第318話 閉会式とMVP

「あーっ! 花梨ちゃん! 足、どうだった!? 大丈夫!?」


 グラウンドに戻ると、諸々の準備が終わろうとしていた。

 これは悪いことをした。

 実行委員ではないとは言え、生徒会の副会長である俺。

 テントの撤収作業くらいには参加するべきであった。


「んーん。コウちゃんが居ても邪魔なだけだから、平気だよっ!!」



 お前、人の心を読んだうえでよくそんな酷いこと言えるな!?



「んっとね、これは合理的な考えによるものだから、個人の思想を加味するのは得策じゃないのっ! 仕事に私情は禁物なのだ!!」



 俺、全然喋ってないのに。ヤメてくれない?



「すみませんでした! ご心配をおかけしちゃいました! もう全然問題なしです!」

 しょんぼりする俺の横で、笑顔を取り戻した花梨が笑う。


 やっぱり、うちの女子たちの笑顔は良い。

 彼女たちが笑うだけで、世界が少し明るくなったかのようにすら思われる。

 そして、これはきっと誇張ではない。


「いや、なに! 気にすることはない! 運動に怪我はつきものだからな! ああ、冴木くんの抜けた穴は、私が埋めさせてもらったぞ! 少々力不足だがな! はっはっは!」

「こいつぁ申し訳ないっす、天海先輩。俺だけでも早いとこ戻ってりゃ」


「いや? 桐島くんは居ても居なくても変わらんな! ああ、違う、場の雰囲気は良くなるから、意味はちゃんとあるな! 空気清浄機くん!! これは失礼した!!」



 天海先輩。俺、人間です。



 仕方がないので、テントの撤収作業から俺も撤収。

 邪魔にならないように隅っこで、閉会式に使う音響設備を点検する。

 と言っても、朝使えたものが夕方になって急に使えなくなるはずもなく、マイク片手に「あー。テス、テス」とやったらその作業も終わってしまった。


「せーんぱい! 麦茶どうぞ!」

「おい、バカ、花梨! 動いちゃダメだろ!? 捻挫こじらせたらどうする!?」

「あはは! 公平先輩、大袈裟ですよー! ちょっとうちのパパみたいです!」


 そう言えば、花太郎パパが花梨の怪我を知ったらどうなるのだろうか。

 きっとお抱えの医師とかいるんだろうな。


「オーウ! ドスケベ! ノー、言い間違えマッスル! コウスケ!」



 出たな、セックス野郎。



「誰がドスケベじゃい! あとお前! 俺ぁ公平だ!!」

「オーケイ、コウスケ! 本当に、あっちもこっちもガチガチね! そろそろ閉会式始めるから、いらっしゃいマシーンって天海パイセンが言ってたヨ!」

「あ? ああ、そうか。そいつぁ伝言、ご苦労」

「キュートな後輩ガールとしっぽりやってるところ邪魔できたから、ワタシも一本満足バーね! このドスケベ! イギリスなら逮捕されてるヨ! アデュー!」


 セッスクくんと天海先輩の交友関係の謎は深まる。

 どうして彼らは仲が良いのか。

 あと、アデューってフランス語じゃなかった? 俺の気のせい?

 まあ、セッスクくんだからな。彼にゃ国境なんてあってないようなものか。


「花梨、歩けるか? ぼちぼち準備が済むんだとさ」

「んー。歩けますけど、ここは怪我人特例で、手を引いてもらえますか?」

「……やれやれ。今日だけ特別サービスだからな?」

「はーい! えへへ。公平先輩の手、やっぱり大きいですね」

「真っ白だけどな!!」

「それでも、おっきくて、温かくて、安心します」


 ホワイトアスパラガス、ついに安心感を手に入れる。

 この調子でいけば、グリーンアスパラガスになれる日も近いか。



「えー。それでは、体育祭の閉会式を行いたいと思います。まずは、この祭を盛り上げてくれた実行委員に拍手を願います」

 俺が言い終わるのを待たずして、割れんばかりの喝さいが響く。

 こういう協調性が高いところ、俺は好き。うちの学園もなかなか素晴らしい。

 好きを通り越して、いっそセクシーだね。


「では、続いて、教員の代表挨拶です。巻きでお願いします」


「学園長! あなた、閉会式は譲りますよとか言っていたじゃないですか!?」

「いや、だって教頭! 僕、開会式で結局喋ってないんですよ!?」

「それはあなたが必要のない事をしていたからでしょう!」

「僕は胸毛をむしられましたよ!?」

「ボクは髪を抜かれましたよ!!」


 おっさんたちが不毛な争いを始める。

 特に教頭は本当に不毛なのだから、ちょいと控えて欲しい。


「生徒指導の浅村です。今年も大きなアクシデントなく、それぞれが良い思い出を作れたこと、非常に喜ばしいですね。明日は休校になりますが、羽目を外さず、体力の回復、体調を整えるために使って下さい。以上」


