第233話 台風と帰宅困難な生徒会

 秋の風物詩と言えば何だろうか。

 食欲だったり、芸術だったり、そんなイベントはもう消化してきた。

 スポーツ? それはまだだな。

 でも、今日は違うんだよ。マイナス1点だ、ヘイ、ゴッド。



「やべぇな、風がすげぇ事になってきてんぞ」

「あたし、もう一度校内放送してきます!」

「わたしも一緒に行くよーっ!」


 慌ただしい生徒会室。

 招かざるお客がいらっしゃっているからである。

 京都だったらお茶漬け出されて、まだ帰らないところを見た女将さんが、ダイレクトにお茶漬け頭にぶっかけるレベルの最悪なお客。



 その名は台風。



 なにゆえこれ程までに慌てて対応をしているのかと言えば、このクソ低気圧の野郎が、予報円を無視して方向転換しくさったからに他ならない。

 元巨人の桑田真澄を彷彿とさせる良く曲がるカーブは、俺たちの県を直撃した。


 しかも、元はそんなに大きくなかった台風なのに、一度海に出てパワーを蓄えると言う凶行に打って出て、大幅にパワーアップして帰って来る始末。

 精神と時の部屋から出てきたサイヤ人か。


 何が最悪かって、自由奔放の限りを尽くした結果、宇凪市に最大の被害をもたらす事が先ほど、ほんの数十分前に判明した事実である。

 有名シェフの気まぐれコースか。


 週末の放課後を襲った悲劇。

 なお悪い事に、教職員もほとんど残っておらず、俺たちがまだ学校に残っている生徒たちに帰宅を呼びかける必要が発生し、それをしている間にも、雨風は強さを増すばかり。


「桐島先輩」

「おう。どうした、鬼瓦くん」

「宇凪市、緊急避難警報が発令されています」

「マジかよ。ちなみに、この辺の避難場所は?」

「最も近い場所ですと、宇凪スポーツセンターです」

「全然近くねぇな! ここから8キロくらいあるじゃん!!」


 事態の緊急性がどんどん上がっていく中、毬萌と花梨が帰って来た。

「公平先輩、もう残っている生徒はいないみたいです!」

「浅村先生が吹奏楽部の子たちを車で送って行ってくれたよーっ!」

 それは吉報。

 つまり、俺たちも帰れる。


「おっし、そんじゃあ帰るぞ! 急げ、急げ!」

 窓を叩く風が尋常じゃないビートを刻む。

 デスメタルか。

 そこをどうにか、バラードとは言わんから、ジャズくらいにできないのか。


 トラブルにはトラブルが重なるものである。

 ガッシャーンと言う、たいそう景気の良い不吉な音が廊下に響く。

「ここは僕が!」

 鬼瓦くんが生徒会室を飛び出した。


 すぐに戻って来た彼は、鬼の様な事を言う。

「……先輩。ガラスが割れました」

「……マジで? それ、放置して帰れないレベルで?」

「視聴覚室のガラスが1枚、奇麗に割れています。放っておくと、確実に機材がダメになるかと思われます」

「あああ! ちくしょう! 鬼瓦くんと俺でちょいと応急処置してくるから、二人は帰り支度しといてくれ! 悪いけど、俺らのも頼むぞ!」


「わ、分かりました! 気を付けてくださいね?」

「コウちゃん、わたしも行こっか?」

「バカ、万が一にも怪我したらどうする! 女子はここにいろ!」

 こんな男らしいセリフを吐く俺を、台風があざ笑う。


 バッシャーンと言う、これまた景気の良い不穏な音が廊下から聞こえる。

「……桐島先輩」

「えっ? ちょい待ち! 聞きたくない! その報告、無かったことにできない!?」

 俺の願いは虚しく虚空に消える。


「……もう1枚、ガラスが割れました」

「……Oh」

 結局、全員総出で資材置き場からベニヤ板持って来て補修工事。

 女子には怪我がないように、板を抑える等の補助だけしてもらった。

 日曜大工が趣味で良かったとこれ程思ったことはなかった。


 ようやく窓を塞いだ俺のスマホが震える。

 浅村先生からの着信であった。

「こちら桐島っす」

 俺は、現状を端的に報告した。


「ええっ!? 君たち、まだ学校に居るの!?」

「はい。残念ながら」

「道路が冠水して、もう車じゃ学校に向かえそうにないんだよ!!」

「えっ、嘘ですよね!? じゃあ、俺ら、どうすりゃ? あれ? もしもし!? ちょっと、浅村先生!? もしもーし!! どうしたんですか!?」

 突然の音信不通。

 遠距離恋愛の終焉だろうか。


「公平先輩、あの、あたしのスマホ、圏外になってるんですけど」

 花梨の言葉に、全員が各々のスマホを急いでチェック。


「みゃっ!? わたしのも圏外だよーっ」

「……桐島先輩」

「い、嫌だ! 俺ぁ聞かねえぞ!! 鬼瓦くんの情報の正確さは知ってんだ! だからこそ、今日は聞きたくねぇ! ヤメて、お願い!!」

「……多分ですけど、携帯電話の基地局が飛んでます」



「だと思ったよ!!」



 俺は、冷静に考えた。

 とりあえず、外の状況を見よう。

 もしかしたら、まだ歩いて帰れるかもしれないじゃないか。

 携帯の基地局がやられたって、人間は負けない! そうだろう!?



「あぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」

「ゔぁあぁあぁっ! ぜんばぁぁぁいっ! 手を、手を離さないでぐだざぁぁぁい!!」



 鬼瓦くんがいなかったら、俺、グラウンドの向こうのネットまで吹き飛んでた。

 彼のぶ厚い胸板に抱かれて、命のありがたみを痛感したのち、俺たちは下駄箱で待つ女子の元へと悲しい顔で舞い戻る。


 エノキダケの俺は、なるほど風に乗りやすいだろう。

 ならば、俺より体力のある女子二人が、この荒天こうてんの中、歩いて避難場所まで行けるだろうか。



 バカ野郎。行けるかい。

 仮に歩けたとしても、何がどこから飛んでくるか分かったもんじゃない。

 危険すぎる。

 つまり——。


「あー。諸君、大変悲しい知らせがある」

 誰も言わないので、俺が言うしかないのだ。



「これ、どう足掻いても帰れんわ」



 陸の孤島と化した、花祭学園。

 取り残されたのは俺たち生徒会。

 この世界が推理小説だったらば、多分ページ捲ったら俺が死んでる。

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