第268話 生徒会室とただいま

 新幹線に別れを告げたらば、バスに乗り込み学園へ。

 旅のクライマックスはとうに過ぎたが、とある同級生の女子がクライマックスを迎えようとしていた。



「頑張って、氷野さん! あと少しだから! 頑張って!!」

 堀さんの献身に、バスの中が一つになる。


「頑張れ! 頑張れ! 頑張れ! 頑張れ!! 頑張れ!!」

 バスガイドさんは困惑顔。

 教頭はしかめっ面。

 学園長はえびす顔。

 浅村先生は頭を下げながらバスの運転手さんに事情を説明。

 高橋がスマホからゆずの『栄光の架橋』を流すと、全員でそれを熱唱し始めた。

 


 何だろう、この一体感は。



「氷野さん、何か知らんが、みんなが君のために歌ってるよ!!」

「……うゔぉ、ちょ、ちょっと、ホント、や、やめて……」

 氷野さんの意思を尊重したい。

 彼女とも思えば付き合いはそれなりに長いし、時に助け、時に助けられ、一喜一憂を共にしてきた、もはや友と言っても過言ではない。

 そんな氷野さんが、俺にしか聞こえない声で言う。



「……恥ずかしい、から。ホント、やめさせ、て……」



 三点リーダーに挟まれたセリフからは、悲壮感が漂う。

 出来る事なら何だってやってあげたい。

 その気持ちは本当だ。

 氷野さん、しかし、俺にだって限界と言うものがあり、それは大変申し訳ないのだけども、大衆の一部として俺も存在している訳で……あ、ごめん。



 大サビだからちょっとモノローグ止めるね。歌わなくっちゃ。



 一糸乱れぬ、呼吸ピッタリの大合唱。

 この日、いやさ、この旅一番の盛り上がりであった。

 そして同時にバスが学園のグラウンドに到着。

 氷野さん、生きて学園への帰還を果たす。


 俺たちは荷物を抱えて、バスを下車。

 手負いの死神ライダーは堀さんの付き添いで担架にライドして保健室へ。

 残った者で、学園長と教頭のありがたい話を拝聴。


「いやぁ、楽しい旅行だったね! おじさん、今年もハッスルしちゃったよ!」

「一部で良くないハッスルがあったようですけどねぇ」

「あっはっは! 教頭先生は、またぁ! お茶目ですよ、あんなこと!」

「お茶目で犯罪行為が行われるとは、いつから日本は法治国家の形を変えたのですかねぇ。言っておきますが、ですよ?」

「みんな、聞いたかい!? 教頭先生の言うように、残念ながら、修学旅行にんだ! 今回の旅が最後! でも、次がないから、思い出を愛おしく思えるよね!!」

 学園長が教頭の嫌味を上手いこと拾って、なんかいい話な風にまとめる。


「願わくば、みんながおじさん、おばさんになった時に、この三日間の事を思い出して、年を取ったなぁなんて言ってくれると、嬉しいね! 以上!!」

 学園長は旅行中、株を上げたり下げたりと忙しかったものの、最後の最後で元通りの値に着陸することに成功したようであった。


「桐島くん、点呼を。そののち、速やかに解散したまえ」

「うっす。了解です」

 18人、ちゃんと居るのを確認して、教頭に報告すると、「うむ」とお返事。


「それでは、全員、気を付けて帰りなさい」

 教頭の許可をもって、ここに修学旅行の終了と相成った。




「マルちゃん大丈夫かなぁー?」

「なんか、家族の人が迎えに来てくれるらしいぞ。さっき堀さんが言ってた」

「そっかぁー! それなら安心だねっ!」

「おう。……まあ、迎えは車だろうけどな」

 そして俺と毬萌は、慣れ親しんだ木製の扉の前に立っている。

 3日しか経っていないのに、随分と遠くまで行っていた気分である。


 念のため、俺が扉を叩く。

 すぐに元気な声が聞こえる。

「はーい! どうぞ、開いてますから!」


 俺と毬萌の顔を見て、後輩たちの顔がほころんだ。

 そんな風にされると、こっちも自然と笑顔になってしまう。


「お帰りなさい、公平先輩、毬萌先輩!」

「ゔぁあぁぁっ! ご無事で何よりです!! ゔぁあぁぁぁぁっ!!」


「にははっ、ただいまー!」

「おう。今帰ったぜ。ただいま」



 旅先も良かったが、やっぱり、何と言うか、結局のところ、とどのつまり。



 生徒会室は、いつの間にやら俺にとって、最高の居場所になっていたようである。

 いや、一部訂正をすべきか。

 、ここは最高の居場所である。




「おう、二人とも、土産買って来たぞー!」

「わぁー! ちゃんと約束守ってくれたんですねー! 嬉しいです!!」

「ゔぁあぁぁっ! 感動です! 桐島先輩!!」

 お楽しみ、お土産開封の儀である。

 やれやれ、今からそのテンションじゃ、俺の厳選した土産を出しちまったら大事になるんじゃないか?


「まず、鬼瓦くん。これな。京都の何とかいう紙を使った、あぶらとり紙。なんか、雑誌でも紹介されたらしいぞ」

「え、あ、ゔぁ、ありがとうございます」

「花梨には、とっておきだぞー! ほれ! 京都の提灯ちょうちん! これ、駅で探すの大変だったんだぜ!? 多分、人気で取り合いになるからだろうな! ぜひ納めてくれ!」

「わ、わ、わぁー! う、嬉しいですー」


 なに? リアクションがイマイチ?

 バカだなぁ、ヘイ、ゴッド。

 俺のエッジの効いたハイセンスな土産を前にしたら、そうなるんだよ。


「わたしもお土産買って来たよーっ! はい、武三くん! 二人の縁が強くなるように、真奈ちゃんとお揃いのお守りだよっ!」

「ゔぁあぁぁっ! 僕だけじゃなく、真奈さんの事まで! 毬萌ぜんばいぃぃっ! ありがどうございばず!! 僕ぁ、僕ぁ、嬉しいです!!」

 うん。ちょっとだけ、俺の時より盛り上がっているかもしれない。


「花梨ちゃんにはね、ぬふふーっ! はいっ! 縁結びのお守り! 清水寺で買ったんだよ! こっちはわたしとお揃い! これで、一緒に頑張ろうねっ!」

「……ま、毬萌、先輩! やだ、あたし、ちょっと涙が出ちゃいそうです! もう、毬萌先輩のそういうところ、すっごく尊敬してます! もぉー! 大好きです!!」

 そう言って毬萌に抱きつく花梨。

 そうね、ちょっとだけ、俺の時と、温度差があるかな。誤差の範囲だけど。



 あれ。俺のお土産、もう机の上に置いてあるけど?

 提灯ちょうちん、膨らませたりしないのかな? ねぇ、二人ともー?



「公平先輩、お茶です。どうぞー。長旅お疲れさまでした!」

「おう。ありがとな、花梨」

 はあ? 土産の話?

 今、それする必要あります? ヘイ、ゴッド!!


「わたしたちが留守の間に何か困った事なかったかなっ?」

「問題ありませんでした。強いて言えば、体育館のガラスが割れたのと、業者さんの軽トラがフェンスを突き破ったくらいでしょうか」

「いや、意外と大事が起きてんじゃねぇか!?」

「あたしたちで対応できましたから、平気です!」

 ああ、こうやって、後輩たちが成長していくのだなと、思わず親心。



 楽しかった修学旅行。

 それが終わったって言うのに、楽しそうなのは何故かって?

 明日からの生徒会活動だって楽しいに決まっているからだよ、ヘイ、ゴッド。

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