第267話 公平(ヒモ)とお土産選び さらば京都!

 観光バスは俺たちを乗せて走る。

 車窓から眺めるだけかとガッカリしていたが、なんだなんだ、これはまた、存外悪くないものである。

 京都の周り切れなかった名所を、バスガイドさんの解説とともに眺める。

 下車は日程の都合上許されていないが、絶景スポットではバスを停めてくれると言う、素晴らしい配慮のおかげで、実にテンポよく京都を楽しめている。


「それでは、これより嵐山を経由しまして、京都駅へと皆様をご案内致します」

 バスガイドさんが、楽しい車窓旅行の終わりを告げる。


「くぅー! ホントなら渡月橋とげつきょうとか見たかったなぁ!」

「そだねー。コウちゃん、自然が多いとこ好きだよねーっ」

「おう。合宿の時に泊まったキャンプ場の星も良かったが、もう何週間かしたら、紅葉のシーズンど真ん中でさぞかし絶景だろうなぁ!」

 毬萌と一緒に嵐山を堪能。

 そして、俺の感想のボリュームが大きすぎたのか、教頭がこちらをジロり。


「桐島くん」

「うっす。すみません!」

「……嵐山あらしやま高尾たかおパークウェイは、新緑や紅葉の季節など実に素晴らしい。将来、免許を取ったら行ってみたまえ。ボクは何度も走ったが、素晴らしいからねぇ」

 教頭の事は当然好きではないが、どうも彼と俺の感性は似通っているらしいと、この旅行を通して知る。

 素晴らしいものを素晴らしいと称え合う相手は、何も好き同士である必要はない。


「ぎ、桐島うゔぉへい……。ちょっと、こ、コーラくれる?」

「おう。はいはい、喜んでー。まだ二本あるから、好きなだけ飲んでくれ!」

 反対側の窓際には、死せる氷野さん。

 一時間の観光バスの旅であるからして、こうなることはもはや必然。

 だから俺は無理しない方が良いよと言っておいたのに。


「だ、だって、思い出……ぐふっ。みんなと、一緒、良い……」

「氷野さん、気を確かに! はい、フリスク! こっちはミンティア!!」

「マルちゃん、頑張れ、頑張れ! 平気、平気!」

 毬萌の無責任なエールがバスに響く。


「そうだよ、氷野さん! 頑張って! ほら、景色奇麗だよ!」

 氷野さんの隣には堀さんがスタンバイ。

 保健委員の矜持きょうじにかけて、氷野さんを俺と介護する。


「うゔぉ……き、キレイ。山、キレイ。川、キレイ」



 バイオハザードのゾンビになる寸前の人みたいになってきたけど平気かな!?



 そして氷野さんは耐えきった。

 京都駅に到着である。


 バスガイドさんと運転手さんに別れとお礼を告げて、俺たちはお土産選びと言う名の、一時間の自由時間へと突入。

 氷野さんは駅員さんに断ってから、ベンチに寝かせてある。

 堀さんが定期的にコーラを注入。

 これから新幹線に乗るのに、大丈夫であろうか。


「コウちゃん、コウちゃん、みんなに何買おっか?」

「……Oh」

 そして駆け寄ってくる現実。

 俺の財布の中身は二千円と206円。

 何か一つ土産を買ったらそれで終わる。

 しかし、俺の土産を楽しみにしている後輩は二人。


「……あー。まり、毬萌さん。ちょいとな、話があるんだが」

「もーっ。お金なくなっちゃったの? 仕方ないなぁー」



 ま、毬萌!!



 モフっとした柴犬型の天使が、俺に追加予算を二千円恵んでくれた!

 なに? 定職に就かないで遊び呆けているダメ男みたい?

 おい、ヘイ、ゴッド。



 俺も今、同じ想像してたよ! てへぺろ!!



 何はともあれ、軍資金は出来た。

 ならば、目を付けておいた品物を速やかに買う。

 花梨のはこれ。鬼瓦くんのはこっち。

 まあ、仕方がないので両親にも買ってやろう。

 ……あれ? 200円足りないな。


「……おう。毬萌ー。毬萌よー」

「もうっ! コウちゃんってば計画性がないよぉー! 今度だけだよっ?」

 やったぜ、もう千円ゲット。

 言っとくけど、宇凪市に帰ったらちゃんと返すからな?

 本当だから、そこのところ、うがった見方をしないでもらいたい。


「やれやれ。こんなとこだな。おう、毬萌、荷物持ってやるよ」

「わぁーい! ありがと、コウちゃん! やさしーっ!」

 今の俺が何を言っても無駄だと分かっているが、もう一度だけ。



 俺が毬萌のヒモみたいに見えてるかもしれないけど、それ、今だけだから!!



 残り時間で、氷野さんの代わりに彼女の土産も代理で購入。

 八つ橋と千枚漬けを結構な量買いこんで、氷野さんの元へ。


「桐島くん、氷野さんの容体が悪いの! 追加のフリスク頼めるかな!?」

「お、おう! そりゃあいけねぇ! 待っててくれ!」

 堀さんが氷野さんの手を握りながら、俺に救援を乞う。


 なんでも、新幹線に乗るイメージトレーニングをしたらそのシミュレーションで酔ったらしい。

 もう、彼女は京都に置いて行った方がいっそ良いのではないか。

 そして、フリスクって一度にこんなに食べても平気なのだろうか。


 箱買いしたフリスクを片手に、俺は遠くオランダにあるペルフェティ・ファン・メレ社に思いを馳せる。フリスクの開発元である。

 元々はベルギーの薬局で売っていたと言う話を聞いたこともあるので、存外この使用法は間違っていないかとも思われるが、薬だって一定量を超えた摂取はむしろ毒なのではないかとも思われた。



「じゃあ、みんなー! 今から桐島くんが点呼するからね! 元気よく返事をするんだよー! コンって言っても良いよー! 天狐てんこだけに! ぷぷーっ!!」

 学園長のめちゃくちゃ伝わりにくいダジャレが炸裂。

 そして、俺の呼びかけに「コン!」と答えてくれる仲間たち。

 修学旅行の締めくくりに相応しく、全員が一致団結した瞬間であった。


「学園長、全員います。体調不良者はいません。一名、重症者を除いて!」

 氷野さん、虫の息ながらもなお存命。

 ただし、意識レベルが低下。

 堀さんがずっと呼び掛けているが、普通に寝かせてあげた方が楽なのではないかと思わないでもない。


「はーい! それじゃあ、帰りも車両を借りてあるから、教頭先生に怒られない程度にはしゃいで帰ろうね! さあ、みんな、ついておいでよー!!」

「……まったく。いいかね、君たち。節度を持つんだよ?」

 陽気なおっさんと陰気なおっさんの先導で、新幹線へ。

 陰陽師おんみょうじかな?


「コウちゃん、パイの実食べるー?」

「おう。ただ、少し離れて食おうな? 氷野さんが死んじゃう」

「ヒュー! 公平ちゃん、うまい棒のコンポタ味もあるぜぇー! ヒュー!」

「や・め・ろ! 高橋、なんでお前はいつもフライ系の菓子食ってんだ!」

「ははは、桐島は大変だなぁ。行きも帰りも忙しそうで」

「茂木ぃ! お前も他人事みたいに言ってねぇで、俺を手伝わんかい!」



 新幹線は走る。

 俺たちを乗せて。



 楽しい思い出をいっぱい乗せて。

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