第295話 生徒会と組分けと公平再起動

 体育祭前日。

 花祭学園では、体育祭の前日になるまで、自分が赤組なのか白組なのかが分からないと言う、よく分からん伝統がある。

 まあ、世の中の伝統なんて、大概はよく分からんもので出来ている。

 そもそも、体育祭の伝統なんて、俺は全然興味がない。


「コウちゃん、花梨ちゃん! お待たせーっ! 組分け終わったよぉー!!」

「ゔぁあぁぁっ! お待たせしました!!」


 会議に出張っていた体育祭実行委員の二人が帰って来た。

 今日ほど二人を歓迎できない日はないかと思われたが、ギリギリの攻防戦を親愛の情が制した結果、俺は笑顔で出迎えることができた。


「おう。お帰り」

「お疲れ様です! お茶淹れますねー」


 これから、体育祭についての話が始まるのだろうか?

 無理を承知で聞くけど、俺が最近育てだしたサヤエンドウの話しちゃダメ?

 ああ、やっぱりダメ?

 うん。いいの、分かってたから。ごめんね、無理言って。ヘイ、ゴッド。



「ではではーっ! 武三くんから、わたしたち生徒会メンバーの組分け結果を発表しまーすっ! ドロドロドロドロドロドロ……ドンっ!!」

 毬萌のセルフドラムロールが部屋に響く。

 よく舌を噛まずに言えるなぁ。すごいなぁ、毬萌は。

 とりあえず、先に確認しとくか。



「鬼瓦くん。俺、スリザリンかな? グリフィンドールは高望みだよね?」



「き、桐島先輩!? 何をおっしゃっているのですか!? 赤か白かの二種類しかないですよ、うちの体育祭の組は!」

「うん。でも、多分俺はどっちにも選ばれてないと思うの。もう、スリザリンで良いや」

「せ、先輩! お気を確かに! 瞳に光がまったくないですけど、大丈夫ですか!?」


 ああ、全然平気だよ。

 大丈夫。俺、スネイプ先生のこと結構好きだし。

 あっちでも、上手くやっていけると思う。


「コウちゃんは置いといてーっ! 武三くん、どうぞーっ!」

「ゔぁい! 僕たち4人は、全員同じ組にしておきました!」

「え!? すごい偶然ですね! ……って、今、しておきましたって言いました?」

「にへへっ、生徒会特権を使って、ちょっとねーっ! だって、みんな一緒がやっぱり楽しいじゃん! ねっ、武三くん! 花梨ちゃんっ!」


「わぁー! 初めての体育祭がみんな一緒だなんて、ステキです!!」

「僕も、毬萌先輩のお話を聞いて、これはぜひ賛同すべきだと思ったんだよ。桐島先輩がアルバム作りの時におっしゃっていたからね! 余白を皆で埋めようって!!」


「あのー。その公平先輩が、なんだか虚ろな目でぶつぶつ独り言を喋ってますけど……」

「ゔぁあぁぁっ!! 先輩! 僕の憧れの先輩はどこに行ったのですか!?」


「ああ、聞いてる、聞いてる。みんなでスリザリンに入るんだろ?」

「申し訳ないのですが一回魔法学校から帰って来てもらえませんか!? 桐島先輩!!」


 だって、現実って悪魔が大口開けてそこで待ってるんだもん。

 知ってるんだよ、俺。

 現実と目が合ったら、もう引き返せないって。

 しかし、現実と対峙せざるを得ない情報を鬼瓦くんがもたらした。


「桐島先輩! ここだけの話ですが、僕たちは白組です。そして、天海先輩と土井先輩も白組になりました! もちろん、毬萌先輩には伏せています!」

 それは少々聞き捨てならない話である。

 仕方がないので、現実へと回帰しよう。

 ダンブルドア先生、ちょっと逝ってきます。


「……なんとなく予想が付いたぞ。そいつぁ、鬼瓦くんの案じゃねぇな?」

