第223話 花梨と松井さんの怪作

 さて、写生大会も残り時間が半分を切った頃合いである。

 スケッチを済ませて、仕上げに取り掛かる生徒たちが日陰にこぞって大移動中。

 そりゃあ、そうだ。

 炎天下は暑い。

 そんな太陽と同じくらい熱いエールを飛ばしている人物を発見した。



「うーん。もう少し、植物を増やしてみたらどうですか?」

「ええー? これ以上増やしたら、ここがどこだか分からなくなっちゃうよ?」

「むしろ、公園の絵を描いているのに、どこの風景か分からないところが良いんじゃないですか! ミステリアスな感じで、絶対に審査員の心をキャッチです!」

「そ、そうなのかな?」



 花梨さんが絵のアドバイスをしている。

 被害者……もとい、相方は同じクラスの松井さん。

 近づかないでおこう。

 接近して補足されると、壊滅的な絵心のネタで長時間拘束される。

 そんな未来がハッキリと見えた。

 俺は静かに後ずさり。



「あー! せんぱーい! 見回りお疲れ様ですー!!」


 花梨の射程距離を読み誤るとは、なんたるミステイク。

 しかし、発見されてしまったからには、もはや逃げるわけにもいかぬ。


「おー。花梨もお疲れさん」

 諦めて、彼女たちに歩み寄る。

 俺がバターになる前に、絵心ネタを消化しなければ。


「こんにちは、桐島先輩! お久しぶりです」

「おう。松井さん。夏休み前のプール掃除以来だな。元気だったか?」

「はい。夏休みは市民プールの監視員をしていたので、水着焼けの跡がちょっと恥ずかしいですけど。あはは」

「そういえば結構焼けてるなぁ! いやいや、健康的で良いと思うぞ! 水着焼けもなんつーか、セクシーでとても良いと思ああぁおうっ!!」

 背中にめちゃくちゃ冷たいペットボトルをぶち込まれた。

 なにゆえ。


「……何すんのよ、花梨さん」

「なんだか公平先輩がデレデレしていたので、気が付いたら手が勝手に動いていました!」

 そんな、快楽殺人犯みたいな理由で!?


「いや、別にデレデレなんてしてねぇよ?」

「……先輩、日焼けした女子が好きなら、どうして言ってくれないんですかー!!」

「ちょっと待て! 別に好きとは言ってねえだろ!?」

「でも、松井ちゃんを見る先輩の目は、本能的に楽しんでいる時の視線でした! あたしが言うんだから間違いありません!!」

 なにそのジャッジ!?

 

 とは言え、健康的に日焼けした松井さんは、それはもう大変可愛らしい。

 確か彼女は水泳が得意だと言っていた。

 やっぱり、運動神経の良い人がこんがりと焼けていると、何と言うか目を奪われてしまう。


 これは、俺には無いものだからではなかろうか。

 日にも焼けず、運動神経も皆無な俺。

 なるほど、つまりは憧れ的な感情であったか。

 いやはや、万事承知しひゃぁああおうっ!!


「……花梨さん。二回目は酷いぞ。なんつーことすんだ。心臓が止まったらどうする」

 まさか、モノローグの途中にぶっこんでこられるとは。


「だって、先輩がまたいやらしい目で松井ちゃんの肩の辺りの水着焼けを眺めていたので! 舌なめずりしながら!! これはいけないと思ってつい!!」

 おい、根も葉もないことを言うんじゃないよ。

 誤解もいいところだよ。

 これなら壊滅的な絵心ネタの方がずっと良いよ。


「ところで、先輩! この松井ちゃんの絵、どう思います?」

 ああ、結局絵心の話にもシフトするんだ。

 無駄な抵抗だったようである。

 むしろ、背中が冷えた分、損をしたまである。


「おう。……Oh」


 俺の好きなことわざに類は友を呼ぶと言うものがあり、これまでも度々口にして来たのだが、こと芸術に関してもそれは有効なようであった。

 松井さんの絵は、相当にとがっていた。

 花梨の絵は、何と言うか、生まれたての小鹿の様な不安定さと、その小鹿をわざわざ足元の悪いぬかるみに放置したような心もとなさが売りである。


 対して、松井さんの絵は、実にシンプルである。



 怖い!

 なにこれ、ホラーじゃん!!

 画風がもうね、スケッチのそれじゃないんだよ!

 一番近い画家は誰だろうと思って、頭の中で検索かけた結果、出てきたのは楳図かずお先生だったからね!!



「あたしとしては、もう少しお花を増やしたいんですけどー」

 こんだけ彼岸花咲かせてるのに!?

 ヤメて、それ以上の彼岸花は、もうなんか地獄少女の家みたいになっちゃう!!


「冴木さんはこう言うんですけど、私としては、人物に焦点を当てたいんですよ。この、大時計にいる男の子を目立たせてあげたいんですけど」

 それ、男の子だったんだ!



 ひょっこりはんみたいに、顔だけこっち向いてるヤツ!

 目から黒い涙を流しているヤツ!!


 ちょっとごめん!

 これ以上みると、今日の夢に出てきそうだから、一旦目を閉じさせて!!

 怖い、怖い怖い怖い!!

 なんでそのひょっこりはん、服着てないの!?

 俺、その少年に見覚えがあるなと思ってたけど、やっと分かったよ。



 それ、呪怨じゅおんに出てたヤツ!!



 なにゆえ残暑の中央公園に呪怨のキッズがいるのか。

 怖くて大時計の方に首が回らないんだけど。

 ……居るの? そいつ、今も居るの!?



「うん。俺ぁ今のままで、充分完成していると思うけどなぁ」

 見事な怪作に仕上がっていると思うよ。

 多分、審査委員の学園長、泣いちゃうと思う。

 えびす顔で生徒の力作を一枚ずつ捲っていって、こいつが登場したら、ショックで椅子から転げ落ちるくらいは楽勝かと思われた。


「えー? そうですかぁ? まあ、でも、公平先輩が言うならそうなんですね!」

 俺も絵心は大概ないけれども、審美眼は人並みに持っているつもりである。

「貴重なご意見ありがとうございました! 頑張って仕上げます!」

「あ、うん。そうね。おう、頑張れ、松井さん!」



 俺は無責任なエールを送った。

 学園長、すみません。

 出来れば審査は日が高いうちに済ませて下さい。

 俺から言えることは、それくらいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る