第245話 混沌の異文化交流会と招待状

 そろそろ九月が終わる。

 十月になれば、楽しいイベントが待っている。



 修学旅行!



 花祭学園の修学旅行は複数の場所から好きな土地を選べると言う、ステキシステムを採用している。

 言わずもがな、いっそセクシーである。


 候補地は4つ。

 北から、北海道、東京、京都、沖縄。

 これはなんとも頭の悩ませがいのある難問。

 しかし、俺はもう、とっくの昔に希望の場所を提出済みなのだ。



 それは京都!



 僭越せんえつながら理由を述べさせていただこう。

 まず、北海道と沖縄は最初に消えた。

 勘違いしないでもらいたいのは、それらに魅力を感じなかったからではない。


 北海道の豊かな大地で育まれた美食ツアー。

 言葉にするだけでよだれが出てくる、なんて魅力的な場所だろう。


 沖縄のエメラルドグリーンの海。まだ泳げるらしい。

 シュノーケリングとやらにも興味がある。さぞかし美しい風景だろう。


 しかし、その2つの候補地と運命が、俺を切り離した。

 端的に言うと、である。

 飛行機、怖い。


 以前にも語った気がするけども、俺は高いところと狭いところが嫌いだ。

 遊園地の観覧車が俺にとってのK点。

 そこを超えるともうヤバい。最悪お漏らしする。

 もう一度言おう。飛行機、怖い。


 そうなると、陸路で移動する東京と京都が候補になる。

 そして俺は京都をチョイス。

 東京にも、当然のことながら多大な魅力を感じたのは言うまでもない。

 それでも候補から外さざるを得なかった理由がある。


 人多すぎ、怖い。

 親戚のおじさんが言っていた。

「東京駅で1時間迷った」「新宿駅では2時間迷った」

「歌舞伎町で5歩進む度に外国人に腕を掴まれた」

「池袋ウエストゲートパーク見ろ」


 怖いじゃないか。

 これは、エノキダケが裸一貫で乗り込んだら、大惨事になる。

 そんな、未来視にも近い予感が俺の中で渦巻いた。

 池袋ウエストゲートパークは見ておいて良かった。

 俺、多分1話の途中で死んじゃう。


 と言う訳で、俺はもうじき、京都へ旅立つ。

 実は俺、歴史大好きなのである。

 寺とか神社とか史跡を巡るの、大好きなのである。

 もはや、迷いはなかった。


「コウちゃん、京都楽しみだねーっ」

「そうだな! マジで楽しみ!」

 毬萌は、俺に合わせて京都を選んだと言う。

 でも、こいつも飛行機怖い同盟の一員なので、実質二択である。


 まあ、無粋な事は言うまい。

 当然のことながら、同じグループである。

 まあ、よく知った仲間と一緒なのは気が楽で助かる。


「あーあ。あたしも一緒に行きたかったですー」

「まあそう言うなよ、花梨。こればっかりは、学年が違うからなぁ」

「もぉー! なんで公平先輩、同級生じゃないんですかぁー!!」

「おう。無茶を言うんじゃないよ。ちゃんと土産買ってくるから」

 そのあとも、花梨はプリプリと自分の年齢に対して恨み節。


 花梨には悪いが、生徒会の激務から解放される2泊3日の旅。

 これはさすがの俺でも浮かれ散らかっちゃう。

 カズダンス踊っちゃう。楽しみで仕方がない。


「桐島先輩。ところで、明後日の異文化交流会についてですが」

「……おう」

 鬼瓦くんが悪いわけではないが、そのイベントの名前を聞くと、テンションがジェットコースターの様なグラフを描いて下がる。


 異文化交流会とは、留学生と有志の三年生が行う、文字通り留学生たちのお国自慢をかねた、立食パーティーである。

 留学生に楽しんでもらえるようにという側面もあるイベント。

 それは大変結構なのだが、三年生の実質的な実行委員がよろしくない。


「天海先輩から、招待状が来ています」

「……Oh」

 まあ、そうなるよな。

 三年生で旗を振ろうと思ったら、この人しか思い浮かばないもの。


「流れる雲に秋の訪れを感じる昨今でございますが、朝夕はしだいに涼しさを感じる頃となりました。いかがお過ごしでしょうか」

 天海先輩の名前が出ただけで、毬萌の迎撃モードが起動してしまった。

 流れるような時候の挨拶。

 失せる瞳の光。固まる表情。


「鬼瓦くん、今日のお菓子ある?」

「はい。こちらに。ダックワーズがあります」

「おお! あれだ! クリーム挟まってて、アーモンドの味がするヤツだ!」

「さすが桐島先輩! いつの間にか、洋菓子の知識も完璧ですね!」

「ああ、いやいや、すげぇふんわりとした知ったかぶりだよ」

 そのダックワーズを受け取って、毬萌の手に乗っけてやる。


「ほれ、毬萌ー。オヤツだぞー。嫌な事は忘れて、甘いもの食べろー」

「ほえ? あーっ、武三くんのオヤツだぁー! 食べるーっ!!」

 対処が早かったため、毬萌はノーダメージ。

 そして、こんな毬萌を見て、俺は決めたことがある。


「異文化交流会は、生徒会を代表して俺が行ってくるわ」

 難しい決断であった。

 そもそも、英語力が怪しい俺である。

 試験で足を引っ張るのはいつも英語。

 日常会話レベルのリスニングも怪しい。

 となると、当然トークの方はもっと怪しい。


 だが、俺が行くべきだろう。

 天海先輩だけではない。

 異文化交流会には、くせ者が集結するとの情報を氷野さんから受信済み。


 何を臆することがある。

 危機管理と、危機回避は俺の十八番おはこではなかったか。

 大切な幼馴染を守れるのだって、俺しかいないのではなかったか。


「大丈夫ですか? 公平先輩、あたしも行きますよ?」

「そりゃ助かる! ……が、いつも花梨に甘えてばかりもいけねぇ!」

 男らしく、ここは仁王立ちでメンバーを守るのだ。


「じゃあ、英語で困ったら連絡ください! あたし、生徒会室で待機してます!」

「えっ? ホント? うん、そりゃあ助かる! いや、マジで!!」


 舌の根の乾かぬ内にと憤慨ふんがいするのも良かろう。

 だが、言っておく。

 俺の男気なんて、精々こんなもんである。

 過度な評価は身を亡ぼすと知れ。ヘイ、ゴッド。



 俺は混沌こんとんの世界へのチケットを、静かにポケットへとしまった。

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