第246話 天海先輩とセッスクくん

 異文化交流会、当日。

 俺は召集令状……じゃなかった、招待状を片手に会場である体育館へとやって来ていた。


 毬萌は当然、生徒会室にて隔離。

 それを鬼瓦くんが物理的にガード。

 さらに、花梨がそれをサポート。

 完璧なまでの防御陣形。


 そして、その陣形の完成を、俺の身をもって成すのだ。

 そうとも、今日の俺は代理人であると同時に、囮。

 デコイである。

 精々天海先輩の目を引き付けて見せようじゃないか。



「なんじゃこりゃあ……」

 体育館の中が、どこぞの迎賓館げいひんかんみたいになっていた。

 どこからこんな上質の絨毯じゅうたんが現れたのか。

 どこからあんなシャンデリアを持ってきたのか。

 最悪持ってきたところは見逃すとしても、どうやってあの高さに設置したのか。


「やあ。桐島くん。お久しぶりでございます。お元気でしたか?」

「へっ? あ、ああ、土井先輩。こちらこそ、ご無沙汰してます」

 土井先輩と顔を合わすのは、夏休みの盆踊り大会以来である。


 そして盆踊り大会の事は思い出したくない。

 だから、何人も俺の前でその話題は避けるように。

 頼むから、俺に引き金を引かせないでくれ。

 そうなったら、ボンッ、だぜ?


「桐島くんじゃないか! 来てくれてありがとう! 君とは盆踊り以来だったなぁ!」

 早速俺の引き金が引かれた。

 そりゃあ、もう、ボンッである。



 俺の心がな!!



「天海さん、僭越せんえつながら訂正を。あなたは、先日、桐島くんと中央公園にて不届き者を成敗したとおっしゃっていたではありませんか」

 そう言えば、そんな事もあった気がする。

 写生大会の事前挨拶の時だ。

 あれも大概には肝を冷やしたものだ。


「そうだったか! ああ、いや、すまない! 忘れていた訳ではないのだ! うむ! あの時の桐島くんの合気道はなかなかの腕前だったな!」

 忘れていますね、天海先輩。

 俺が披露したのは、不死鳥フェニックス手刀チョップ、内股バージョンです。

 その威力は、一度ひとたび喰らえば卵の殻が割れると評判のヤツです。


「今日は神野くん、病欠とのことだったな! 実に残念! しかし、桐島くんが来てくれたのは本当に嬉しいぞ! 現生徒会から誰も来てくれないと寂しいからな!」

 ああ、天海先輩の真っ直ぐな瞳が胸に刺さる。

 毬萌のためとは言え、悪意のない人に対して嘘をつくのは本当に辛い。

 ごめんなさい。すみません。

 お叱りならば、俺が代表して拝受しますので。


 そんな俺の肩を優しく叩くのは土井先輩。

「桐島くん。君の判断は正しいですよ。何を気に病む必要がありましょうか。自分の大切な人を守るためならば、何だって犠牲にするものです」

「……ありがとうございます!」

 この人は、どれだけ俺の心を軽くしてくれるのだろう。

 こんな人徳者、俺は他に知らない。


「もう少し開宴まで時間があるからな! その辺で飲み物でも片手に語ろうじゃないか! 神野くんの素晴らしいところについてと言う議題はどうだろう?」

 天海先輩、主催者なのにまさかのステイである。

 やはり、毬萌を連れてこないで本当に良かった。

 そして土井先輩がいなくなっている。


「失礼。こちらを。かしこまりました。すぐに。ええ、そちらは済んでおります」

 会場を瞬間移動しているように飛び回る土井先輩。

 そこで察する。

 なるほど、あの人もに、全てを捧げているのだと。


「オーウ! コウスケさん! ようこそウェルカムなのであるぞな!」

「おう、セッスクくん! 久しぶりだなぁ!」

 彼はセッスク・アドバーグくん。イギリスからの留学生。

 学年が同じであり、朝礼の時に顔を合わせるので、見知った仲である。

 そして俺の名前はコウスケじゃない。公平だ。


「なんだ! 二人は知り合いだったか! これは良い事を思い付いた!」

 嫌な予感があっち方から走って来る。

 逃げようと反対側を向くと、そっちからも走って来ていた。


「このあと、セッスクくんに開宴の挨拶を頼んでいるのだが、桐島くん! 君の優秀さを見込んで頼みがある! 彼を補佐してやってくれ!」

「……はい。分かりました」

 素直に首を縦に振るふりをして、項垂うなだれる俺。

 拒否したところで結局運命には逆らえないのだから、足掻く労力は無駄だ。



 そして、俺はセッスクくんと講壇に立つ。

 マイクのチェックをして、セッスクくんに笑顔でパス。

 彼もにっこり。なんだ、俺の杞憂だったか。


「どうも、みなさまコンニチハございまする。セックスです!!」



 言うと思ったよ!!



 そして会場に起きる笑い声。

 セッスクくん、もはや自分の名前を持ちネタに昇華させている。

 イギリスの親父さんとお袋さんの泣き声が聞こえるようである。


「エー。みなさま、今日はお日柄もセックスです!!」

「ヤメなさいよ!!」

「オーウ! コウスケ、固い、固いデース! カミナリオコシみたいデース!」

「いいからご挨拶してちょうだい!」

「オーウ! かしこまり! みなさん、どうも、セックスです!!」

「そうじゃねぇんだよ!! つーか君、名前セックスじゃねぇだろ!?」

「オーウ! コウスケ、まだ日が出ているのに、卑猥なトークはノーね!」

「バカ野郎!! お前が言ったんじゃねぇか!!」


 何故か会場が笑い声で溢れており、沸きに沸いている。

 なにゆえか。

 そののち、どうにか挨拶を終えて、セッスクくんの締めの一言。


「それでは、バーティーを開いてくれた、パイセン方に、感謝のアリガトね!」

「……はい。ええ、皆さん、どうか楽しんで下さい」

「それでは、ご挨拶をつとめマッスルは、コウスケと、セッスクでしたまる!」

「いや、セックスって言わねぇのかよ!!」

 さらに笑いが止まらない。

 もうヤダ、俺は帰りたい。



 不本意ながらの大盛況のうちに会が始まった。

「いやはや! 見事な漫才だったぞ、二人とも! 素晴らしい!!」

 天海先輩が俺の肩をバンバン叩く。



 この日からしばらく、俺は『セックスの相方』と言う、意味は分からんが響きは最悪な勇名をせた。

 だけどその話はしたくない。

 今はパーティーの話でしょうが! やめろ、俺を指さして笑うな!!

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