「浅村くん!? 君ねぇ! 抜け駆けは良くないと思うんだけどねぇ!?」

「教頭先生の言うとおりだよ! 浅村先生は胸毛むしられてないでしょ!?」


「はい。ありがとうございました。えー。それでは、最後に、生徒会長による、MVPの発表に移りますんで、学園長と教頭は朝礼台から降りて下さい」


 おっさんたちがしょんぼりして去って行った。

 恐らく、しばらく見かけないだろう。

 さらば、ちょび髭と嫌味ハゲ。また逢う日まで、壮健そうけんなれ。


「みなさんっ! お疲れさまでしたーっ! えっと、毎年恒例のMVPですが、今年は二年連続! 土井鉄太郎先輩に決まりましたーっ! みなさん、拍手ーっ!!」


 満場一致、誰も不服を申し立てる隙さえもない、完璧な選出。

 今年も土井先輩は華麗であった。

 来年、この方がいない事が実に残念。


「それでは、土井先輩に一言お願いしようと思います。……先輩、マイクっす」

 颯爽と朝礼台に上がる土井先輩にのそのそとマイクを配達する俺。

 気配を消すなら任せとけ!


 が、退散しようとした俺の肩を、土井先輩ががっちりキャッチ。



 えっ!? えっ!? 何されるんですか、俺!?



「まずは、過分極まる栄誉をたまわったこと、感謝いたします。その上で、本年のMVPは辞退させて頂こうと思うのです」

 会場が「えーっ!?」とざわつく。


 俺も同感。えーっ!?


「運動が得意ではないのに、一生懸命誰かのために走り回った、彼こそが今年のMVPに相応しいのでないでしょうか!? ねえ、桐島くん!!」



 会場が静寂に包まれた。



「ど、どどどどど、土井先輩! そりゃあいくらなんでも、無茶ですって!!」


 下手をすると暴動が起きる!

 土井先輩と俺じゃ釣り合いが取れるとか、そう言う次元の話じゃない。

 例えば、天秤てんびんの片方に俺が乗ってて、反対側に土井先輩が乗ったらば、俺は反動で月まで飛んでいくだろう。


「……副会長! おめでとう!」「確かに、今年は色々と楽しませてもらったわ!」

「印象に残った競技、全部あんたが出てたよ!」「ゔぁぁあぁぁぁぁあぁっ!!」

「後輩のピンチを救ったの、カッコ良かったです!」「ゔぁあぁぁぁあぁっ!!」


 だが、意に反して、少しずつ手を叩く音が。

 それが拍手に変わり、いつの間にか大盛り上がりを見せ始める。


 あと、鬼瓦くん。

 こっそりとサクラしたつもりかもしれんが、バレバレだよ?



「これでも辞退なさいますか? 桐島くん?」

「ぐっ……」


 さすがは土井先輩。こうなる事までお見通しだったって事か。

 おっしゃる通り。

 この状態で「お花を摘みに」と逃走するのは不可能。


 やれやれと、俺はマイクを受け取った。


「あー。えー。その、俺みたいなもんがMVPとか、申し訳ないっす! ええと、なんつーか、ぜひ皆さんも来年はMVPを狙って……いや、違うな」


 ほらぁ! 予定にない事させるから、しどろもどろだよ!!


 そんな俺を助けてくれるのは、大切な幼馴染。


「つまり! わたしの選んだ副会長は凄いのですっ!! みなさんも、コウちゃ……副会長に負けないように、来年もたくさん思い出を作って下さいねっ!!」



 大盛況のうちに、閉会式は終わる。

 毬萌と目が合うと、にんまり笑ってアホ毛がぴょこぴょこ。



 まったく、これじゃいつもと逆じゃないか。

 こいつは参った。




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