 先ほどまで勝手に「エクスペクトパトローナム」と呟き続けていた俺が言うのははなはだ失礼だが、鬼瓦くんにそこまで大胆な構想を練る才覚はまだない。

 つまり、もっと有能な、行ってみれば、毬萌クラスの大物が介入していると見るのが定石。

 そして、俺はその人物に心当たりがあった。


「土井先輩だろ?」

「はい。さすがです、桐島先輩。土井先輩が、ここは敢えて同じ組の方が良いだろうと」

 理由は何となく分かる。


 毬萌と別の組にして、対立的な構図にしてしまえば、どうなるか。

 想像の翼を生やすまでもなく、答えは明白。

 毬萌が機能不全を起こして、最悪の場合、彼女の隠しているスキを全校生徒の前で晒すことになる。



 そんな事をさせる訳にはいかない。



「……おっし! こいつぁ腑抜けてる場合じゃねぇな!」

 俺はてめぇの心を5、6発ほどぶん殴った。

 コンプライアンス的にそれはまずい?

 ならばまず、コンプライアンス。お前からぶん殴ろう。

 俺の心よ、その後はまたお前の番だ。

 性根が真っ直ぐになるまで殴り続けるから、覚悟せよ。


「でね、今年は応援合戦も即興でやるんだってーっ! 楽しみだよねーっ!」

「えー? でも、打ち合わせなしにどうやってするんですか?」

「にははっ、それはわたしも知らないんだよぉー! サプライズなんだって!!」


 花梨と楽し気に明日の未来を語る毬萌。

 俺の守るべきものは、あの笑顔である。

 恥なら去年の体育祭で、とうにかき尽くしたではないか。


「鬼瓦くん。俺たちのアルバムに必要なもんは、一つだけだ!」

「ゔぁい! 笑顔、ですね!」

「おう! そんじゃ、分かってる情報をできるだけ端的に教えてくれ。すぐに暗記して、対応策を練らせてもらうぜ」

「ゔぁあぁぁっ! 僕の尊敬する先輩が帰って来た! ありがとう、神様!!」


 俺の戦線復帰を自分の事のように喜んでくれ、あまつさえゴッドに感謝を捧げてくれる、得難えがたき後輩。

 鬼神アーメン。


「土井先輩から、明日は30分ほど早く会場入りして欲しいと密命を受けております」

「あの人の事だから、多分裏で色々と動いてくれてんだな。毬萌も一緒に登校するが、あいつは開会宣言の準備に行かせよう」

「そうですね。冴木さんにも付き添ってもらえば安心かと」

「そうだな。それが良い」


 そこで毬萌がこっちへやって来る気配を察知。

 俺と鬼瓦くんの秘密会議は終了した。

 おおよその事情は把握したし、準備も出来た。


「コウちゃん、今年は一緒に楽しめると良いねーっ! 去年は大変だったもん!」

 去年の体育祭は散々だったから、毬萌は気を遣ってくれているらしい。


「そんなに言うほどなんですか? あたし気になります! 教えてもらっても良いですか? あ、もちろん、公平先輩が良ければでいいですけど!!」

 花梨にも気を遣わせてしまっていたか。

 これは、俺としたことが。



「おう。ちょいと障害物走でドラム缶に潜ったら、そのまま転がっていって脱臼してな! なんとか次のパン食い競争にも出たんだが、咥えたパンがのどに詰まって軽く呼吸が止まったくらいのことしかなかったぞ!!」



 花梨が俺の両手をギュッと握って、こう締めくくった。


「公平先輩……! 今年はあたしもいますから! が、頑張りましょう、ね!!」


 彼女の声は震え、目には涙が浮かんでいた。

 誰が花梨を泣かせたのか。10発くらいぶん殴ってやる。



 おや、コンプライアンス。なにゆえ俺の胸ぐらを掴むんだい?

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