり、数分後には心菜ちゃんのとびきり美味しい手作りケーキをご馳走になった。

 その時の描写は差し控えることにする。


 だって、「うめぇ」と「あぁぁぁぁい」しか言ってないから、俺と氷野さん。



 そして宴もたけなわ。

 始まりから終わりまで。延々えんえん宴はたけなわなのだが、お時間午後9時過ぎ。

 さすがに男の俺はおいとまする時間である。


 今日は泊っていくらしい美空ちゃんと心菜ちゃんにサヨナラを言って、俺は玄関へ。

 そして、氷野さんが「エントランスまで送って行ってやるわよ」とついてきた。


「いやぁ! マジで楽しかった! ありがとう、氷野さん! 俺ぁ、こんなに楽しいクリスマスイヴなんて初めてだよ!!」

「そ、それなら、まあ、誘ってやって良かったわよ」

「おう! 感謝も感謝、大感謝だぜ!」



「私も、公平を呼んで正解だったと思ってるわ……。あの子たちもすごく喜んでくれたし。……あんたって、人を笑顔にする才能あるわよね」

「そうかな? 普通にしてるだけなんだけど。ああ、俺の間抜け面のせいかもな!」


「ぷっ! 自分で言うのね。……その、また、来なさいよ。今度は、何か別のパーティーするから、さ。……あ、違うわよ!? あの子たちが喜ぶから!!」


「おう! ぜひ誘ってくれよ! すぐに駆けつけるから!!」



 氷野さんの言った、俺の才能。

 本人に全く自覚はないのだが、それは本当なのかもしれない。


 彼女が少し口を尖らせた笑顔で俺を見送ってくれる。

 あんな表情の氷野さんは初めてである。


 いや、そう考えるのは厚かましいか。

 こんなレアケース、聖夜の奇跡に決まっている。


 ありがとよ、サンタクロース。

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