第248話 土井先輩の華麗なるフィッシュアンドチップス

 異文化交流会も終盤に差し掛かった頃。

 とあるブースで騒ぎが起きた。

 「きゃー」と言う悲鳴と共に、火柱が上がる。

 今回の催しでは、その場でご当地料理を作ることも許されており、火器の持ち込みも可とのことだった。

 察するに、その調理の過程で何かしらのトラブルが発生した模様。


 俺は、とりあえず現場に走る。

 お忘れかもしれないが、俺は生徒会の副会長。

 生徒が困っているならば、駆け付けるのが俺の役目。



 イギリスブースに到着した時には、既に騒ぎの鎮静化が行われていた。

「オーウ。面目ないでございマッスル。ワタシ、ちょっとチョンボしたね……」

 近くの生徒から事情を聴くと、こうである。


 イギリスブースでは、セッスクくんともう二人、総勢三人の留学生で、揚げたてのフィッシュアンドチップスを提供していたらしい。

 そして、揚げ物の下に敷いていたクッキングシートが何かの弾みでコンロの火によって燃えてしまい、更にタイミング悪く油に燃え移ったと言う。


 これにはさすがのセッスクくんもしょんぼり。

 それもそうである。

 留学生にとって、この会は晴れ舞台。

 きっと、相当な時間を準備に費やし、それに応じた情熱を燃やして来た事だろう。

 その情熱でボヤ騒ぎを起こしたとあっては、あまりにも忍びない。


 せめて、慰めの言葉でもかけよう。

 俺がそう愚考した時には、もうリカバリーが始まっていた。


「皆様、ご安心くださいませ。先ほどの火柱は、いわばデモンストレーション。これより、最高のお料理をご提供するための合図にございます」

 土井先輩が、コンロの油の炎を鎮火しながら涼し気に語る。

 この人が言うと「えっ、そうだったの?」と、半信半疑ながらも信じてしまいそうになる説得力がある。


「そうだとも! イギリスブースの本番はこれからだ! 土井くん、新しい鍋と油、これで良いか? 具材はまだまだあるようだな!」

「ええ。天海さん。それでは、始めましょうか」

 エプロンを華麗に装着したかと思えば、しょげた顔をしているセッスクくんたちに土井先輩は尋ねる。


「失礼。わたくし、手順にうといものでして、よろしければ、ご教授を」

「お、オーウ。モチのロンです! まずは——」

 土井先輩の狙いが分かった。


 このお方は、セッスクくん達の失敗を帳消しにするだけでは飽き足らず、これから起きる華麗なイリュージョンの立役者にするつもりらしい。

 セッスクくんの言う手順を、わざわざ復唱する土井先輩。

 枕詞には「さすがですね」や「本場は違いますね」と言った風に、さり気なく、しかしハッキリと、セッスクくんたちを持ち上げる。


「それでは、わたくしごときで恐縮ですが、本場仕込みのお料理をお目にかけたいと思います。よろしければ、どなたか補助をお願いできますか?」

 土井先輩と目が合う。

 なるほど、分かりました。

 ピエロ役なら、任せて下さい。


「ああ! それなら、俺が! ええ、副会長の桐島セックスです!!」

 周りを囲む生徒たちが爆笑する。

 まさか、ここまで見越して俺にセッスクくんと挨拶させた訳じゃあないだろうが、アレもしっかりと生きてくるとは、さすがとしか形容できない。


「これはこれは。なんと頼もしい助っ人でしょうか。では、彼にはお皿を持っておいてもらいましょう」

「ちょっと、先輩! それ、俺じゃないとダメですか!?」

 再び笑いが起きる。

 下手くそな踊りだが、道化のダンスなら俺にも多少心得がある。


 そして、土井先輩は鮮やかな手つきで、次々と揚げ物を作り上げる。

 俺が仰々しく掲げた皿の上には、黄金色のフィッシュアンドチップスが生まれて輝きを放つ。


「さあ、どうぞ! 冷めねぇうちに! イギリス仕込み、本場の味っすよ!」

 それを俺は、スーパーの試食販売の要領で、どんどん配る。


「なにこれ、うっま!」「イギリスの飯が不味いってあれ、嘘じゃん」

「イギリス流の揚げ方ってなに!?」「わたしイギリスに行きたくなった!」

 評判は上々であり、この頃になると、セッスクくんたち留学生組も完全復活。

 土井先輩の隣で、一緒に調理を再開する。


 そして、大盛況のうちに、異文化交流会は終了した。

 最後に主催者の挨拶として、天海先輩が登壇する。


「みんな! 楽しんでくれただろうか! 私たちに出来るのは会場を用意するのが精々! 留学生諸君の頑張りに、ぜひ賞賛を!!」

 体育館が割れんばかりの拍手喝采。

 どんなにうがった見方をしたところで、この素晴らしい会に文句をつけることは不可能だと思われた。



「ただいまーっと」

 生徒会室へ帰還する俺。


「おかえりなさい! 公平先輩!」

「お疲れさまでした。いかがでしたか?」

 鬼瓦くんの淹れてくれた茶を啜って、ため息をつく。


「いや、なんつーか、圧倒的だった。やっぱ、賛否あったけど、去年の生徒会はすげぇなって実感させられたよ」

「……みゃーっ」

 仏頂面の毬萌。

 やれやれ。こっちのフォローは俺の仕事か。


「毬萌よ。俺らの任期も残り半年だけどよ」

「うん。知ってるよー?」

「残り半年で、今年の生徒会は歴代で最高だったって、生徒のみんなに言ってもらえるように頑張らねぇか? 天海先輩たちを超えちまおう!!」


 苦手な相手を好きになれとは言わない。

 しかし、苦手意識を克服する方法ならば、あるのかもしれない。

 あの圧倒的なまでの先輩たちを超える事が出来れば、その時、毬萌の意識に根差した天海先輩への警戒心が解消されるのではないか。


 天才が初めて、ある意味ではひれ伏した相手。

 ならば、それを超えてやれば、きっと見える景色も違ってくるはず。



「…………っ!! うんっ! わたし、もっと頑張るねっ!!」

 意識の共有は完璧。

 一体、毬萌と何年付き合っていると思っているのだ。



 俺たちは、より高みを目指す決意を新たにするのであった。

 そして、そのためには、翌日以降「よう、セックス副会長!」と声を掛けられる俺の悪名をちぎっては投げるところがスタートラインと知った。



 なにゆえ俺はテンションに任せて「桐島セックス」です、などとのたまったのか。

 セックスじゃないよ。公平だよ。

 ピクルス直前にキメ過ぎたんじゃないの?

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