第20話 毬萌とUFO

 普段から、それはもう毬萌に振り回されている俺である。

 ならば、時には反撃したいと思うのが人情。

 毬萌をからかって、日頃のストレスを発散させるのだ。



 生徒会の仕事を終え、並んで帰る俺と毬萌。

 俺の家と毬萌の家は、自転車で5分ほどの位置関係にある。

 少しばかり遠回りになるものの、毎日毬萌を家まで送り届けるのが俺の役目。

 まったく、手のかかる幼馴染だ。


 そんなに面倒なら、一人で帰らせたらいい?

 逆に、幼馴染を家まで送り届けない理由が知りたい。

 一応こいつも女子だぞ。

 薄暗い道を一人で帰らせられるものか。


 公園の前を通過するタイミングで、俺は例の作戦を発動させることにした。

 からかうのだ。毬萌を。


「おい! あれ、UFOじゃねぇか!?」

「みゃっ!? どこ、どこっ!?」

 フフフ。キョロキョロしておるわ。

 もちろん、嘘である。


 毬萌は何故だがUFOをはじめ、世界で不思議現象として扱われている事象を無条件で信じ込んでいる。

 だから、こうやっておもむろに空を指さして叫んでやれば、自然とこうなる。

 キョロキョロする仕草が大変可愛らしい。


「どこーっ!? ねね、コウちゃんっ! もう消えちゃった!?」

 とは言え、いつまでの空を見上げて、上の空で歩かせては足元が危険。

 上空から毬萌を呼び戻す必要がある。


「はははっ。嘘だよ、嘘。んなもん、いるわけねぇだろ?」

 この不用意な言葉が、毬萌に火をつけるとは。

 我ながら、うっかりが過ぎる。


「コウちゃん! ちょっと聞き捨てならないよっ!」

 ぷっくりと頬を膨らませた毬萌も可愛かったが、それを堪能したのは最初の数秒であった。


「UFOの存在を完全に否定する根拠は、まだ見つかってないんだもんっ!」

「おう。そうか。そりゃあ大変だ」

 適当に相槌を打ったものの、打ったのは毬萌の着火装置のボタン。


「コウちゃん! ……ちょっと、そこのベンチに座ろっ!」

「嫌だよ。俺ぁ腹減ってんの。……おう。……Oh」

 毬萌に腕を掴まれて、俺ったら身動き取れねぇでやんの。

 自分の非力さに泣けてくる。


「まず、コウちゃんはUFOって何の事か分かってるのかな?」

 ベンチで毬萌先生の特別講座が始まってしまった。

 こうなると、毬萌の気が済むまでご高説は終わらない。


「……なんか、よく分からんけど、空飛ぶ円盤?」

「ダメ! 全然説明できてないよっ! 15点!」

「す、すまん。……低いなぁ得点」

「コウちゃんじゃなかったら、マイナス30点だよっ!」


 まさか、温情采配でこの得点だったとは。

 バナナが凍って釘を打てるレベルのマイナスに俺は恐怖した。


「まずね、unidentified flying objectの略称がUFOなのっ! はい、コウちゃんも言ってみて! ちゃんとした発音でねっ!」

「ええと、あー。……ウニ」

「ダメっ! 5点!!」


 ついに俺の持ち点がゼロ地点に急接近。

 だって俺、英語は苦手なんだもの。

 せめて、スマホを使わせてくれよ。

 そしたら、魔法の言葉で答えが分かるのに。

 え? そんな便利な言葉があるのかって?



 あるよ。「オッケー。グーグル」って言ったら、大体の事が解決する。



「未確認飛行物体ってよく言うけど、これは本来航空用語でね、ミサイルとか戦闘機の事を指す場合が多いの。さっきコウちゃんが言ったのは、フィクションの方だね!」

「いや、おう。フィクションって言うか、嘘……」

「ただ、フィクションって言っても、実際に『UFOが存在しない』事を証明するのは今の科学では不可能なの。だから、フィクションの方って言うのも変だよね!」


 帰り際に中庭でカロリーメイト食わせたのがまずかった。

 その栄養が丸々、天才モードの起動に使われているじゃないか。

 こんなに熱の入った毬萌は滅多にお目に掛かれない。

 レア毬萌である。いやさ、SSR毬萌である。


 そして、更に毬萌先生のUFO講座は30分続いた。

「でねっ! ニューハンプシャー州では1974年に、実際にUFOの搭乗員と出会った事件があって! あ、宇宙人って表現はちょっと決めつけてる感じでわたしは好きじゃないんだけど!」


 ちなみに、その間に俺の持ち点は底をつき、現在マイナス80点。

 常人ならば、多分その5倍は行っているだろう。

 そして俺は、未確認飛行物体と未確認生命体について、かなりの知識を得ていた。

 その知識が今後の人生で役に立つと思えないのが実に残念。


 興奮気味に解説する毬萌は結構可愛い。

 しかし、結構可愛い程度で我慢するには俺の集中力も限界を迎えようとしていた。


「それでね、次は!」


 その時、キューと小動物の鳴き声のような音がした。

 それが毬萌の腹の虫だと気付いた俺は、電光石火の早業に打って出た。


「おい、毬萌! 腹減らねぇか!? そこのコンビニで唐揚げを買ってやろう!」


「みゃっ!? ホントに!? 食べるーっ!!」



 よっしゃ、釣れたぁぁぁぁぁぁぁっ!!



「おう、2つ買っても良いぞ! さあ行こう! それ行こう!!」

「あれ? 何の話してたっけ?」


 燃料切れで、アホの子がひょっこりこんばんは。

 アホ毛がピョコピョコ動いている。

 今日ばかりは出てきてくれてありがとう、アホの子モード。



「あーむっ。んー! ジューシーだねぇー! にへへっ、ありがとー!!」

「……おう。俺の方こそ、唐揚げさん、本当にありがとう」


 不用意な発言は控えましょう。

 それが例え、よく知っている相手だったとしても。

 今回は、そんなお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る