第232話 毬萌と松茸と乙女の恋愛観

 花梨を送り届けて家に帰って、スマホをポチポチ。

 数コールですぐに繋がる。


「おう。毬萌、もう晩飯食ったか?」

「んーん。今から食べるとこだよーっ!」

「そうか。そんなら、食べるの5分だけ待ってくれ」

「ほえ? どゆことーっ?」

「ふふふ。すげぇものを持って行ってやる」

 気色悪く笑ったのち、通話を終了。


 俺は、あらかじめ多めに作っておいた松茸のホイル焼きと天ぷらをタッパーに詰めて、再び家を出た。

 花梨の厚意と心の広さに感謝をしながら、愛車に跨る。

 秋の気配を頬に感じながら、神野家に到着。

 呼び鈴を押すと、すぐに毬萌がやって来た。


「コウちゃーん! いらっしゃーい!!」

「おう。悪ぃな、飯待たせちまって。おばさんとおじさんにも謝らねぇと」

「んーん、平気だよっ! それでそれで!? 何持って来てくれたのっ?」

「はっはっは。俺をあがめろ。なんと、松茸だ!」

「みゃっ!?」

「どうだ、凄かろう……って、おい、どこ行くんだよ?」

 無言でクルリと背を向けて、尻突き出したのち玄関に頭だけ突っ込む毬萌。


 そして彼女は叫んだ。

「おかーさん、おとーさん!! コウちゃんが松茸持ってきたぁー!!」


 ドタバタと2つの足音が接近してくる。

 そして、息を切らせながら、まずはおばさんが登場。

「コウちゃん、松茸って、永谷園のヤツかしら!?」

 この価値観。なんだかホッとするのは何故か。


「いえ、国産の松茸っす。知り合いからお裾分けしてもらったのを、俺がちょいと料理して、多く作ったので良ければと思って」


「こ、公平くん! そいつは大変じゃないか! 僕は椎茸の養殖にも失敗しているって言うのに、君は本当にたいした男だなぁ!」

「おっす。おじさん、お久しぶりです」

 何気に毬萌のお父さん、つまり神野家のおじさん、初登場である。


「……あの、なんか服、腹の周りがすげぇ濡れてません?」

「ああ、これかい!? ちょっと勢い余って、ビールを盛大にこぼしたんだよ!」

「マジですか。驚かせてしまってすみません」

「ああ、平気だよ! 絞ったら飲めるから!」

「それはヤメて下さい。絶対に腹壊すんで」

 おじさん、初登場が終わりますけども、それで良いんですか?



 立ち話もそこそこに、俺は奇跡を起こした神の使いの如き扱いを受けながら、神野家へと招き入れられた。

「コウちゃんはもうご飯食べたのっ?」

「おう。もう済ませたぞ」

「まあ、そうなの? じゃあ、飲み物だけでもね! メロンソーダ冷えてるから!」

 これは嬉しいサプライズ。

 勝手知ったる毬萌の家であるからして、お断りする方が失礼にあたる。


「あーむっ。んーっ! おいしーっ!! 松茸ってこんな味なんだぁーっ!」

「あれ? お前、小学生の頃、松茸食ったって言ってなかったっけか?」

 毬萌の代わりにおじさんが答える。

「ああ、あれはね、椎茸を松茸って嘘ついて食べさせたんだよ!」



 何やってんですか、おじさん。



「そうなんだよーっ。お父さんってば、酷いよねーっ?」

「あの頃は椎茸の養殖に精を出してたのよね。懐かしいわねぇ」

「自作の培養キットが上手く行かなくてねぇ。それで、大量に用意しておいた椎茸が無駄になってしまうのを避けるために、仕方なくついた嘘だったんだよ」


 ちなみに、おじさんの言っている培養キットなるものは、腐葉土に買ってきた椎茸をぶっ刺したものである。

 おじさんは発明が趣味なのだが、発想は良くとも実力が追い付いてこない典型的なタイプであり、そのアイデアは大体失敗に終わる。

 ただし、その発想力と好奇心は毬萌に受け継がれたらしく、天才の遺伝子の中には確かにおじさんの性分も存在している。


「あーっ! 美味しかったねーっ!!」

「本当ね! たまたま晩御飯が炊き込みご飯だったから、相性も完璧だったわ!」

「そりゃあ良かったです」

「なあ、毬萌? 父さん思い付いたんだが、この松茸の切れ端を土に植えたら、松茸が生えてきたりはしないだろうか?」



「しないよ! んっとね、その切れ端が腐るだけだよっ!」



 お前、そんなにハッキリと言わんでも。



「なるほど、理にかなっている! では、また別のアプローチで松茸の培養を目指そう! うん、アイデアが湧いて来た! 公平くん、僕は失礼するよ!」

 しかし、ちょっとやそっとじゃへこたれないおじさん。

 これから自室で、新たなプランニングが行われるのだろう。


「コウちゃん、お部屋行こーっ!」

「おう。帰って風呂入らにゃならんから、少しだけな」

「うんっ」

 そして俺はおばさんにメロンソーダの礼を言って、階段を上がる。


「コウちゃんっ! さては、花梨ちゃんからお裾分けを貰ったね?」

 入室から3秒で証明終了。

 電光石火の早業であった。


「お、おう。そうだが。よく分かったな?」

「分かるよーっ! それで、コウちゃんは、花梨ちゃんの許可を貰って、わたしのところにお料理を持って来てくれたんでしょーっ?」

「いや、そこまで分かるんかい!? なに、ちょっと怖いんだけど!?」

 天才怖い。マジ怖い。

「にひひっ! 何年コウちゃんのこと好きだと思ってるのーっ?」

 してやったりと言う顔で毬萌は笑う。


 お前、その好意に気付いたのついこの前じゃねぇか、とも思ったが、無粋な事は言わぬが花だろうとカロリー満タンの頭脳が判断。


「今回は花梨ちゃんに出遅れちゃったかぁ。むむむっ、さすがだねーっ!」

 どうにも腑に落ちないので、天才様に聞いてみた。


「なんでお前らは、なんつーか、俺が言うのも何だけどよ。好きな相手を取り合ってんのにそんな平和な関係でいられるんだ?」

 俺だったら強力なライバルがいたら焦り散らかす自信がある。


 すると毬萌はこともなげに答える。

「決まってるじゃん! 自分の好きな人が、ステキな子に想われてたら嬉しいもんっ! 大好きな花梨ちゃんが相手だからって言うのもあるかもだけどっ!」



 要するに、花梨も毬萌も「ライバルに負けても悔いはないけど、負けるつもりはない」と言うことなのか?

 そんな複雑怪奇な思考にどうやったらたどり着けるのか。



 松茸も、そこまでは教えてくれないようであった。

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