第296話 体育祭、開幕!!

「おはようございます。桐島くん。鬼瓦くん。良い朝でございますね」

 これほど秋の澄んだ朝に似合うイケメンを俺は知らない。

 爽やかと言う名のエッセンスを周囲に拡散するお方。


 土井先輩は、俺と鬼瓦くんが中庭に来た時には、既に紅茶を飲んでいた。

 午後の紅茶が「今日だけ看板変えてやらぁ」と、早朝の紅茶に名前を変えても誰も文句を言わないような説得力があった。

 そのティーカップ、どこにあったんですか?


「すみません。俺ぁ今回、体育祭って聞いてふて腐れてまして……。まさか、毬萌について気が回っていなかったとは、お恥ずかしい限りです」

 平謝りの俺に、土井先輩は微笑んでこう答える。


「桐島くん。世の中の人間に、全てを完璧にこなせる者などおりません。君は自戒じかいの念にさいなまれている。それだけでも、稀有な事だとわたくしは思いますよ」



 トゥンク。



 トゥンク案件である。

 そりゃあ学園の女子が一年から三年まですべからくキャーキャー言うはずだ。

 俺だって、今、ほとんど口から「キャー」が出かかっていたもの。

 柔らか鉄仮面の異名は伊達じゃない。

 柔らかな表情を鉄でコーティングした先輩は、味方に居ると言うだけでこれほどまでに心強いものなのか。

 この方を引き入れるきっかけを作ってくれた鬼瓦くんにも感謝。


「桐島先輩。こちらが本日のプログラムです」

 鬼瓦くんが差し出した体育祭の進行表。

 まず、「各生徒、最低三種目の参加をすべし」と言う文言で、心が沈んだ。

 俺は今日、少なくとも3度恥を晒さないといけないのか。

 串カツ屋では二度漬けですら御法度なのに。三度漬けとは。

 一体何の種目で哀れみのソースを体に塗ろうかしら。


「桐島くん。お気を確かに」

「ああ、こいつぁすみません。どうにも運動の事になると感情のコントロールが上手くできなくて……」

「いえ。良いのですよ。ちなみに、わたくしも実行委員の末席に名を連ねておりますゆえ、今年の体育祭は精一杯力添えさせて頂きます」

「本当にありがたい事です」


「まずは、なるべく天海と神野さんを接触させないように注意しましょう。どうしても二人が接近する時には、近くに居る者が最善手を。今回の目的は、誰も嫌な思いをせずに、体育祭を終えることでございます」

 土井先輩のリーダーシップに脱帽。

 俺と鬼瓦くんは黙って頷く。


「それでは、わたくしたちは一度集合しますので、桐島くんは神野さんに付いてあげて下さい。それから、冴木さんにもしっかりと気配りを。女性と言うものは、疎外感に敏感ですゆえ、お気を付けください」


「うっす。肝に銘じておきます! マジでありがとうございます!!」

 しゃちほこばる俺を、土井先輩がなだめる。


「そんなに感謝される事はしておりませんよ。……わたくしも、そして君も、愛する人のために汗を流す。それだけのことでございます」


 再びのトゥンク案件。

 そして、鬼瓦くんを連れて颯爽と去って行った土井先輩。


 こういう時にこそ、あのセリフの出番か。

 ステキを通り越し過ぎて、いっそセクシーだね。



「コウちゃん! 今日は頑張ろーっ!」

「おう。……ちょっとハチマキがズレてんな。……おし、これで良い」

「にへへっ、ありがと!」


「毬萌先輩、マイク、その他の機材、オッケーです! あ、公平先輩、打ち合わせはもう済んだんですか?」

 「打ち合わせ」と言うからには、花梨も毬萌のために一肌脱いでくれるらしい。


「ありがとな、花梨。本当に、頼りになる後輩だよ」

「へあっ!? な、なな、なんで急に頭を撫でるんですか!?」

「おう。すまん。嫌だったか?」

「い、嫌な訳ないじゃないですか! 嬉しいですけどぉー。もぉー! 急にするのは反則です!!」


 なるほど。ルール違反は良くないな。

 では、改めて。

「こんな事じゃ礼にもならんと思うが、俺の腕が折れねぇうちに、謝意は伝えておきたくてな」

 多分、どっかで折れると思うんだ。

「も、もぉー! どうしちゃったんですか、先輩!? なんだか、紳士みたいです!!」


 それはね、さっき、特上の紳士からエッセンスを受粉したからだよ。

 毬萌も大事だが、花梨だって大事。

 二人にとっても一度きりの今年の体育祭。

 俺に出来る事ならば、なんだってやるさ。


 ハリーポッターネタで散々現実逃避してたエノキが偉そうにするな?



 その話はもうヤメようって事になったじゃないか、ヘイ、ゴッド!!



 俺だって、ナーバスになる時くらいあるんだい!

 だって、去年脱臼したんだよ!?

 僕のヒーローアカデミアでは脱臼くらい普通?



 うちはゴリゴリのバトル漫画じゃないから!!



 その上、今年は副会長やってるせいで、顔と名前まで売れてしまっている。

 多分、俺がグラウンドに登場する度に、そりゃあもう盛り上がるだろう。

 人って危なっかしい物からはなかなか目が離せないものだから。

 サーカスの空中ブランコを見物する群集心理の応用である。


「公平先輩、始めても良いそうですよ!」

「おう。そうか。そんじゃ、ひとつ、今日も頑張るとするかね」

 マイクを受け取って、風紀委員が整列させた全校生徒の前に、毬萌と一緒に立つ。

 司会進行なら任せとけ。



「それでは、開会に際しまして、学園長からお言葉をたまわります」


 はい。問題発生。


「学園長! 今日の挨拶はボクだって事になっていたでしょう?」

「いやぁ、教頭先生、そうは言っても、学園の行事ですから、ここは僕が」

「あなたは無駄な話をして、生徒たちに負担をかけるに決まっています!」

「教頭先生だって、話がつまらないって生徒たちの間では評判ですよ!?」


 わずかな出番を得るために、学園長と教頭がバトル開始。

 そういうの、事前に決めといてもらえませんか?


「えー。時間が押しているので、お二人にはじゃんけんをして頂きます」

 俺のナイスなハンドルさばきを見よ。


「学園長! 今のは後出しでしょう!?」

「分かりましたよ、次が本番で! あ、ちょっと待って、今のは練習!!」

 おっさん同士の醜い争いは3分も続いた。


 そして、勝利のガッツポーズを決める教頭。

 そんな彼に、俺は悲しいお知らせをしなくてはならない。


「今のじゃんけんで完全に時間が無くなりましたので、教職員の挨拶は省略することに致します。えー。みなさん、とりあえず、教頭先生に拍手してあげて下さい」

 俺の名采配に、グラウンドは沸き立つ。

 そして教頭は肩を落として引っ込んだ。

 教頭しょんぼり。



「それでは、生徒会長による、開会宣言です」

 毬萌にマイクを渡して、俺はスタンドを固定。

 突風が吹いてスタンドが毬萌の方に倒れでもしたらどうする。



「えーっと、みなさん! 今日はいいお天気ですっ! 熱戦を前にして手に汗握るのも分かるけど、熱中し過ぎの熱中症には注意して下さいね!」

 アハハと笑いが起きる。


 そして締めくくり。

「みなさん、結果は二の次です! 楽しんでいきましょうっ! おーっ!!」


 いつもながらに、見事なスピーチだった。



 さて、スポーツの秋。開幕である。

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